第4節 海開き

heart
皆さんをここへ集めたのは他でもない。"ゲーム"をする為だ。
ルールは至ってシンプル。机に肘をつき、右手と右手を繋ぐ。あとは力勝負、手を押し倒してどちらかが先に机につかせる。倒したら勝ち、倒されたら負けだ。腕相撲、という。聞いたことはあるかい?
さて、その腕相撲だが、力を公平にする為に同じ種族同士でやってもらう。妖精や人は弱く、竜や獣は強いからな。勝った者にはご褒美を、負けた者はこのゲームに今後参加する権利を失い、去っていただく。シンプルだろう?考えなくとも分かる話だ。
……では、ご武運を祈ろう。








行き倒れている雄犬を見つけた。
そのまま放っておけばよかったんだが、それはそれで目覚めが悪いような気がして、とりあえず介抱してやることにした。犬、と言えど獣人だ。特有の耳、その体毛を見、私は酷く溜め息を吐いた。
「……純粋な血を持っていれば、堂々と倒れることができるんだね」
一種の嫌味だ。私は目を覚まさない目の前の犬と同じ血が流れている。が、同時に竜の血も持つ。結果、どっちつかずのような姿になり、とてもじゃないが人前に晒せるような外観ではなくなった。
人前に出ることをやめ、諦め、忍ぶように生きる……かつて私の師は言った、「それは個性だ」と。「区別されることがあっても、差別されるものではない」と。しかし、結局己がコンプレックスという壁を乗り越えることができず、今も怯え続けている。惨めなものだ、笑うならいっそ笑ってほしいくらいだ。なぜなら、私は己の姿をどうと言われたことがないからだ。女性として生きる身でありながら、堂々と町を歩くことに勝手に恐怖している、たったそれだけなのだから。
「……ん……」
どうやら、目を覚ましそうだ。私はフードを深く被り直し、犬の顔を覗きこんだ。うっすらと開かれるそれに、私の顔が写りこむ。犬は驚いたようで、勢いよく上体を起こした。
「こ、ここは?」
「おはよう。道端で倒れていたから拾った」
「倒れて……あっ!そうだ、俺、お腹空いてて」
どうやら空腹で力尽きたようだ、そんなところだろうとは思っていた。こいつの服はボロボロだし、何よりそこから出ている腕や足が痩せこけている。ろくにご飯を食べていなかったんだろう。温かいものをと思ってスープを作ったが、確かパンがまだあったはずだ。
「空腹時に急に胃に物を入れるのはよくないだろう。そこにスープを置いてあるから、飲んで」
「はい、ごちそうさまでした!」
ごちそうさま、でした?
聞き間違いかと思い、パンを取りに行く足を止めて振り向く。皿の中は文字通り空っぽだった。今の話している一瞬で、たいらげたのか。
「胃の負担によくない、と。たった今言ったばかりだけど」
「あ、ごめんなさい!すごく美味しくて、ゴクゴク飲めました!」
キラキラとした瞳で私を見る犬。これは……おかわりを求めているんだろうか。なんと烏滸がましい……
「……あんたさ、行く宛はあんの?」
「い、いえ。バイトも頑張ってたんですがつまみ食いがバレて追い出されたばかりですし……」
そんなことだろうとは思った。空腹で倒れてたくらいだ、どこで預かったとしても、こいつ一人の食費は馬鹿にならないだろう。裕福な家に拾ってもらえたら、もっとマシなご飯も食べられただろうに。
「あ、あの!」
犬が声をあげる。何だと彼を見れば、少しもじもじしながら、言葉を紡ぎはじめる。
「俺、この恩は忘れません!だから、俺をここに置いてほしいんです!役に立てるか分かりませんが……いや、立ってみせます!だから」
「じゃあ、自分の食べるスープを入れてきたらどうなの」
「……!は、はいっ!」
言葉を遮るように、犬は私に付いてきた。チョロいったらなんの、これが犬なのか。言葉を話す犬を飼っている、そんな気がした。
私は混ざりのない血を持つ者が嫌いだ。純粋な血は、正しくその種族の姿へと成長させるからだ。私はそうではないから、犬を見ていると……少しだけ、悔しい気持ちがした。
それでもこの犬を受け入れたのは、私の師ならきっとそうしているだろうと思ったからだ。師は酷い呑んだくれだけれど、己の考えに関しては一貫していた。私はそんな師に憧れていた。
……後は、どうしようもない孤独感を埋めたかった。どちらが建前かはさておき、きっと拾ったのも何かの縁。こいつが自立するまでは私の元で働かせよう。己の食費を己の力で稼ぐことができるまでは。



「ご主人様、何処へ出かけるんですか?」
犬は何故か私のことをとご主人様呼ぶ。そんな柄でもないから名前で呼べと言ったが、直らない。諦めた。そのうち名前で呼んでくれるようになるだろう。
「私の師の元へ。たまに顔を覗かないと、呑兵衛だから。きっと弟子も苦労してることだろうし」
「師……なるほど!師匠がいるんですね!俺も行きます!」
「……いいけど、騒ぐのは禁止。あと、そのご主人って呼び方も禁止」
「ええっ!?どうしてですか、ご主人様!」
いや、どんな教育してるんだって言われて笑われるのが目に見えてるからだけども……そんなこと言ってもこいつに伝わるとは思えない。慌てふためく反応を見せる犬に、私は溜め息を吐いて、痛くない程度に頭を軽く叩いた。
「いい?ティリア。私の名前はティリア。はい、ティリアさん」
「て、てぃりあさん」
「よろしい」
教育することも立派なしつけ……そうして言い聞かせて、息をひとつ。犬の顔を見ると、何がなんだか、といった様子だ。世間知らず、というやつなのだろう。これの世話をするのは少々骨が折れそうだが、不思議と悪い気はしない。一切の人間関係を断っていたからというのもあるかもしれないが……
「行くよ、クルクス」
「はいっ、てぃりあさん!」
これが、私と犬が出会った頃の話。








惜しくも君はゲームに負けてしまった。獣人にも関わらず、力の弱い子であった。同じ獣人でも、生き物によっては強弱がはっきりと分かれる。それが分かっただけでも、君は充分な成果を出してくれた。さぁ、参加権がない君はお母さんの元へ帰るといい。最も、お母さんは既にこの世界に存在していないのだが。
ではごきげんよう、犬の君。
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