第3節 温泉
その時、何人かの律法学者とファリサイ派の人々が御子に、先生徴を見せていただけないでしょうか?と言った。
すると御子は仰せになった。
邪で神を捨てた時代は徴を求める。しかし、預言者ヨナの徴の他にはどんな徴も与えられない。ヨナが三日三晩、海の怪物の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、大地の懐にいる。裁きの時にはニネベの人々が今の時代の人々と共に立ち上がり、今の時代の人を罪に定める。
何故なら、ニネベの人々はヨナの言葉を聞いて悔い改めたからである。
しかし、見よ。ここにはヨナに勝るものがある。裁きの時には南の女王が今の時代の人と共に立ち上がり、今の時代の人を罪に定める。何故なら、彼女はソロモンの知恵を聞くために地の果てから来たからである。しかし、見よ。ここにソロモンに勝るものがある。
汚れた霊は人から出ると砂漠を歩き回って休息の場を探すが、見つからない。そこで、「出て来た家に戻ろう」と言う。ところが戻ってみるとそこは空き家になっていて掃き清められ、整頓されている。
そこで出掛けて自分よりも悪い他の七つの霊を連れて来て中に入り込みそこに住み着く。こうして遂にはその人の状態は初めよりも酷くなる。悪い子の時代も同様である。
【マタイによる福音書 第12章】
「んでよお、これって……」
「温泉だな、どう見ても」
「や、見れば分かる。匂いも硫黄だしな。俺が言いたいのはそうじゃなくてなんでギルドのすぐ横に一晩したら温泉が湧くようになったのかって事だ。なんかの徴か?」
「うむ。俺にもさっぱりわからん!昨日の夜中に結構でっかい地震があったからそのせいかもしれんなあ……まあ、考えても分からないから市民にも開放する事にした」
立ち上りくゆる湯気の白い柱がまだ薄い紫色が残る朝の空をその部分だけ覆い隠す。庭の窪みからこんこんと湧く大量の湯と自分の横で腕を組み朝っぱらから豪快に笑っているこのギルドのマスターを交互に見つめて肺の底から大きく息を一つ吐き出した。
「俺には分からないから市民に開放するってそっち話の前後の方が分かんねえんだけどよ、ルーベラ」
「んまあ細かい事は気にすんな、豆。風呂場作りもギルドの奴ら総出でやれば数日で終わるだろうしな。それともあれか、豆。お前風呂嫌いか?」
「誰もんなこと言ってねーだろ。……まあ、ギルドの中に風呂があれば男くっせえここも多少はマシになるか」
朝を謳歌する鳥が湯気の柱を避けて飛んでいく。ザッ、っと浮かんで来たギルドの連中の顔は案の定野郎ばかりで、そのくっせえ顔を湯気を払う様にパタパタと手で仰いでかき消した。本当にここ野郎ばっかだな。まあ、自分もそのくっせえ野郎の中の一人だし気が楽だから構わないんだが。
「それにここを温泉として開放すれば入泉料も取れるしな」
「それが目的か」
「あと個室もいくつか作るか。そうすりゃあ俺もリザと二人ゆっくり風呂に浸かる事が出来る」
前言撤回。絶対後の方だ。賭けてもいい。ルーベラ、お前の目的絶対そっちの方だろ?
「そうと決まれば他の連中にも言っとかねえとな。豆!表に臨時休業の札ぶら下げとけ!温泉工事終るまで他の依頼は全部キャンセルだ!キャンセル!」
「マジかよ」
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「マジかよ。ほら、これ入泉料三人分な」
「マジだよ。じゃなきゃ番頭なんてするわきゃねーだろ。あっ、そっちの小さいの二人は子ども料金でいいぞ。どう見ても子供だしな」
「あたしは子どもじゃにゃーッ!!!!」
有言だろうが不言だろうが実行しちまうのがここのギルドの凄いところと言えばいいのかいいところと言えばいいのかー……顔馴染の男から三人分の入泉料を受け取り息を吐く。オープン前の宣伝が功を奏したのか急ピッチで建てた小屋の中は開業と同時にそれなりの人で溢れている。ってか、いつの間に宣伝してたんだよ。ずっと工事側にいたから宣伝してたのなんて知らなかったわ。
「でも凄いじゃねーか!数日でここまで作ったんだろ?」
「掘っ立て小屋に毛が生えた程度のもんだけどな。だからあんまり雑に使うんじゃねーぞ。下手したら男女湯の間の壁が崩れる」
「アレクおにいちゃーん!ネウおねえちゃーん!早く入ろうよ~!温泉だよ!温泉!めっちゃ広そう!!」
「わっ!待て!カボちゃん!!そっちは男湯だからカボちゃんは入れねーって!!!」
……駄目だ。あいつら絶対俺の話聞いちゃいねえ。
連れのガキの一人を追い掛けて行くアレクの後姿を溜息と共に見送り番台の椅子に深く腰掛け、見るともなしに真新しい木の天井を仰いだ。素人が作ったからだろうか?天井の木の隙間から細く青空の色が透けている。
ちなみに、アレクが連れて来たもう一人の猫獣人のガキんちょは「差額だ!ばーーーーかっ!!!」っと全身の毛を逆立てて何故か大人料金と子ども料金の差額を番台に叩きつけて行きやがった。カルシウム不足か?アレクの奴ちゃんと小魚食わせてんのかよ。
「はあ、まっ、いいか」
様々な人種、職業の人間でごった返した景色を番台から見つめ、肘をつき頬を乗せ呟いた。こんな時世だ、派閥や所属……そんなしがらみを洗い流せる場所が一つぐらいあってもいいのかもしれねえな。
「あとは壁ぶっ壊されなきゃいいんだけどな」
≪天青≫
