第5章 無垢なもの弱きもの


虚しい言葉に惑わされてはなりません。先に述べたような行いの為に、不従順な者達の上に神の怒りが下るからです。

彼らの仲間になってはなりません。かつて、あなた方は闇でしたが、今は主に結ばれて光となっています。

「光の子」として歩みなさい。

実に、光が結ぶ実はあらゆる善意、正義、真実を備えたものです。

主に喜んでいただけることは何か見極めなさい。

実を結ばない闇の業に与してはなりません。むしろ、その誤りを指摘しなさい。

彼らが隠れて行っている事は、口にする事さえ恥ずかしい事です。

誤りと指摘される全ての事は、光によって明るみに出されます。明るみに出されるものは全て光なのです。


【エフェソの人々への手紙 第4章】






「おや、その顔は……そうか君は知らなかったのですか。ええ、今お話した通りですよ。ゴイムの虐殺の首謀者は私ではなく彼です。正確に言うと引き金を引いた者ですがね。最初に旧教徒と偽りテロを行い、強硬的な旧教徒を刺激して更なる暴動を誘発させた。一度弾けてしまえば飛び火は容易いですからね。そして、それを自らが率いる軍を持って鎮圧、制圧し教会の権威を失墜させると同時に自身は民心を掌握する。実に鮮やかで見事な手法ですよ。……憎らしいほどに」


「う、そ……だろ?……なあ、嘘だろう?フリードリヒ、さん……?」


「言っただろう。私が立っている場所は甘い場所ではない、と。ブランチュール・アリコーン、お前はこの国の病巣だ。悪性の腫瘍は他の細胞を腐らせるその前に切り落とさねばならない。……さあ、決着を、つけようか?」


「教皇!!ブランチュール教皇ッ!!!ご無事ですー……貴様は……ッ!!!!?」


「久しいな。オケアノス卿。あなたも出てくるとは好都合だ。あなたも教皇同様、この国を蝕む腫瘍の一つだからな」


「やはり……やはり貴様だったのか……今回のクーデターの扇動者は……!フリードリヒ!!!」


世界が瓦解する。堅強な岩盤の上に立っていたはずなのに、さらさらと泥となり砂となり足元から崩れ落ちていく。あれ程まで感じていた這い上がる様な地下墓地の冷気が、亡者達の声が、今はこんなにも、遠い。

灯火だった。この人の言葉は灯火だったんだ!!

生まれ、地位……自分ではどうしようもできないハンデを背負わされ不当に虐げられる者達を解放し照らす新しい時代の光。だと、そう思った。いや、思っていた。だが、実際はどうだ……?


「あなたが……あなたがこの汚い計画を立てたのか!!?あなたが……あなたの策略のせいで不要な血が流れたのか!!?何故!何故!!俺に話してくれなかった!!?どうして!……答えろッ!!!!!!」


「……アルフォート君、君は幼い。その幼くまだ血塗られていない無垢な手はある意味美徳だ。……だが、理想の為ならば自らの手を血で染める……汚れる覚悟がある者しか民衆の上に立つ事は出来ない!……っう……魔法障壁か……!」


瞬間、轟音が轟いた。鼓膜を劈く様な音が澱む空気を激しく震わせる。フリードリヒさんが手にした短銃の銃口から立ち上った紫煙が墓地の暗がりの中、揺らぎ、靡いていた。うすら寒い白さで、広がっていく。


「させると思うか、反逆者。この御方と王女はこの国の礎だ。これ以上、指一本触れさせやしない」


魔が膨張し、弾けた。湧き上がる魔の奔流が巻き上げた湿った土埃が眼前を染め上げる。刹那、焔が、俺達の前を走る!


「……こちらが何の策も講じずに攻めて来たと、そう思うか?あまり我々を見くびらないでいただきたいものだな」


「ルフィールッ……お、お前、その石は……」


「へっ、へへ……マジか……本当だ……本当だったんだ……この石の力……」


「ああ、先の戦闘で散った同士諸君が命を賭けて残していってくれたものだ。その魔石は魔を吸収し自身の内に蓄える」


ドカリ、と派手に後ろ向きに倒れ込んだ親友の、その手が淡く輝いていた。俺達を絶命させる為に放たれた魔をその身に蓄えて、石はただ淡く色づいていた。ルフィールが翳した手の中にある石に吸い込まれ魔の破片が蛍火となり、千切れ、消える。


「くっ……!!!」


「君達が私達を糾弾する?笑わせる。君達とて私と同じではないか。私達が民衆を利用した様に君達は王女を利用する。そして、邪魔になるようならば排除する。ああ、よく分かるさ。それが頂点に立つ者の”血筋”だ。……そう、邪魔になるようであれば排除される。平民と何が違う?ルフィールッ!!やれ!!相手は三人だ!!教皇とオケアノス卿は私達が引き受けるッ!!!」


「言われるまでもない!!……アルッ!!」


「……こんな……こんな事が正義だと!!?ふっざけんじゃねえ!!力ない者を踏み躙っておいて何が”大義”だッ!!そのどこに”大義”があるッ!!!」


硬質な金属音が響き渡った。金属同士が交わり、擦れ合い、赤い火花が、散る。腕に痛みが走った。

ルフィールの剣の軌道上に呆然と立ち竦んでいた女を足で蹴飛ばし押し出して、奴が奮う剣を槍で受け止めた。払い、いなして切り結んでー……許せなかった。ただただ、許せなかった。


「裏切るのか!?アル!!……甘ったれた事言ってんじゃねえッ!!!」


「だが……!!」


「だが!?何寝惚けた事言ってやがる!!何かを成す為には対価が必要だ!!それが大きければ大きいほど!!たった今、お前は目を背けた!!お前は現実が見えていない、ただ駄々をこねて逃げ回っている餓鬼と一緒なんだよッ!!!!」


「ッ!!!!!!!」


許せなかった……何が?

民衆に圧制を敷き国力を疲弊させ続けている教皇と旧教の枢機卿達が?

民衆の味方を称しておきながら、民衆を利用し多くの血を流したフリードリヒさんが?

どちらも正解に近く、真実からは、遠い。

俺は、俺自身は何を望んでいるんだろう?革命?何かを見出す事?何かを成す事?

正義って……大義って……なんだ?


「奔れ、光よッ!!!」


「……くっ……!!」


その時だった。闇が晴れ、星が生まれたのは。煌々と輝く五つの点を繋ぐように星が刻まれ俺と女を包み込む。反射的に女の細腕を掴み胸で抱き締め背中で庇った。


「やはり、君も裏切るのか?」


「ああ……ここに私が信じる正義も秩序もない。それが分かったからな。だが、教皇に与するつもりもない!!……退くぞ!!アルフォート!!」


光。それは圧倒的な流量を持った光の洪水だった。息も出来ない、溺れる様な光の渦が、転移魔法が俺達の身体を墓地から地上へと導いてー……


「……やはり、裏切るのか。セデル」






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その日未明、白亜の王城は革命軍の手により落城。

革命軍を指揮したフリードリヒ・コミンテルンは激しく教皇及び旧教の枢機卿一派を糾弾し、王都から遠く離れた地へ流刑及び臨時政府の発足を宣言した。

ルマンド王女の処遇については彼女に対する同情の声が多く上がった事、彼女に対する民衆の人気の高さを考慮し不問とされた。

表面上は沈静化したように思えた内戦だが、それが冬の始まりだと思う者はけして少なくはなかった。






俺は……現実を受け止める事が出来ない、ただ駄々をこねるだけの、子供なのだろうか。


≪アルフォート≫
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