第3節 温泉


兄弟の皆さん、私は心から願い、神に祈っています。神に祈っているのは彼らの救いです。

私は彼らが神に熱心に仕えている事を証します。しかし、それは、深く知った上での熱心ではありません。

何故なら、彼らは神の義を悟らず、自分の義を立てようとしてその神の義に従わなかったのです。

御子は律法を終らせました。それで、信じる者は皆、義とされるのです。


【ローマの人々への手紙 第9章】






「あー……声は聞こえど姿は見れず、キリギリスってか」


乳白色の液面から煙の様に湯気が立ち上って行く。風呂に入る時に外したターバンの代わりにタオルを巻き付け肩まで湯に浸かり息を吐き出した。当然落胆の息だ。


「なぁああんで野郎と一緒に風呂入んねーといけねーんだよ。女がいい。おっぱいでっかい姉ちゃんと入りたい。杏が一番いいけど。揉みたい」


「やかましい。黙って浸かる事も出来ないのか?それから先程君が言った言葉は全てそのままお前へ返そう」


「ああ?なんだよ、おっさん、文句あんのか?」


俺の隣で湯に浸かっていた銀髪の男が発した言葉にヒクリ、と眉間が瞬間痙攣した。少々大人気ない様な気がしなくもないがこちとら混浴だって言われたからわざわざ来たのにいざ来てみればぶち込まれたのは野郎ばかりの大浴場だ。

俺が見たいのは下半身にだらしなくぶら下がってるもんじゃなくて上半身を彩ってる柔らかい球体なんだよ。気の一つや二つ立って当然だろうが。


「私とお前と、そこまで年に差があるようには思えないが?私が中年ならお前も中年だろう」


「んだと?」


俺が突き出した拳を銀髪の男が片手でいなし捕まえる。捕まれた瞬間、ギリリ……と鈍い痛みが拳から腕へかけて伝って行った。ならば、と先程よりも強く、今度は利き手を握りスカした横っ面をぶん殴ろうとした……その時だった。ドンッ!!と一際豪快な音と飛沫を伴って湯の柱が立ち上ったのは。

……湯?なんでまた急に?……ん?今女湯の方からも声が聞こえてきたような……それにどこかで何かが崩れるような音も……


「まさか……これは……僥倖か!」


「あっ!銀髪テメーッ!待ちやがれッ!!!!」


男と俺が音に反応したのはほぼ同時で、俺よりほんの僅か早く立ち上がり風呂から出た男の後を追う様に俺も走った。言っとくが、言っておくが銀髪の尻を追い掛けているわけじゃない。断じて。杏の尻なら追う。


「……チッ……」


感情が舌打ちへと化けて出る。あいつが向ってる方向……やっぱり目的は俺と一緒かよ。


「クッ……ここの壁は壊れていない……どこだ、どこが壊れた。方向はこっちで合っていたはずだ」


「おいテメーッ!薄々気づいちゃいたが俺とキャラが微妙に被ってんだよッ!どけっ!おっぱいを見るのは俺だ!テメーは邪魔なんだよ!」


「フン……新参のお前にあれこれ指図される道理はない。お前こそ敬ったらどうだ?」


「んだよ新参って」


「分かる人だけ分かればいい」


さいで。


「……とにかく、お前は俺が静かに乳を見るための障害でしかねー!キャラも被ってるしな!暫く伸びていい夢見てな……」


手の関節がパキリ、と音を立てる。血管が収縮し脈打った。筋肉が縮まる。拳をねじ込むために息を吸い込んだ……刹那……!


「きゃぁあああああああああああああっ!!!!」


「は、白竜ちゃんんんんんっ!」


「……はっ?」


「えっ?」


眼前に迫る、壁。圧倒的、壁ッ!ちょっ!そりゃあ風呂に入ってる時は邪魔くせえ壁が壊れねーかなとは思っていたが……今!?今なのか!?今壊れる必要があるのか!?ってか、このままだと俺達二人とも潰され……!


野太い悲鳴が二つこだまする。「乳が……ここまで来て……」と小さく呟き潰れて行く隣を横目で見つめながら考えていた。「やっぱキャラ被ってるわ」と。






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「ねーねーお兄さん!お兄さん!どうしてこのお兄さん達はお尻をぺろーんとして倒れてるの!?事件の匂いがするわ……!だってぺったんこだもの!オロナイン!お兄さん達のお尻にオロナイン軟膏塗ったら起きるかしら!?わたしが怪我した時、いつもとーさんが塗ってくれるのよ!」


「あっ?なんだ、ガキか……。ほら、あっちいったいった。見ての通りな、忙しいんだ、俺は」


クソ暑いクソ蒸した浴場で作業の手を止め声がした方へ視線を向ければそこには見た事のない白いガキが一人いた。ギルドにはまだ成人していないガキもいるがこんな白いガキはいなかったはず……という事は客、だろうな。


「ほら、早く行きな。親と来てるんだろ?この辺は散らかってて足元も危ない……って話聞いてねーし」


子どもの興味の対象が目まぐるしく変わるのは知ってはいるが……にしても人の話を聞かな過ぎだろ。興味の対象から完全に俺を外してやがる。

尻を出してぶっ倒れている二人にどこから取り出したのかオロナインを塗り始めたガキを見下ろすと同時に肩も落とした。……邪魔しなけりゃ構わない、か。


「はあ……フェリオスタの奴も余計な仕事増やしやがって……後一体何枚打ち付ければ壁塞がるんだよ」


「ねーお兄さんも塗りましょうか?オロナイン~」


「結構です」


まあ……地道に塞ぐしかねえよな。吊るされるの嫌だし。


「はあ……」


≪アーレフ/天青≫
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