第10章 変化・第11章 家族

北方で起こったテロはいまだ収まることがなく、食糧難がどんどん深刻化している。食料の確保のためにテロのあった地域だけでなく北方全体で治安が悪くなっている。

 ――というところまで情報収集を行い、エテルはあまりの状況の悪さに言葉すら出なかった。かつて北方で育った身として、自分の生まれた地方が荒れていることが心に痛い。北から逃げてきたという家族から話を聞いても、口は重い。


『だんだんと人の目つきが変わるんだ。守る者のために、死にたくないと思うから、食料を得ようとする。理由があればなんでも、……それこそ殺しもできるんだろうなって、あの表情を見てたら思うよ。俺たちはそれが嫌だったし、たくわえがあったからここまで逃げて来れたけどな。逃げられない連中は……地獄、だろうよ。それに、貴族と赤軍の支配領域の境界線あたりはずっとピリピリしてる。いつ戦争が起きてもおかしくない状況だ……』


 話してくれた男性も苦々しげにそう言い、幼子をつなぐ手をぎゅっと握り、それ以上は何も話そうとしなかった。もともと故郷が北方で、ということから同族のよしみでここまで話してくれたのだ。これ以上聞き取ろうとしても印象を悪くするだけなので、おとなしく引き下がる。

 お礼を言って家族を見送ったエテルは、自室に戻って情報収集の成果を地図などにまとめていく。そこから見えてきたのは、あまりにも危うい戦況だった。テロだけでなく、北方の純血主義者の領地と赤軍の支配地域の境界線あたりは一触即発だ。そこに、テロでも起こったら。
 その後の展開は、あまりにも想像にたやすい。北方の地図を見たまま、気が遠くなるような気がしてくる。


「それは……」


 一瞬、防げないかという思いが脳裏によぎるも、それは無理だと考えを振り払った。自分一人だけの力で何ができるわけでもない。それに、自分は赤軍だ。私情はできるだけ持ち込みたくない。

 だが、このまま指をくわえて見ているのも嫌だ。エテルは羊皮紙と地図をくるくると丸めると、自室を後にする。この時間帯ならば軍議などはないため、執務室にいるだろうとあたりをつけて、エテルはリーダー――フリドのもとへと向かうのだった。


 執務室の扉をノックすると、入室の許可の言葉が返ってくる。扉を開け、足を踏み入れると何か作業をしていたらしいフリドが顔を上げてこちらを認め、微笑んだ。


「エテルか。どうしたんだい?」
「リーダー、お願いがあって来ました」
「ふむ、お願い……か。聞こう」


 穏やかにエテルを迎えたフリドは、エテルに机のそばまで来るように促す。通常とは違うエテルの雰囲気を察しているはずだったが、あくまでフリドの雰囲気は穏やかだ。そして机の前まで進んだエテルは、フリドを真っすぐに見つめ、自分の思いを口にした。


「私を、北方へ派遣する部隊に加えてください」
「……確かに、北方への救援は考えていたけれど。どうして北方へ行きたいんだい?」

「理由は、色々あります。私は北方が故郷なので、テロが起こっている今、故郷の状態が気になります。テロの被害状況も。……そして、北方と赤軍の支配領域の境界線では一触即発状態になっていますよね。その地域に行って、戦況と純血主義者の様子を見て来たいのです」


 うまく言葉が紡げず、エテルは一度深呼吸をして言葉を切る。フリドの雰囲気は依然として穏やかで、話しやすいはずなのに、どこか息が詰まる。それでもエテルは目線をそらすことなくもう一度口を開いた。


「……――見て、純血主義者の考えに触れられたらと、思っています。狭い世界で生きてきたからこそ、もっといろいろな考えに触れてみたい。それを、リーダーから出される課題を解いていて、思ったんです。こんな理由で北方への部隊に加えてくれなんて、無理を言っているのは重々承知のうえです。それでも、行きたいのです。どうか、お願いします」


 ずっと守られて生きてきた。各地を転々としながら旅を続けていた時期もあったけれど、たくさんの人がエテルを助けてくれたのだ。とても恵まれていたけれど、同時に狭い世界でもあった。
 だからこそ、世界を広げたい。ハーフエルフである自分が狙われやすいと分かっていても、どうしても行き、考えに触れ、できることならば議論してみたいとすら思うのだ。持たざる者が苦労しなくていい未来の礎になるために、考え方ひとつで割を食う人がいてはならないと強く思う。

 フリドから真っすぐと視線を外さず、彼からの宣告を待つのだった。

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