第3章 持たざる者は持てる者


その日はとても暑い夏の日だった。



ジリジリと照りつける夏の日差しの中、黒いワンピースを纏った一人の少女がアトリエへ駆け込んできた。



「こーんにちはーー!!

ノルンさん!今日はお手紙持ってきたよー!!」


勢いよく開け放たれた木の扉に吊るしてあったベルチャイムがカランカランと鳴り響く。


客の来訪を知らせる為に取り付けたものだが、その音に応える筈のアトリエの店主の姿は無い。



「あれー?ノルンさーん?」


手紙を手にした少女、カボちゃんは、後ろ手に扉を閉めると首を傾げながら店の奥を覗いた。



すると店の奥からなにやらほんのりと甘い香りが漂っていることに彼女は気づいた。




「あっ!この匂いは…!」



迷いの無い足取りでカボちゃんは店の奥の扉の先、工房の方へと歩いていった。


勢い良く開け放たれた扉にアトリエの店主のノルンが一瞬驚いたようにこちらへ視線を向けたように見えたが、すぐに彼女はニコリと笑みを浮かべて「パンプキンパイ出来てますよ。」と言いながら、手にしていたそれをカボちゃんの方へと差し出してきたのだった。



「わーい!」



††††††††††††


来客の少ない時間帯にはこうしてパイを作ってお茶を楽しむのが最近のノルンとカボちゃんの日課だ。

ただし、単純にお茶を楽しむだけの時間ではない。


今日はカボちゃんに街のギルドへ御使いに行って貰ったのだ。


こちらのアトリエで請け負えそうな仕事を回してもらう為に彼女に手紙を届けてもらっているのだ。



「今日はどうでしたか?」


「うん、一通来てるよ!
えーと…これはロトさん…だって。」


そう言いながらカボちゃんは手にしていた手紙を手渡してきた。




「死を待つ家…」



聞いたことがある。
確か命の終わりを迎えるであろう人々が集い、共にその時がくるまで日々を過ごす施設があると。


依頼の内容を確認するために私は手紙の封を切る。


カサカサと音をたてながら手紙を広げると、そこには簡潔に依頼の内容が書かれていた。


《依頼内容》

滋養強壮効果のある薬

冷却効果のある道具



「成る程…
この暑さで施設の人々の体力が落ちているようですね。

滋養強壮効果のある薬…ですか。」


そう呟きながら私は本棚から一冊の本を手に取る。

ペラペラと頁をめくり、薄れていた記憶のレシピを再確認すると、私は工房のコンテナを開いて材料になる薬草を取りだし依頼の薬の調合を始めた。




「えっ?もう作るの?」


「終末医療の施設からの依頼ですから、あまり待たせたくないですからね。

えーと…確かここにあったはず…

あっ!ありました!」



「えっ…なにこれ。」



「マンドラゴラですよ!」


コンテナから取りだしたのは乾燥させたマンドラゴラ。


これは薬を作る為の最高の材料とも言われている代物だ。



「このマンドラゴラってあの…あそこの道を今もふつぅーに歩いてる…アイツ?」



「そうです!」


「ノルンさんこわーい。」


笑顔で答える私にカボちゃんは苦笑いを浮かべた。

土から抜けば死の叫びを放つと言われるマンドラゴラ。

そう、抜かなければいい。

この近辺のマンドラゴラは水を求めて時折自ら水辺へとやってくるのだ。


念のために耳栓をつけて、水辺にやってきたマンドラゴラを背後から杖で殴り、そのまま木に吊るして干す。

これで万能薬の材料になる乾燥マンドラゴラが手に入るのだ。


これをまず刻み、余分なものを取り除いて下準備が整ったら薬研という道具を使って更に細かく粉砕させる。

そしてそれを練金釜に入れ、更に複数の薬草を入れる。

最後に緑色の中和剤をゆっくり注ぎ、調合用の杖でゆっくりと釜をかき混ぜる。


釜の中の液体は鮮やかなピンクから深い緑色に変わっていく。

成功を確信し、私は手にする杖に魔力を込め、イメージを練金釜へと送る。


杖を伝って魔力が釜へと注がれ、光が溢れる。

それと同時に蒸気が立ち込め、工房内に満ちる。




「うわっ!あっつー!窓開けるねノルンさん!」




カボちゃんが窓を開け放つと、徐々に蒸気は消えて行き、それと同時に室内の気温も下がっていく。




「真夏の調合は身体に悪いよー。
もうちょっとなんとかできないかなー?」



「ふふ、すみません。」



「で、出来たの?依頼の薬。」


「はい、できましたよ。」


そう言いながら練金釜いっぱいに作られた小瓶を手に取り私はそれをカボちゃんに見せるように差し出す。


それを見て彼女は不思議そうに小瓶を手に取るとぽつりと一言呟いた。


「薬の材料しか入れてなかったのに何で瓶も一緒に錬成されるの?」



「それは秘密です。」


わざとらしい笑みを浮かべて口元に人差し指を当てる私にカボちゃんは不満そうに頬を膨らませる。



「えー?なんでー?教えてよー!」


無邪気な彼女に私は一つだけ答えを教える事にした。



「それはですね…この釜の中には世界霊魂が入っていて…」


「せかい……なにそれ。」


「ふふ、だから企業秘密なんですよ!」



そう、企業秘密。


この技術は教会側から見れば異端の魔術にしか見えない技術なのだ。


だから街から離れたこの小さな村でひっそりとアトリエを運営している。


店の商品の半数がパンなのは実は隠れ蓑。

大きな依頼はこうして手紙で依頼を受けてその都度調合している。


このやり方で私は教会の目を誤魔化すことができている。


「カボちゃんが大人になったらもう少し詳しく教えてあげます。

だから、今は誰にも言わないでくださいね?」


「うーん…なんか良くわかんないけど、いいよ!
だってノルンさんのパンプキンパイもこうやって作ってるんだもんね!
美味しいからそれでいいよね!」


「ふふ、そういうことです。」



必要としている人には惜しみ無く私は錬金術を振るおう。




あの星祭りの日に私はそう誓ったのだから。
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