第6章 日常
空しい言葉に惑わされてはなりません。先に述べたような行いの為に、不従順な者達の上に神の怒りが下るからです。彼らの仲間になってはなりません。かつて、あなた方は闇でしたが今は主に結ばれて光となっています。「光の子」として歩みなさい。
実に光に結ぶ実はあらゆる善意、正義、真実を備えたものです、主に喜んでいただける事は何かを見極めなさい。実を結ばない闇の業に与してはなりません。むしろその誤りを指摘しなさい。
彼らが隠れて行っている事は口にすることさえ恥ずかしい事です。誤りと指摘される全ての事は光によって明るみに出されます。明るみに出されるものは全て光です。それで次のように言われています。
「眠っている者よ、起きなさい。死者の中から復活しなさい。御子があなたを照り輝かせます」
自分達がどのように歩んでいるか、入念に見直しなさい。知恵の足りない者の様にではなく、知恵ある者の様に与えられた時を活用しなさい。悪い時代だからです。
従って分別を忘れず、主のみ旨がどこにあるのか悟りなさい。葡萄酒に酔い痴れてはなりません。それは身を持ち崩す元です。
むしろ霊に満たされ、互いに詩編や賛美の歌、霊的な歌を持って語り合い、主に向かって心から歌い、琴を奏でなさい。
私達の主の名において、いつも父である神に全ての事を感謝し、主を畏れ敬う心を持って互いに従いなさい。
【エフェソの人々への手紙 第5章】
「本当にこっちなのです?」
「うう~~ん……たぶん?」
「もう……しっかりして下さいなのです!カボちゃん!」
鬱蒼とした木々の葉の影が作る瑠璃色の森に声が吸い込まれ消えた。歩く度に柔らかな湿った森の腐葉土が沈み込み、ぬかるみが足を取る。振り返れば転々とした足跡が二人分、延々と森の入口の方から続いていた。まあ、とっくに見えなくなっちゃってるけどね、森の入り口付近。
「だいじょぶダイジョブー。ノルンさんに前に作ってもらった魔法のコンパスは狂ってないし、地図もー……まあ、地図は同じような景色ばっかだから役に立ってないけど何とかなるなる~」
コンパスの指針と地図を睨み思考をぐるりと回し結論付ける。出たばかりの結論をあたしの後ろからついてくる亜人の少女へと告げれば「とても不安です……」と一言声が返って来た。じとっとした言いたげな彼女の視線を受け、ジワリと背中に汗が浮かんだ理由は、ここまで悪路を歩き続けてきたから……だけじゃないだろうなー、これ。
「もう!大丈夫だってば~!店主のあたしを信じなさい!」
「正しくは店主代行なのです」
「むう……仕方ないじゃーん!いつもみたいにお店に出勤したら書置きがあってノルンさんいなくなってたんだから!」
『カボちゃんへ。少しの間旅をするのでお店を留守にします。私が留守の間、お店はカボちゃんにお任せしますね。よく出る薬湯のレシピは戸棚に今日のおやつと一緒にしまってあります。追伸:かぼちゃ爆弾を作るのもいいですがほどほどに留めておいてくださいね』
数日前いつもの時間に出勤したあたしの目に真っ先に飛び込んできたのは店の入り口の扉に貼られた紙に書かれたそんな文言だった。ぐるりとあの日見た文字が脳裏を順繰りに巡る。……ノルンさん、確かに時々術の触媒や薬の材料集める為に旅に出る事もあるって前に言ってたけど、ちょぉおおおおおっと!唐突過ぎない!?
「それに、チョコも無理しなくてついてこなくても良かったんだよー。森で薬湯の材料集めたら煎じていつもの薬を明けの明星亭に届けたのに」
「駄目なのです!だってそれじゃカボちゃん一人で森で材料集めすることになっちゃうのです!そんなの駄目なのです!カボちゃんはまだ子供なのです!」
「……ぶっちゃけチョコがいてもいなくてもあんま変わらない気がする~」
ふるり、と首を横に振り真っ直ぐ言い切ったお店のお客様ー……もといチョコリエールの真剣な様子に一つ肺の底から息を吐き出した。チョコって時々薬湯を受け取りに来るおどおどした大人しい子って印象しかなかったんだけどなあ……もしかして案外一度言い出したら聞かないタイプなんじゃ……ん?
「あーーっ!出口だ~~!チョコ!こっちだよー!この先の広場に薬草が群生してるの~!」
気が付くと静まり返った瑠璃の森の中でそこだけぽっかり口を開けた空き地が視界の向こうに広がっていた。……うん!薬草と混じって香草の匂いも風に乗って来る!間違いない!一回ノルンさんと来たことあるし!
「って事で、秘密の場所に今日一番乗りなのだ!」
さあて!今日もたくさん薬草をとるぞー!!
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「うーん……確かにここの入口、地下に通じてそうだけど……」
薬草採取をしている時だった。今まで気付かなかったその空間にあたし達が気付いたのは。でも、今までこんなところあったかな?
目の前で大口を開けた地下から風と闇が溢れる何も遮るものがない空間へと手を伸ばせば、バチリ!っと手が弾き返され何もない虚空に現れるはずのない波紋が立ち、同心円を描き広がっていった。……これ、魔法障壁、なのかも……
「むーーーりーーー!これかんなり高度な封印だよ~。禁呪クラスの魔法障壁。解呪するにはこれを施した術者本人連れてこなきゃ。……あるいは直系に近い血縁者を連れてこないと……ん?なんだろ壁に何か書いてある。この文字……ううん?見た事ないなー……」
「『眠っている者よ、起きなさい。死者の中から復活しなさい。御子があなたを照り輝かせます』」
「えっ?」
地下からの風が不意に、止んだ。彼女の言葉が終わると同時に青い光が網目状に遺跡の苔生し蔦が巻きついた壁を走り抜ける。光が収まった時、先程まで確かにそこにあった見えない壁は取り払われ霧の様に消え失せていた。
「ちょ、チョコ?」
「わ、分かりません!た、ただそこに書かれている文字を読んだだけなのです!それに声がしませんでしたか?」
「何も聞こえないよ~!怖いこと言わないでよ~!!」
チョコの普段から白い顔色が更に白く、青いものへと変わっていく。カチカチと歯を震わせよろけたチョコの体がよろけた。
「……とりあえず今日は帰ろうよ~!もう日が暮れるし!魔物たくさん出てきたら困るもん~!」
”畏れろ。俺は最初の者であり、最後の者であり、生きている者である。俺はいったん死んだが、見よ、代々限りなく生きている”
底が見えない深淵へ通じる遺跡の通路のその奥に誰かがいるような、そんな気がした。どこかで誰かが笑っている、背中で誰かが笑っていた。
《カボちゃん》
