第7章 過去・追憶

「足元に気をつけて歩けよ。」


「うん…」


夕暮れ時の山道を歩く二人の子供。

一人は緩やかな銀髪の少年で、彼に手を引かれて歩くもう一人の子供が幼い頃の私。


私はお祖父様の真似事をしていつも山に入ってはクロトの病気に効くという薬を作ろうと薬草を探して歩くのが日課だった。

それがこの日はつい夢中になってしまって、いつもよりも深く山に入ってしまって…


私は疲労と心細さから途方に暮れて座り込んでいたのだが…そんな私のもとに現れたのが以前犬を追い払ってくれたあの男の子で…


気付いたときには私は泣きながらその子に抱きついていた。


本当に怖かったから。
慣れた筈の山なのに、いつもとは違って見えた暗い山道が怖かった。

日が沈んで影が濃くなり、木々の影が不気味な魔物の姿のようにも見えたから。


側にいてくれる人が現れたことのなんと心強いことか。

あんなに重かった足は不思議と軽くなり、私は彼に手を引かれながら山道を進んだ。


時折こちらに視線を向けながら彼は私に気遣いの言葉をかけてくれた。


「疲れてないか?」


「うん…大丈夫。」


私がそう答えると、彼は「無理はするなよ」と言いながら再び歩を進める。



日が完全に沈んでしまう前に下山するつもりで歩いていたが、いつの間にか辺りは暗くなり、空にはどんよりと重い雲がかかっていた。


それを仰ぎ見た少年は「雨が降るぞ」と一言呟き、キョロキョロと周囲を見渡すと何処かを目指して私の手を引き歩き出した。


そうして連れてこられたのは、岩山にぽっかりと空いた洞穴だった。

彼は私に「ここで待っていろ」と指示を出すとすぐに外へ出ていった。

ひんやりと冷気が漂い、暗闇が広がる洞穴に不安と恐怖を覚えて思わず身体が震える。

ビクビクしながら言われた通りに待ち続けていると、しばらくして少年は両手いっぱいに枯れた木の枝を抱えて戻ってきた。


彼は手際良く木々を並べ、丈夫そうな二本の木を擦り始めた。

ここで私はようやく彼が火を起こそうとしていることを理解した。


「あの…何か手伝うことある?」

私がそう彼に問うと、彼はこちらに視線を向けずに「いいからお前はそこで休んでいろ」と返した。


おそらく火起こしの知識はあるのだろう。
しかしそう簡単に火が起こせる訳もなく、黙々と枝を擦り続ける彼の額にじわりと汗が浮かぶ。


大人でさえ火を起こすのは一苦労なのだ。
子供が容易にできる事ではない。
しかしこの暗闇には火が必要だと私も理解していた。

何か使えるものはなかっただろうか?

手にした篭をひっくり返して火起こしの足しになりそうなものを探してみた。

今日は薬草だけでなく食べられる木の実や綺麗な石も拾ったんだ。

実のところそのせいで山奥まで来てしまったわけだけど…

火起こしの手を止め、私の様子を見ていた少年はあるものに目を留める。


「おい、お前これが何か知ってて拾ったのか?」


それは拳ほどの大きさの淡いピンク色の鉱石だった。


美しかったその石を友達のクロトに見せようと拾ったものだ。


「ううん?綺麗だったからお友達に見せたくて拾った石だよ?」


「そうか、これなら火を起こせそうだぞ。」


男の子は腰に下げた短刀と鉱石を力を込めて打ち合わせる。

すると石から強い火花が飛び、集めた小枝に降りかかる。

すると小枝はたちまち燃え上がり、周囲を明るく照らし出した。


「わぁ…!火がついた…!」


「幸運だったな。お前が持っていた鉱石は紅石英だ。」


火起こしに夢中になっていて気づかなかったが、いつの間にか洞穴の外では強い雨が降っていた。


「今晩はここで過ごそう。明日明るくなってから村に帰るぞ。」

お腹を満たすために二人で木の実を食べ、向かい合うようにして炎をぼんやりと見つめていた。



「あの…」


何か話さなくては。

そう思って口を開くが、そう言えば相手の名を知らないと言うことに気付いた。


今更な気もしたが、やはり会話のためにも名前を聞くべきだろうと再び口を開いた。


「あの…お兄ちゃん…お名前は?」


「名前…?
まずお前が名乗ったら教えてやる。」



「…ノルン」


「そうか。俺はセデルだ。」


「えっと…セデルお兄ちゃん?」


「セデルでいい。」


ようやくお互いに名乗ったが、再び会話が途切れる。

年上の男の子を相手に何を話せばいいのかよく解らなかったから。


すると雨は更に強くなり、やがて雷鳴が轟き始めた。


「ひぅっ…!雷…!」


思わず身を竦める。洞穴の中にいるとはいえ、怖いものは怖い。


見ないように目を瞑り、耳を塞いで耐える。


できるだけ早く何処かへ行ってくれないだろうか。
そんな事を祈っていると、突然バサリとなにかを被せられた。

突然の事に驚き顔を上げると、すぐ隣にはセデルが居り、被せられた物を見てみるとそれは彼が着ていた上着だった。



「とりあえずそれを被ってろ。寒さぐらいは凌げる。」



「あの…どうして…?」



「なんとなく…そうするべきだと俺が思ったから。」



「でも…それじゃあセデルが風邪ひいちゃう…」



「気にするな。」



ぶっきらぼうに呟かれた言葉だったが、こちらを気遣っている彼の気持ちは理解できた。


「うん…ありがとう。」


お互いうまく言葉は繋げることはできないが、いつの間にか互いに気遣うようになっていて、私も彼が寒くないようにと寄り添うようにして座り、被せられた上着を二人で一緒に被った。


それで安心したのだろう、いつの間にか私たちは無意識に手を繋いで眠っていたのだった。
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