第1節 あべこべちぐはぐ
さて、救いの御子は霊に導かれ荒れ野へ行かれた。
それは悪魔によって試みられる為であった。そして、四十日四十夜断食した後、空腹を覚えられた。
すると、試みる者が近付き、御子に言った。
「もし、あなたが神の御子なら、これらの石がパンになるように命じなさい」
御子は答えて仰せになった。
「人はパンだけで生きているのではない。神の口から出る全ての言葉によって生きる、と書き記されている」
次に、悪魔は御子を聖なる都へ連れて行き、神殿の頂に立たせて言った。
「もしあなたが神の子なら、ここから身を投げなさい。神はあなたの為御使いに命じ、あなたの足が石に打ち当たらないよう、手であなたを支えさせる、と書き記されている」
御子は仰せになった。
「あなたの神、主を試みてはならない、と書き記されている」
更に、悪魔は御子を非常に高い山へ連れて行き、世の全ての国々の栄華を見せて、御子に言った。
「もしあなたが平伏して私に礼拝するなら、これらのもの全てあなたに与えよう」
そこで御子は仰せになった。
「悪魔よ、退け。あなたの神、主を礼拝し、ただ主のみ仕えよ、と書き記されている」
【マタイによる福音書 第3章】
「パセリ~セ~ジ~ロ~ズマリ~タ~イム~」
フツリ、と湯だった湯の中にあたしの手から落ちた薬草が数片、重力に導かれ落ちて行く。沸き立つお湯の液面に瞬間沈み、再び浮かび上がった薬草を大きな木べらを使いクルリ、と円を描く様にかき混ぜれば、いい匂いとも悪い匂いとも言える香りの花が白い煙と共に部屋いっぱいに広がった。
「不思議な歌ですね」
「あっ、ノルンさん!へへっ……いい歌でしょ?あたしの故郷の歌なんだよ!だ~れも歌の意味は分からないんだけどね!」
不意に視界の外れで空が動いた。勿論、空そのものという意味じゃない。動いたのは空とよく似た色をしたノルンさんの長い、綺麗な髪。
空色の髪とは反対の色をした瞳を細めてゆるりと優しい弧を描いた彼女の名前を呼んで、大釜を混ぜる手を止め、梯子の一番上から反動をつけて飛び降りた。ぐらり、と瞬間梯子が頼りなく揺れたけど倒れないという事をあたしは知っている。
何故って?だってもう何度もそこから飛び降りてるんだから!力加減はバッチグーよ!
「まぁたパン作ってたの?なんか最近魔法道具屋さんというよりはパン屋さんになってるような……」
「物価が上がって材料が集めにくくなりましたから……」
「ふ~ん……大人って大変だね。あっ、一つ貰っていい?」
「勿論ですよ。二人で食べるために持って来たんですから」
薬湯の香りの中に小麦とバターが焼ける匂いが溶けて混ざり合う。ノルンさんの工房をいつも包んでいる匂い。あたし、この香り大好きー……
「!!カボちゃん!危ないっ!!」
「えっ?」
「いったぁああ……もう!いきなり釜が爆発するなんて……!ノルンさんだいじょ……」
大丈夫?そう続くはずだった言葉が途切れる。誰かに遮られたとかそういうんじゃなくて……背後から聞えるビリィイイイ……っという布が裂ける時にするような嫌な音に一筋、汗が背を伝い流れていった。
視線を下へ向ければいつもより長く伸びた自分の髪と大きくなった体、そして、あたしとは逆に子供サイズまで縮んでしまったノルンさんが映って……あっ、ノルンさん自分の服に躓いて転んだ。そりゃそうだよなあ、明らかに服のサイズが大きいもん……ってぇえええええええ!?違う違う!そうじゃなくて……!
「えっと、ノルン、さん?子供みたいだけど」
「カボ、ちゃんですよね?いつもより大きいみたいですが……」
うんっと?これってもしかしてノルンさんが子供になって、あたしが逆に大きく……???
「ぇええええええええええええっ!!!」
絶叫が煙の中空しくこだまする。ビリィイイっとまた服の破れる音がした。
ちょっ!これさっきの爆発のせいか!!ってか、服ーーーーーーッ!!!!誰か服ちょうだい!!!
