第7章 過去・追憶
corundum
「こんにちは」
とある男の人と目が合った。私が挨拶をすれば、彼は宝石のような瞳をまるまるとさせてひどく驚いた。
「私、日曜日になるといつもここへ来るの。ここに置いてある装飾はどれも綺麗で、見ているだけで幸せな気持ちになるわ」
彼が話すことはなかったけれど、私は言葉を紡いでいく。迷惑かしら?ええ、迷惑でしょう。だって、いきなり見知りもしない人に話しかけられて、迷惑じゃないわけがないでしょう?だけどそれでも話したくなったのは、彼の宝石が少し悲しそうな気がしたから。迷惑だし、お節介ね。
「今日は、ブローチを買いにきたのよ。私の大切な人に捧げる、プレゼント。お揃いにしようと思うの。……あなたは、どれが綺麗だと思う?」
それが、私と彼の、初めての出会い。
―――
「アメリア、アメリア。セティ、怖いよ」
「大丈夫。私がついているからね、セティ。泣かないで」
今日の天気は大荒れだった。真っ暗になった外では雷が鳴り響き、雨風は一向に止む気配を見せない。私の服をくしゃりと掴み、泣きそうなのを堪えている彼女を、そっと抱きしめる。私は神様じゃないから、あなたの為にこの天候を変えることができない。この子がそうすることで少しでも安心していられるのであれば、何も躊躇うことはない。
「怖くないように、今日は一緒に寝よっか。セティ」
「で、でもきっとお母様に怒られちゃう」
「ふーん、セティは雷よりもお母様が怖いの?」
少しいたずらに、彼女に問いかけてみる。そ、それは、と言葉に詰まらせる彼女に、私はゆっくりと頭を撫でてやった。
「……ふふ、大丈夫よ。何か言ってきても、私がセティのこと守ってあげるからね?」
「……うん。だけどね、アメリア。アメリアのお肌、どんどん青くなっていくの……見ているの、つらいの」
「セティ……」
この子の『母親』は、暴力的だ。己の私利私欲の為に周りを利用し、己のいいように仕立てあげていく。彼女の『子供』にあたるセティは、その母親に文字通り美味しく利用され、息をしているだけで許される存在。死ななければ何をしてもいい……要はそういうこと。
「私はね、セティがいるから頑張れるの。……あなたを"形だけの子供"にはしないから、絶対に」
稲光が走る。カーテン越しでも分かる眩いそれに、彼女の肩がビクリと跳ねあがった。それとほぼ同時に、轟音。分厚い雨雲は、どうやら私達の頭にあるようだ。
「お布団に入れば、いい夢を見られるの。あなたがいい夢を見られるように、側にいてあげる。だから今日はおやすみしましょう」
彼女を抱えてベッドへ運び、一緒に潜る。豪雨に負けない子守唄を聞かせ、目に涙を浮かばせたその子はやがて静かに寝息をたてはじめた。その頃には雷もすっかり鳴りやみ、雨だけがそこに残っていた。
この子に母親らしいことができるのは、私しかいない。だからこれまでに精一杯の愛情を、この子にそそいできた。きっとこの天気は何かの縁なのでしょう、きっとこの雨は私を、あの人を、全てを洗い流してくれるはずだわ。
「また戻ってくるからね、セティ」
頭をもう一度撫で、私はベッドから降りる。タンスに入れていたそれを取りだし、大事に抱えて、部屋を出た。向かう先は、彼女のいる場所。
かつて、私の部屋として使用していた場所へ。
「セティ、セティ。いいかしら?私ね、今からお出かけするから、ちゃんと家でおとなしくしているのよ?」
さらりとした彼女の髪にそっと飾りをつけてやり、私はそう囁く。今日は日曜日だから、いつものお出掛けをする。彼女はきっとそう思い込んでいるはず。だけど、それももう終わり。何もかも終わりなの。あなたが苦しい思いをするのも、終わり。
「分かった。昨日の雨でお庭がぐちゃぐちゃだから、綺麗にしておくね」
「ありがとう、セティ。私が帰ってきたときにはきっと綺麗になっているのね、楽しみにしているわ」
「うんっ!」
酷く憎いほど晴れた空。日射しに当たりながら、私は彼女に手を振って別れを告げる。この子はいつも姿が見えなくなるまで見送ってくれるの。本当に、心の優しい子。
お互いが見えなくなったとき、私はまるで上から重石を乗せられたかのように体に力が入らなくなり、その場に座り込んだ。さようなら、セティ。私はもうあなたに会うことができない。震える手で鞄の中に入れたものを取りだした瞬間、涙が止まらなくなった。紙にくるまれたそれを開ければ、枯れた血がこびりついた包丁が私を嘲笑うかのように鈍く光っていた。
「ありがとう、セティ。私の太陽」
誰もあの家へ近づけさせないわ。私の全てを賭けて、あの家とあの子は守ってみせるから。
二つの命が散った。
一つは父親。凶器、死体共に行方不明。妻の愛情の歪みによって殺害されたものではないかと言われているが、当時の状況を物語る証拠が一切見当たらず、全てが謎に包まれている。
もう一つは母親。死体は家から離れた場所に遺棄。死因は刃物による出血死、それとは別に体のあちこちには生々しい痣があったという。こちらは犯人による自首で容疑や状況が発覚。
容疑者には子供がいるそうだが、そのことに関しては一切口を割ることはなかった。
