第10章 変化・第11章 家族

暗い森の道を歩く一人の男。
その男は重い荷を背負いカンテラの灯りを頼りに夜道を歩く。

カチャカチャと背負う荷がぶつかり合う音と歩を進める度に聞こえてくる砂の音。

無意識に尾を左右に振りながら彼はひたすら歩き続ける。


とっぷりとふけた夜の森。

森の奥ではフクロウが鳴く声が響くのみ。



人などいようはずもない暗い暗い森をゆく。


「…ん?」


ふと視線を上げると道の先に何者かの姿が見えた。


黒い外套をまとい、目深に被ったフードの人物。
背丈は男とほぼ変わらないぐらいだろうか?

しかしこのような場所に一人佇むとは明らかに不自然だ。


見ないふりをして通り過ぎよう。

彼はそう考えて視線を落とし、そのまま何も気づいていないとでもいうような素振りで歩き続けた。


すると突然、目の前に鈍い輝きが走った。




「ヒィ…!!」


男は驚き後方に倒れこんだ。


何が起こったのか理解できない頭で自分の傍らに歩み寄ってきた相手の顔を見る。

が、月を背に立つ相手の顔は逆光で見えない。



『…旅人か?森をさ迷い歩くうちに国境を越えたか?

獣がこの国に何の用だ?』


「…!」


その言葉を聞いて旅人は身体を強ばらせた。

ここは純血派の領地だったと知って彼の脳裏には最悪の結末が浮かんでくる。



「…い…命ばかりは…!!」


恐怖に身体がガタガタと震え、無駄とは解っていても両手で身を守るように頭部を覆う。


そんな旅人を見つめ、剣を携えた黒
外套の人物は無言のまま剣を振りかざす。

ゆっくりと空の月は雲に覆われ辺りには闇が広がって行く。



『……』


コロセ…



『…………』


コロセ…コロセ…


『…………くっ…!』


コロセ…ソノオトコヲコロセ…


『………っ…!!』


コロセ!!ケモノヲコロセ!!


勢いよく剣を振り下ろす。

鈍い音をたてて剣は地面に突き刺さる。


「ヒッ…!」


男は咄嗟に悲鳴をあげて地面に刺さった剣へと視線を向けた。

皮袋を破ったその剣を見て彼は血の気が引くのを感じた。



「…逃げろ」



「へっ…?」


不意に聞こえてきた声に驚き振りかえる。

声の主は目の前に立つあの黒外套。



「…見逃してやると言っているんだ…早く逃げろ…!」



「…!?」


風が一陣通り抜ける。

ふわりと外套のフードが揺れて少しだけ顔が露になる。

彼が見たのは白い肌と燃えるような赤い瞳。

こちらを強く睨んで黒外套は強い口調で叫ぶ。

「去れ!!!!」




「ひぃぃぃぃい!!!!」


男は悲鳴をあげて逃げてゆく。
背負っていた荷を全て棄てて。

後に残された黒外套は地面に突き刺さった剣を見つめたままその場に佇んでいる。


「まあ、逃がしてしまいましたのね。
残念。」


「…また貴様か…!」


木陰から現れたのは黒い服を纏った女。



「もう少しであの汚い獣を消してしまえたのに。あーあ。残念ですわ。」


そう言ってうっすらと笑みを浮かべてこちらへ向かって歩いてくる。


「そうだ、確か血の繋がっていない“大切な妹さん”がいるそうですわね?」


不意に耳に聞こえた言葉に思わず言葉を失った。

何故この女がそれを知っている…?


「妹さん、恋人さんと一緒に幸せに暮らしてるんでしたっけ?

うふふ…。羨ましい。

もしかしたら、そっちのほうが貴女と違って非力で……利用価値があるかもしれませんね…」


そこまで言った瞬間刃が引き抜かれ目の前の空を斬り裂いた。


「…貴様…そのことを何処で知った…!」


咄嗟に女は距離を取り「まあ、怖い。」と呟いた。


「私以外に手を出すことは許さない…!

誰も手を汚させたりしない!!

お前の思惑通りに動いてなどやるものか!!

抗ってやる!!次はお前を斬る!!」


そう言いきって手にした刃を向かい合う女へと真っ直ぐに向ける。


暫し睨み会うと、女はポツリと呟いた。


「興が削がれましたわ。いいでしょう。足掻いてみるといいですわ。

ええ、誰にも手は出しませんわ。
でもその呪いはいずれあなたを固く取り込みあなたの精神を蝕む。

自我を失うのは時間の問題ですわ。」


そう言うと彼女は転移魔法を展開し光に包まれる。去り際にこちらへ笑みを向けながら彼女はこう言った。


「いずれ自らの手で愛する人を殺す未来を楽しみに待ってますわ。

ミルファス様?」


地面に剣を突き立ててその場に膝をつく。

洗脳に抗ったせいか頭がひどく痛む。


ここから屋敷へ戻る余力があるかわからないが、もう少しここで休めば動けるだろうと思った。

ふと空を見上れば空に浮かんだ満月が厚い雲から顔を覗かせ、暗闇に包まれていた森が明るく見えてきた。


ああこの明るさなら迷わず帰れそうだ。


そう思い暫し目を閉じる。




いつも瞳を閉じれば見えてくる。



優しく手を差し伸べるあの人は誰だ……?



顔はどうしても思い出せない……。


何故か霞んで見えないんだ。


だが……その手がひどく優しく温かく見えた……。
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