第5章 無垢なもの弱きもの


ー翡翠(カワセミ)の騎士ー



翡翠(カワセミ)は迷う事なく一撃で獲物を仕留める鳥の名。


そして宝石の翡翠は信念を表す聖なる石の名。




王城騎士として様々な戦に参加し、功を挙げ、いつしか僕の事をそう呼ぶ人がいて…僕には勿体ない二つ名だと…そう思っていた……。





†††††††††††

先程まで優雅なワルツが流れていた筈の大聖堂。


だが今は不安と恐怖にざわめく人々がただその場に立ち尽くすだけの空間に様変わりしている。



「どうして魔物が…!?」



「騎士団は…?
騎士団は一体何をしているんだ!?」




想定外の事態に一部の貴族が声を上げて叫ぶ。



それによって更に不安と恐怖が煽られ、人々のざわめきが更に広がる。



(これはまずい…!)



一人の貴族の男が見張り役の一人の騎士に掴みかかる。



すると彼は騎士に向かってこう叫んだ。




「ここだって本当は危ないんだろ!?

大聖堂と地下墓地は目と鼻の先だ!!本当に安全だって言えるのか!?」



その言葉に更に不安が煽られたのか、貴族の女が門を守る兵士達に向かって叫ぶ。



「私達をここから出しなさい!!
すぐに馬車を出せば逃げられる筈でしょう!?」



すると更に混乱が広がって行く。
貴族の女が叫んだ言葉に煽られ、この場から逃げ出そうと考えた貴族達が門の方へと集まってきたのだ。




「守りを固めよ!!決して門を開くな!!」




人々のざわめく声にかき消されないよう声を張り上げて命令を下す。


門を守る兵士は槍を交差させ、貴族達を門に触れさせないよう守りを固める。


命令を下す声に驚いたのか、兵士達が掲げた武器に恐れを成したのか、貴族達が怯む。

この好機を逃すまいと僕は貴族達の前に歩み出る。





「皆さん!落ち着いてください!!

この大聖堂は聖なる結界によって守られています!
ですがもしこの門を開けば、結界の印が解かれ、魔物の侵入を許すことになってしまいます!!

本当に命が惜しいなら、安全を確認するまでここで静かに待機してください!!


大丈夫です!我々はここにいる全て人々を守る為、ここにいるのです!!

この命を以て必ず守ると誓おう!!」



そう言い放てば、貴族達は落ち着きを取り戻し、静かに門から離れていった。

だが、まだ不安が消え去った訳ではない。


神に祈りを捧げる者。連れと寄り添い合い不安を和らげようとする者。恐怖に身を震わせる者。やり場のない怒りを押さえきれずやけ酒を煽る者。


それらに共通するのは、彼らが魔物と戦う力を持たない無力な存在なのだという事実……。




地下墓地から魔物が現れたとの知らせを受け、王城騎士に直ちにこれを討伐せよとの命令が下されてから数刻が経過し、そろそろ討伐が完了しただろうかと思った頃、僕の元に新たに届いた命令は……



《反逆者アルフォート、並びにセデル・ライトを誅殺せよ。》




「セデルが…反逆…?」




(一体何故…?


あの忠義に厚い男が反逆など企てる筈がない。


地下墓地で一体何があったと言うんだ…。)




「……直ちに地下墓地へ向かう。
君達はここで人々を守るんだ。」


「はっ!!」


「ピエール様も、お気をつけて。」


門を守る兵士達にそう言い放ち、僕は槍を手に歩を進めた。




「お待ちください。」



大聖堂の裏口へと向かう僕の背中に誰かの声が届く。


思わず振り返る僕の目に映ったのは、夜空をそのまま身に纏ったようなドレスと、長い蒼碧の髪が印象的な一人の女性の姿だった。


銀の仮面から覗くローズピンクの瞳が僕の顔をしっかりと捉えている。

どうやら僕に言いたい事があるらしい。



「いかがなさいましたか?ご婦人。」




丁寧に彼女にそう問えば、彼女は懐から一つの小瓶を取り出し、それを僕の目の前に差し出した。



「これを、ある方にお渡しして欲しいのです。」



彼女が差し出したのは白く美しい硝子の小瓶。


中には薄荷(はっか)の香水でも入っているのか、薄荷特有の爽やかな香りが仄かに香る。




「承知致しました。
何方へ届ければいいのですか?」



彼女の真摯な態度に思わず手に取ってしまった小瓶から視線を外し、再び彼女に向かって問いかける。


すると次に彼女の口から出た言葉に、僕は戸惑う事になった。



「青い鎧を纏った、星銀の髪の騎士様に届けてください。」



改めて小瓶を見つめる。

これは単に贈り物を届けて欲しいという意味ではない。

おそらくこの小瓶の中身はとても強い破邪の効果を持つ聖水。


即ち彼女は、僕にこう言っているのだろう。



《セデルを助けて欲しい》…と。



「はい、必ず。」



そう言って目の前の女性に向かって一礼し、僕はその場を離れた。
2/5ページ
スキ