≪カボちゃん≫
それは悪魔によって試みられる為であった。そして、四十日四十夜断食した後、空腹を覚えられた。
すると、試みる者が近付き、御子に言った。
「もし、あなたが神の御子なら、これらの石がパンになるように命じなさい」
御子は答えて仰せになった。
「人はパンだけで生きているのではない。神の口から出る全ての言葉によって生きる、と書き記されている」
次に、悪魔は御子を聖なる都へ連れて行き、神殿の頂に立たせて言った。
「もしあなたが神の子なら、ここから身を投げなさい。神はあなたの為御使いに命じ、あなたの足が石に打ち当たらないよう、手であなたを支えさせる、と書き記されている」
御子は仰せになった。
「あなたの神、主を試みてはならない、と書き記されている」
更に、悪魔は御子を非常に高い山へ連れて行き、世の全ての国々の栄華を見せて、御子に言った。
「もしあなたが平伏して私に礼拝するなら、これらのもの全てあなたに与えよう」
そこで御子は仰せになった。
「悪魔よ、退け。あなたの神、主を礼拝し、ただ主のみ仕えよ、と書き記されている」
【マタイによる福音書 第3章】
「パセリ~セ~ジ~ロ~ズマリ~タ~イム~」
フツリ、と湯だった湯の中にあたしの手から落ちた薬草が数片、重力に導かれ落ちて行く。沸き立つお湯の液面に瞬間沈み、再び浮かび上がった薬草を大きな木べらを使いクルリ、と円を描く様にかき混ぜれば、いい匂いとも悪い匂いとも言える香りの花が白い煙と共に部屋いっぱいに広がった。
「不思議な歌ですね」
「あっ、ノルンさん!へへっ……いい歌でしょ?あたしの故郷の歌なんだよ!だ~れも歌の意味は分からないんだけどね!」
不意に視界の外れで空が動いた。勿論、空そのものという意味じゃない。動いたのは空とよく似た色をしたノルンさんの長い、綺麗な髪。
空色の髪とは反対の色をした瞳を細めてゆるりと優しい弧を描いた彼女の名前を呼んで、大釜を混ぜる手を止め、梯子の一番上から反動をつけて飛び降りた。ぐらり、と瞬間梯子が頼りなく揺れたけど倒れないという事をあたしは知っている。
何故って?だってもう何度もそこから飛び降りてるんだから!力加減はバッチグーよ!
「まぁたパン作ってたの?なんか最近魔法道具屋さんというよりはパン屋さんになってるような……」
「物価が上がって材料が集めにくくなりましたから……」
「ふ~ん……大人って大変だね。あっ、一つ貰っていい?」
「勿論ですよ。二人で食べるために持って来たんですから」
薬湯の香りの中に小麦とバターが焼ける匂いが溶けて混ざり合う。ノルンさんの工房をいつも包んでいる匂い。あたし、この香り大好きー……
「!!カボちゃん!危ないっ!!」
「えっ?」
「いったぁああ……もう!いきなり釜が爆発するなんて……!ノルンさんだいじょ……」
大丈夫?そう続くはずだった言葉が途切れる。誰かに遮られたとかそういうんじゃなくて……背後から聞えるビリィイイイ……っという布が裂ける時にするような嫌な音に一筋、汗が背を伝い流れていった。
視線を下へ向ければいつもより長く伸びた自分の髪と大きくなった体、そして、あたしとは逆に子供サイズまで縮んでしまったノルンさんが映って……あっ、ノルンさん自分の服に躓いて転んだ。そりゃそうだよなあ、明らかに服のサイズが大きいもん……ってぇえええええええ!?違う違う!そうじゃなくて……!
「えっと、ノルン、さん?子供みたいだけど」
「カボ、ちゃんですよね?いつもより大きいみたいですが……」
うんっと?これってもしかしてノルンさんが子供になって、あたしが逆に大きく……???
「ぇええええええええええええっ!!!」
絶叫が煙の中空しくこだまする。ビリィイイっとまた服の破れる音がした。
ちょっ!これさっきの爆発のせいか!!ってか、服ーーーーーーッ!!!!誰か服ちょうだい!!!
≪カボちゃん≫
