第4章 革命
人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく、今ある権威は全て神によって立てられたものなのです。
従って、権威に逆らう者は、神の定めに背くのであり、背く者は自分自身に罰の宣告を招きます。
実際、支配者というものは、善い行いをする場合ではなく、悪い行いをする場合に恐ろしいのです。
あなたは権威を恐ろしいと思いたくないのですか?それなら善い行いをしなさい。そうすれば権威から褒められます。権威はあなたに善い事をもたらす為の神の僕です。
あなた方が悪い事をするなら、畏れなさい。権威はいたずらに剣を帯びているのではありません。
悪い事をする者に罰を加え、怒りを表すための神の僕なのです。
それで、怒りに対する恐れからだけでなく、良心の為にも従うべきです。あなた方が貢ぎ納めているのもこの為です。彼らは神に仕える役人であり、その事の為に励んでいるのです。
全ての人に借りとして負っているものを返しなさい。
貢ぎ納めるべき者には貢ぎを、税を納めるべき相手には税を、畏れるべき者には畏れを、敬うべき者には敬いを返しなさい。
【ローマの人々への手紙 第12章】
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている。
それは深淵だった。一条の光すら差し込まない朔の夜の底よりも暗い根の国へ通じている迷宮への入り口だった。
「こ、ここは……フリードリヒさん、この洞窟は……」
「地下宮殿へ通じている回廊だ。聖王統治時代に血の呪法を持って封じられたが、通路として生きている。ここを抜ければ王宮の中へ出られる」
反響する足音が闇のシジマを揺すり、動かす。波紋を描き広がる不可視の波に当てられたからだろうか……ざわざわとした言い様のない不快な感覚が足先から背筋を這い上がっていく。一陣、吹き込んだ風が地下から湧く腐臭を運んでいった。
「血の、呪法……」
「聖王ブルボン自らが施した封印だ。この地下迷宮はロッテの時代は刑死した人間の死体捨て場として利用していたからな。……死者は生者を羨み、怨む。非業の死を遂げたとなれば尚の事、な。……君も感じているだろう、地下に蠢く亡者達の吐息を」
疑問形ではなく断言すると、彼は闇に臆することなく歩を踏み出した。遠くなりつつある足音に我に返って俺は慌てて彼の背中を追い掛ける。呪われた常軌を逸した怨嗟渦巻く地を迷う事なく力強い足取りで進む彼の後を追い掛けた。
永劫に”死”に汚染された宮殿を、魑魅魍魎が跋扈する地を抜けて、教皇並び枢機卿どもに引導を渡す、その為に。不平な差別を終らせ新しい時代を切り開く、その為に。
「でも、随分大胆な作戦ですね……」
「時にはこれぐらい単純な策の方が効果的な事もある。あの港町に我々の同志が難民と共に集結しているとなれば王宮騎士団を二分せざるを得ないからな。今期の農作物の生育が絶望的となれば輸入に頼るしかない。港町がこれからの物資補給の生命線となる以上、情報の真偽に問わず兵を向けるしかない。……それに奴も地上からの襲撃は想定していても地下からの襲撃は想定の範囲外だろう。何故ならこの迷宮の封印はー……」
「何故なら……?」
「……少々無駄話が多くなったな。地上の同志諸君が騎士達を引き付けてくれている間に駆け抜けるぞッ!!」
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埃とカビが綯い交ぜとなった不快な強い湿った臭いが鼻腔を突く。昔は刑場と機能していたのだろうか……今までとは打って変わり開けた空間、開けた視界の先、闇の中で異様なほど白い法衣がひらめき靡いていた。佇む異質な存在に自身の瞳が一気に括目していく。この男はー……いや、間違いない。この男の名前はー……!
「聖王の呪法の揺らぎを感じ取って来てみればー……ふふっ……久しいですね。フリードリヒ君」
「追い詰めれているというのにー……随分と余裕そうじゃないか。ブランチュール・アリコーン」
「……余裕なものですか。あなた方のおかげで夜も昼も満足に寝れぬ日々を過ごしていますよ。……まさか聖王の血の呪法を解呪して迷宮を突破してくる者がいようとは……一体どんな手法をー……おや、君の後ろにいるのはー……」
死を孕んだ地の底から湧き上がる冷気が場を満たしていた。冷気の腕に抱かれて、一筋、汗が背筋を伝い落ちて行く。
「その青年はー……なるほど、そうか……そういう事でしたか。ならば封印の解呪は造作もない事だったでしょうね。……本当に、本当にあなたは変わらない。私の邪魔ばかりする。そして、民衆を扇動し、懐柔し、操る。……数か月前の暴動の首謀者はフリードリヒ・コミンテルン、あなたですね」
瞬間、時が凍った。俺の前で横で背後で。凍った時の中を殺戮と破壊の記憶が金切り声を上げて蠢いた。
「おや、その顔は……そうか君は知らなかったのですか。ええ、今お話した通りですよ。ゴイムの虐殺の首謀者は私ではなく彼です。正確に言うと引き金を引いた者ですがね。最初に旧教徒と偽りテロを行い、強硬的な旧教徒を刺激して更なる暴動を誘発させた。一度弾けてしまえば飛び火は容易いですからね。そして、それを自らが率いる軍を持って鎮圧、制圧し教会の権威を失墜させると同時に自身は民心を掌握する。実に鮮やかで見事な手法ですよ。……憎らしいほどに」
世界が歪み、ひしゃげ、崩れ落ちていく。音を立ててガラリ、カラリ、と。あれほど頑強な岩の様に感じた正義が今はどうだ?風前の灯の様に揺らいで、擦れてー……
「う、そ……だろ?……なあ、嘘だろう?フリードリヒ、さん……?」
懇願だった。それでも、それでも、と、辛うじて残る自我を束ねて言の葉を紡いだ。縋る様に。理解の範疇を越えた言葉を自分が信じた”正義”に否定してほしい、その一心で。
「言っただろう。私が立っている場所は甘い場所ではない、と。ブランチュール・アリコーン、お前はこの国の病巣だ。悪性の腫瘍は他の細胞を腐らせるその前に切り落とさねばならない。……さあ、決着を、つけようか?」
『アル。君の言う”民”というのは君達の様なー……君達の言葉で言う”持たざる者”のことだよね?……でも、”持つ者”は?僕達の様な貴族はこの国の民ではないの?』
『そう、だね。……でも、アル、これだけは忘れないでいてほしい。”目に見えるものが、示されるものが全て真実だとは限らない”ことを。そして、”最善だと思ってとった行動が最良の結果に繋がるとは限らない”ことも』
≪アルフォート≫
