第2節 仮面舞踏会

ところで信じた事のない方を、どうして呼び求める事が出来るでしょうか?聞いた事のない方をどうして信じる事が出来るでしょうか?

宣べ伝える者がなければ、どうして聞く事が出来るでしょうか?

遣わされなければ、どうして宣べ伝える事が出来るでしょうか?

「善い知らせをもたらす者の足はなんと美しい事か」と書かれている通りです。

しかし、全ての人々が福音に耳を傾け、従ったのではありません。

「主よ、誰が私達から聞いた事を信じましたか」と預言者は言っています。

このように信仰は聞く事から始まります。

しかし、私達は言いたい。彼らは聞いた事が全くないのでしょうか?

いいえ、むしろ、「その叫びは地の隅々にまで及び、その言葉は世界の果てまで至る」のです。

では、また尋ねますが、彼の国は悟らなかったのでしょうか?

まず、預言者がこう言っています。

「私は民でない者によって、あなた達を怒らせよう」

また別の預言者も大胆に言っています。

「私は、私を捜さなかった者達に見出され、私を求めなかった者達に自分を現わした」

そして、彼の国についてはこう言っています。

「不従順で反抗する民に、私は一日中、手を差し伸べた」


【ローマの人々への手紙 第10章】






子午線の虚ろに北風が散る。大気中に舞う塵の量がいつもより少ないのだろうか、この季節には珍しい穏やかな青の深淵が、私達の頭上高くに広がっていた。


「カタリナさん……!今日は非番でしたよね!今日こそ稽古をつけて下さい!」


「あのね、いつかも言ったと思うけどどうしてあなたが剣を取る必要があるの?あなたは私と違って戦闘を生業としているわけじゃないでしょう?」


サクリ、と音を立てて霜の柱が崩れる。私と、私に続く様に歩くサクラに踏まれ、固められて。サクリ、サクリと私達の後を音が追う。


「それは強くなりたいからで……」


「はいはい。それは何度も聞いたわ。……もう、そんなに顔と鼻を赤くして。いい?体調管理も”強く”なるための大切な要素の一つよ」


忙しなく歩く人々の流れが私達の横を通り過ぎて行く。自分達も今まで乗っていたその流れの真ん中で、刹那、歩みを止めて振り返り手を伸ばした。

自分の首に巻いていたマフラーを外して、私よりも身長がある彼女の首に巻く為につま先立ちで背を伸ばす。


「これでよし!っと。どう?中々あたたかいでしょ?」


「は、はあ……ですが、私が取ってしまってはカタリナさんが寒くありませんか?」


「え?大丈夫よ?雪中行軍した時に比べたらぜんっぜん!平気」


私の口から出た雪中行軍という言葉によって彼女の顔に何とも形容しがたい表情が浮かぶ。それを確認してから私は再び踵を返した。……だって、事実なんだもの。あの時は凍傷起こして指の数本ぐらい持っていかれるのを覚悟したなあ……


「あの……カタリナさん……」


「なに?駄目よ、今日は。ちょっと行きたいところがあるから。夜は警備でカテドラルへ行かなくちゃいけないし……だから剣の稽古は……」


「いえ。このマフラー、あたたかいにはあたたかいんですが、少々、その……不格好のような……あっ!待って下さい!カタリナさん……!!」


一陣吹き込んだ風が、瞬間、蟠った沈黙を攫い運んでいった。

うっ……気にしてるところを……どうして同僚たちみたいに上手に編めないんだろう……またみんなに隣で編んでもらおうかな……






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「ここは……エリーゼさんの教会、ですか?」


「あら?あなたもここを知っていたの?」


青く続く蒼穹へ吐き出したばかりの白い息が立ち上っていく。小さくも大きくもない、そして、カテドラルとは正反対の簡素な造りの教会の門の前に立って、彼女と二人、昇る息と共にその白亜の外壁を見上げた。


「おや、アンタは……今日は鎧は着ていないんだな」


「こんにちは、シルベーヌ殿。飾り付け、ですか?」


「ああ。この教会は”どこぞ”とは違うが、御子の生誕の日は宗派で動かないだろう?今夜はこの教会も開放して訪れる信者を迎え入れないといけないからね。その準備さ」


寒風の中、銀の糸が煌めいて、黄金の対の瞳が私達の姿を捉える。ゆっくりと細められた彼女の瞳につられる様に私の瞳も緩く弧を描く。

彼女とこんな風に言葉を交わすようになって久しいけれど、今と昔、受ける印象が随分変わったな、と、整った彼女の面差しを見つめながら頭の隅でぼんやりと考える自分がいた。


「会いに来たのか?」


「あっ、いえ……用があるというわけでは……ただ新教の教会も何かと準備があるんじゃないかと思って……今日は昼は非番ですから、なにか手伝えないかと……」


「あはははっ!!あたしは誰とは言っていないんだけどね。さあ、入んな。手伝いなら大歓迎さ。人数は多いに越したことはないからね」


背中を鈍い痛みが走って、それと同時にバランスを崩した体が一歩前へとよろける。私の背中を平手で叩きカラカラとらしく笑うシルベーヌへ背中越しに視線を送り、深く息を吐いた。

彼女の爽やかで豪快な気質はけして嫌いなものではない。……ちょっと今のは痛かったけれど。


「よろしくお願い致します。私は夜から仕事があるので昼間の間しかいられませんが、手伝わせてください」


土の温みに抱かれて花が咲き、揺れてた。こんな季節でもこんなに綺麗に花は咲くのか、と、花壇で身を寄せ合う白い花々を見下ろしながら言葉の代わりに感嘆の息を吐き出した。

遠く音が聞こえる。昼前の空に浮かぶ白く細い月が花を照らしているように見えてならなかった。

冬は眠りの季節だと思っていたけれど、必ずしもそうではないのかも……


「おや、花がどうにかされましたか?……おっと」


「きゃあ……!はあ……なんだ、あなた、か……」


不意に生じた声に肩が大きく跳ねる。よろけ、後ろ向きにたたらを踏めば、それに少し遅れるように今までなかった温度が伝わって来て、それが誰のものか分かると同時にじんわりと伝わる温度とは違う熱が自分の中で生まれて、私を満たしていった。


「……ありがとう」


「ありがとう?」


「だって、あなたが後ろにいたから倒れないですんだんだもの」


私の体を受け止めてくれた手に自分の手を重ねて、言葉を紡いだ。自然に、そうするのが当然とでも言う様に触れてー……満ちた気持ちが溢れて言葉になる。唇に緩く弧を描いて、瞬間目蓋を閉じた。……そう言えば、初めてここに来た時も腰を抜かしちゃったのよね……私。

でも、あの時とは違って私の体は倒れなくて、この人の腕の中にいてー……って!違う違う!!


「あ、あの、今日はその……夜まで非番だから何か手伝おうと思って、来たの。シルベーヌ殿の許可は貰ったから」


一瞬過った考えを振り払うように首を横に振って、自分の足で立ち、振り返った。早鐘を打つ胸の音に気付かれないように距離を取って。

夜には持ち場に戻らないといけないけれど、昼の間はここにいたいの。

……その言葉は、飲み込んで。


≪カタリナ・アレクサンドリア≫
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