(アメリア)
「こんにちは」
とある男の人と目が合った。私が挨拶をすれば、彼は宝石のような瞳をまるまるとさせてひどく驚いた。
「私、日曜日になるといつもここへ来るの。ここに置いてある装飾はどれも綺麗で、見ているだけで幸せな気持ちになるわ」
彼が話すことはなかったけれど、私は言葉を紡いでいく。迷惑かしら?ええ、迷惑でしょう。だって、いきなり見知りもしない人に話しかけられて、迷惑じゃないわけがないでしょう?だけどそれでも話したくなったのは、彼の宝石が少し悲しそうな気がしたから。迷惑だし、お節介ね。
「今日は、ブローチを買いにきたのよ。私の大切な人に捧げる、プレゼント。お揃いにしようと思うの。……あなたは、どれが綺麗だと思う?」
それが、私と彼の、初めての出会い。
―――
「アメリア、アメリア。セティ、怖いよ」
「大丈夫。私がついているからね、セティ。泣かないで」
今日の天気は大荒れだった。真っ暗になった外では雷が鳴り響き、雨風は一向に止む気配を見せない。私の服をくしゃりと掴み、泣きそうなのを堪えている彼女を、そっと抱きしめる。私は神様じゃないから、あなたの為にこの天候を変えることができない。この子がそうすることで少しでも安心していられるのであれば、何も躊躇うことはない。
「怖くないように、今日は一緒に寝よっか。セティ」
「で、でもきっとお母様に怒られちゃう」
「ふーん、セティは雷よりもお母様が怖いの?」
少しいたずらに、彼女に問いかけてみる。そ、それは、と言葉に詰まらせる彼女に、私はゆっくりと頭を撫でてやった。
「……ふふ、大丈夫よ。何か言ってきても、私がセティのこと守ってあげるからね?」
「……うん。だけどね、アメリア。アメリアのお肌、どんどん青くなっていくの……見ているの、つらいの」
「セティ……」
この子の『母親』は、暴力的だ。己の私利私欲の為に周りを利用し、己のいいように仕立てあげていく。彼女の『子供』にあたるセティは、その母親に文字通り美味しく利用され、息をしているだけで許される存在。死ななければ何をしてもいい……要はそういうこと。
「私はね、セティがいるから頑張れるの。……あなたを"形だけの子供"にはしないから、絶対に」
稲光が走る。カーテン越しでも分かる眩いそれに、彼女の肩がビクリと跳ねあがった。それとほぼ同時に、轟音。分厚い雨雲は、どうやら私達の頭にあるようだ。
「お布団に入れば、いい夢を見られるの。あなたがいい夢を見られるように、側にいてあげる。だから今日はおやすみしましょう」
彼女を抱えてベッドへ運び、一緒に潜る。豪雨に負けない子守唄を聞かせ、目に涙を浮かばせたその子はやがて静かに寝息をたてはじめた。その頃には雷もすっかり鳴りやみ、雨だけがそこに残っていた。
この子に母親らしいことができるのは、私しかいない。だからこれまでに精一杯の愛情を、この子にそそいできた。きっとこの天気は何かの縁なのでしょう、きっとこの雨は私を、あの人を、全てを洗い流してくれるはずだわ。
「また戻ってくるからね、セティ」
頭をもう一度撫で、私はベッドから降りる。タンスに入れていたそれを取りだし、大事に抱えて、部屋を出た。向かう先は、彼女のいる場所。
かつて、私の部屋として使用していた場所へ。
「セティ、セティ。いいかしら?私ね、今からお出かけするから、ちゃんと家でおとなしくしているのよ?」
さらりとした彼女の髪にそっと飾りをつけてやり、私はそう囁く。今日は日曜日だから、いつものお出掛けをする。彼女はきっとそう思い込んでいるはず。だけど、それももう終わり。何もかも終わりなの。あなたが苦しい思いをするのも、終わり。
「分かった。昨日の雨でお庭がぐちゃぐちゃだから、綺麗にしておくね」
「ありがとう、セティ。私が帰ってきたときにはきっと綺麗になっているのね、楽しみにしているわ」
「うんっ!」
酷く憎いほど晴れた空。日射しに当たりながら、私は彼女に手を振って別れを告げる。この子はいつも姿が見えなくなるまで見送ってくれるの。本当に、心の優しい子。
お互いが見えなくなったとき、私はまるで上から重石を乗せられたかのように体に力が入らなくなり、その場に座り込んだ。さようなら、セティ。私はもうあなたに会うことができない。震える手で鞄の中に入れたものを取りだした瞬間、涙が止まらなくなった。紙にくるまれたそれを開ければ、枯れた血がこびりついた包丁が私を嘲笑うかのように鈍く光っていた。
「ありがとう、セティ。私の太陽」
誰もあの家へ近づけさせないわ。私の全てを賭けて、あの家とあの子は守ってみせるから。
二つの命が散った。
一つは父親。凶器、死体共に行方不明。妻の愛情の歪みによって殺害されたものではないかと言われているが、当時の状況を物語る証拠が一切見当たらず、全てが謎に包まれている。
もう一つは母親。死体は家から離れた場所に遺棄。死因は刃物による出血死、それとは別に体のあちこちには生々しい痣があったという。こちらは犯人による自首で容疑や状況が発覚。
容疑者には子供がいるそうだが、そのことに関しては一切口を割ることはなかった。
(アメリア)
