第4節 海開き

主人が一人の僕を選んで召使いの上に立て、時間通りに彼らに食事を与えさせる事をした場合、忠実で賢明な僕とはどのような者であろうか。

主人が帰って来た時、そのように務めを果たしているのを見られる僕は、幸いである。あなた方によく言っておく。主人は彼らに全財産を管理させるに違いない。

そかし、もし彼が悪い僕で主人の帰りは遅れると心の中で思い、仲間の僕たちを打ち叩き始め、酒飲み共と一緒に飲んだり食べたりしているとその僕の主人は思いがけない日、予期しない時に帰って来て、彼を厳しく罰し、偽善者と同じ目に遭わせる。そこには嘆きと歯軋りがある。


【マタイによる福音書 第24章】






「あっっっっっちいいいいいいいい!!!ってか!何なんだよ、この人出!!?いっこうに料理の注文が減らねえじゃねえか!!!!」



「豆ちゃん!泣き言言わない!次のオーダーはソース焼きそばとあんかけの固焼きそば!!それぞれ二丁ずつな!!」


「はぁああ!?このクソ暑い日にあんかけとか馬鹿かよ!?馬鹿なの!?馬鹿だ!舌やけどしちまえ!!!!!」


「フェリオスタならもう両手にビール抱えて行っちゃったよ……天青。じゃ、僕も枝豆持って行くから。……三番テーブルに運べばいいのね」


うざったいぐらい照り付ける正午の太陽が浜辺の砂とトタンの屋根を焼いている。トタンと木を雑に組んでできた東屋の中には直接日差しは届かないが、その代わりに俺の目の前にあるのは程よくどころか熱々に炭で熱された鋼鉄の板だ。

ジュートが風の魔法を封じた魔法石を置いて行ってくれたから何もないよりは多少マシだが、正直、炎天下砂浜にいるより熱いぞ……ここ。ってか、きっつい。


「なあああああ……砂希じゃなくて砂希のそっくりさんよー注文取りと厨房変わってくれよー。一緒にルーベラに吊るされた仲だろー?あんたの性根根く……じゃなくてクールみたいだし、鉄板のそばに居たら案外帳尻合っていい塩梅になるかもしんねーぞ?」


「……冷奴は6番テーブルか……」


「シカトかよ。この至近距離で俺の声聞こえてねーのかよ。……あと言っておくがそれ札が逆だ、逆。6番卓じゃなくて9番卓な。冷奴は」


「し……知っている!!!わざとお前の頭がちゃんと働いているか確かめてやっただけだ!」


「声しっかり聞えてんじゃねーか」


注文の札を雑に丸めてポケットのねじ込んで大股で去っていく砂希二号……もといそっくりさんの背中を大きな息を吐き見送って、改めて目の前の鉄板に向い合い焼きそば用の麺と共に大量のソースの粉をぶちまけた。

味?知らん。こういうところで食べる料理に味を期待する方が間違ってる。まあ、元から調合されている調味ソースぶっかけて作ってるんだから不味く作る方が難しいと言えば難しいんだが……


「はい!焼きそば!!あー……もう誰か代わってくれよー!俺だけじゃねーだろ……ルーベラにハムみてーに吊るされたの」


大皿に雑に炒めたばかりの麺と野菜を盛り付けドカリと音を立てて中の綿がはみ出た半分壊れている小さな椅子へと腰掛けた。麺が皿から飛び出てる?知らん。食えば同じだ。味?知らん。調味ソースしか使ってねーからソースの味だろ、たぶん。


「あっっちい……」


ハタリ、パタリと汗が染み込んだ服の端を指先で摘まみ扇いでみたが冷やすにはまだまだ足りない。ふう……っと息を溢すと同時に台の上にあった濡れたぬるい布巾を目の上に乗せてトタンの屋根を仰いだ。

吊るされたのは数日前の話だしそれも数分で終った事だから今更影響があるわけないんだが……それより何より午前中一杯詐欺師とスリの二人組を追い掛けた事が今になってキテる。流石に走り込みした後の厨房は堪える……いくら自分でも。


「あー……あの二人組、見つけたらただじゃおかねー……鼻の下ぶん殴ってやる……」


ギリリ……っと奥歯が擦り合って耳障りな音を立てた。自分が砂浜で走るのに不慣れだったっていうのもあるがあの二人逃げ足早過ぎんだろ……俺が追い付けないってどんな体の作りしてんだよ……


「豆ちゃーーん!また注文だ!今度はイカ焼き!」


「あー……そのうち本当に大の字に倒れんぞ……」


椅子から立ち上がろうと膝に力を込めた……瞬間だった。グルリと世界が回り、落ちて、色が反転したのは。あれ……これ、マジでヤバいやつじゃ……?






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「うっ……リザさん……ここは?」


「裏の休憩室。軽い熱中症だね。……天青、あんたまともに水分も塩分も取らないで厨房に立ってたんだって?」


「ん……あ、ああっ……はい。忙しかったんで、つい……」


「忙しかったってあんたねえ……ほら、氷。それを使って足の付け根か脇の下を冷やしなさいな。頭を冷やすより太い動脈が走っている場所を直接冷やした方が体は速く冷えるよ」


外気と体の中に籠っていた熱に当てられて溶けた氷が袋の中でカタリ、と硬質な音を立てて崩れて行く。気化すると同時に熱を奪って行く氷嚢が心地良くて薄い板張りの床の上で大の字になりながら、俺は目を自然と細めていた。


「気持ちいい……冷たい……」


「そりゃあよかった。でも、天青、あんたでも倒れる事があるんだねえ。頑丈さだけが取り柄みたいなあんたでもねえ」


リザさんの口から微かな笑みと共に紡がれた軽口を薄っすらと目蓋を開き聞いていた。不思議と悪い気持ではない。


「寒いのよりはマシですけど……俺、あんまり体温調節得意じゃねえんっすよ……」


「あんたもルーベラと同じで竜人の血の方が濃いからねえ……それも仕方ないのかもしれないね」


日除けの簾が吹き込む浜風に揺れていた。涼しげな音で鳴る風鈴の音に耳を傾けながら長い、長い息を吐き出して。……落ち着く。


「さあて!あたしは行くとするかね。天青、今のうちに体調を戻しておきな。夕方には今日の目玉の花火上げっていう仕事が待ってるんだから」


「まだ働かせる気っすか?」


「ははははっ!あんたの事だ、夕方にはピンピンしてるさ!いつも通り、ね。働かざる者食うべからず、だよ。夕飯はみんなの為にあたしも腕を揮うつもりだから楽しみにしてな」


踵を返し後ろ手をヒラリ、ひらりと返し去っていくリザさんを見送って腕を使い目元を覆い胸を撫で下ろした。不快な気持ちはなくただただ穏やかな気持ちだけが自分の中にあった。……自分の母親が健在ならこんな人、だったんだろうか?


「んじゃ、お言葉に甘えて寝るとしますか……」


どーせいつもの事だ。何もなく花火が終わるとも思えない。なら今のうちに休んでおくのが正解だろ。


≪天青≫
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