第4章 革命

私達は自分を売り込んでいるような連中の一部と自分自身を同じものだとみなしたり、比較したりしようなどとは思いません。

そういう連中は、自分達の間で互いの品定めをしたり比較し合ったりしていますが、愚かな事です。

私達はと言えば、際限なく誇るつもりはありません。

ただ、私達が誇るのは、神が私達に割り当てて下さった程度に応じた範囲で、つまり、あなた方の所まで行ったという事で誇るのです。

私達は、まるであなた方の元に行かなかったかのように、割り当てられた範囲以上に背伸びをしようとはしていません。

実に私達は救いの御子の福音を携えて、あなた方の所へ一番乗りしたのです。

私達は、他の人達の働きを際限なく誇るような事はしませんが、あなた方の信仰が深まるにつれて、あなた方の間で私達の活動が割り当てられた範囲内で、ますます広がる様に望んでいます。

そのように広がると、あなた方の向こうにある地域にまで福音がもたらされ、私達は、他の人の縄張りで既に行われた活動を誇る事にはならないのです。

「誇る人は主において誇れ」

という事です。受け入れられるのは自分を売り込む者ではなく、主が推薦して下さる人なのです。


【コリントの人々への第二の手紙 第10章】






「この一連の反乱での死者数は把握できているだけで既に一万。負傷者ともなれば数は更に膨れ上がるだろう」


雨季特有の長雨が窓を叩き、ランプにより薄明るく照らされている円卓の間に雨音を響かせる。紡いだ言の葉の後に続くシジマを震わせて。例年であれば既に乾季に時期に入っているのも関わらず降り続く雨は恵みの雨などではなく災いをばら撒くものー……”禍”そのものだった。


「……問題は死傷者だけではない。兵糧の蓄えもあと僅かだ。ある程度までは予想の範囲内だったがー……既にその予想された最悪のラインを越えている。兵糧を買い付けようにも物がない有様だ。税収の大幅減も考慮すると通年の2/3程度しか備蓄できていない」


シジマを揺さぶる禍の音に一つ、新たな声色が混ざった。つい先日の暴動を受け空席になった座に着任したばかりの最も新しい枢機卿が発した静かな重みがある言葉が円を描くように薄暮の闇が支配する広間に広がっていく。


「それについては反乱軍とて同じであろう。刈り取る前に麦の穂が腐ってしまったそうだ」


「……むしろ問題なのはこの戦乱によって職や住む処を奪われた民でしょう。騎士カタリナの報告によりますと反乱軍が占領した港町には既に万単位の難民が流入しているとあります」


刹那、声が響いた。沈痛な声ではない。先を憂いる押し殺した様なものでも、努めて冷静であろうとする声でもない。愉快と言外に滲んだ、古参の枢機卿の哄笑が、場違いにもほどがある声が蟠る沈黙を裂いた。


「笑い事ではない!!難民達が王都へ流入すれば我々とて同じだ!大量の難民がいつこちらに流れ込んで来てもおかしくないのだぞ!」


「ハハハッ……いや、すまない。全く候は人を笑わせる術に長けていらっしゃる。つまり候は反乱軍との和平工作を進めるべきと、そう言いたいのだな」


「今一番苦しんでいるのは誰だ!?そんな事考えるまでもなく分かるだろう!?民あっての我々ではないか!!」


「候の意見は最も、だ。では、財を与かる者として私からも皆々様に一つ提案をば。税収が定まらず財源が確保できないというのであれば通年の四割程の増税をかしてはいかがでしょうか、ブランチュール教皇?そして、同時に穀物や飼料などの資源についても闇で売買できぬように厳しく監視する。王都の防衛線とて同じ事。難民が王都に流入せぬ様に一層監視と罰則を強化する。……いかがでしょうか?」


重力の軛に引かれ一つの椅子が音を立てて落ち、倒れた。強く拳を握り締めその拳で円卓を叩き立ち上がった騎士団長の瞳が焔が宿った様に揺らいでいる。……感情の名は、おそらく憤怒。

それを横目で見つめ、ゆるりと自身の目蓋の緞帳を落とした。やはりそうなるか、と予想していた展開に小さく一つ息を溢して。


「民あっての……プロレタリアあっての国だろう!これ以上の増税は悪戯に民を疲弊させ国力を落とすだけだ!民だけではない、前線で戦っている兵達の中には満足な食事も摂れていない者もいると聞いている!これ以上大義のない戦いを続けるのは物理的にも精神的にも無理だ!!」


「……暴言が過ぎるな。卿が言う通りだ。甘くすれば民はつけ上がる。奴らはそういうものだ。不平不満ばかり口にしそのくせ自身は現状を変えようと動きすらしない。よしんば動いたとしても今回の様な暴動を引き起こす。……民は望んで弱者の立場にいるのだ。責任を負いたくはないからな。ならば我々が秩序を用意しなくてはならない。弱者が弱者でいられるための秩序を用意する必要がある。……ブランチュール教皇並びに枢機卿方、税を通年の一割増にする事を進言致します。意義のないお方は沈黙を持ってお答え下さい」


静寂があった。ただ一人異を唱えた候の声を、飲み込む様に。禍が、降っていた。






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「……お前は、ルミナス、か。どうしたお前の役目は王女の身辺警護だろう。そのお前が王女の御前を離れてどうする」


「お、お姉様だってお一人になられたいと思う時もあります、もの。サフォー、様は?また元老院の会議に出席されていたのですか?」


石造りの廊下に見慣れた金の髪が翻った。……正確に言えば見慣れた金の髪とよく似た異なる金の髪、だが。


「騎士団長様はご一緒ではないのですか?」


「ああ……奴なら昨日の会議で暫くの謹慎が言い渡されたからな。……丁度良かったのかもしれない。実直過ぎるほど実直な男だ。腹芸が出来る様な人間ではないし、何より奴には似合わないだろう」


……教皇ともつい先日話を付けておいたが、奴に腹芸をこなせるとは思えない。だから、昨日の暴動の真実も奴には伏せたままにしてもらった。元より正義感の強い男だ。そしてその清廉さは弱点であると同時にそれ以上の美徳でもある。……奴にはその美徳を保っていてもらわなくてはならない。万が一の事態に備えて。

……教皇と共犯になるのは俺達だけでいい。


「……しかし、今日は随分風変わりな出で立ちだな。ヴェールといいジャケットといい……」


「気分転換というものですわ。ここ最近の長雨で寒い日が多いですし。……サフォー様、出来れば先程の元老院での会議の内容についてもっと詳しくー……」


刹那、肌に何かが刺さったのはその時だった。凍てつく冷気が床を壁を天井を奔っていく。術者にしか感じ取れない僅かな揺らぎだが確実に何かが綻んだ。瞬間、あるいは瞬刻、足元で何かが蠢き何かが千切れ破れて行く。

教皇から賜わり受けた伝令石が懐の中で輝き、回廊の闇を貫く。色は……


「ルミナス。確かお前は武芸に心得があったな」


「は、はい……!」


「よろしい、ならば俺の後について来い。……そして、これから行く場所、見たものについては決して他言してはならない」


禍が降る。降りしきる。

地下へ、聖王が封印を施した歴代の王が眠る墓所へー……急がねば。


≪サフォー・オケアノス≫
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