第2章 ゴイムの虐殺


さて、兄弟のみなさん、神の憐みによって、私はあなた方に勧めます。あなた方の体を、聖なる生ける犠牲として奉げなさい。これこそ、あなた方に相応しい礼拝です。

自分をこの世に同化させてはなりません。むしろ、心新たに生まれ変わり、何が神のみ旨か、すなわち、何が善であり、神に喜ばれ、また完全な事であるかを弁える様になりなさい。

私は与えられた恵みによって、あなた方一人ひとりに言います。自然は当然このようなものだと思う以上に自分を過大に評価せず、神が各々に分け与えて下さった信仰の度合いに応じて自分を評価し、程よく見積もる様にしなさい。

私達の体には多くの部分がありますが、それらの部分が全て同じ働きをしていないのと同様に、大勢の私達も、救いの御子において一つの体であり、一人ひとり互いに部分なのです。

私達は与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っていますので、それが預言の賜物であれば奉仕をし、また教える人は教え、励ます人は励まし、施しをする人は惜しみなく施し、司る人は心を尽くして司り、慈善を行う人は快く行うべきです。


【ローマの人々への手紙 第12章】






嫌な臭いがする。材木や土壁が焼ける臭いと一緒くたに混ざり合い漂ってきた臭気に片袖で鼻を覆い、袖の下で大きく舌を打った。

生き物が焼ける臭いだ。髪が、皮膚が、肉が、臓物が焼ける臭いだ。

数日前ギルドを訪れた昔馴染みの、彼女固有の枯れた羽根が脳裏を過ぎる。カタリナが言ってたのはこの事かと奥歯を強く噛み締めた。

彼女の忠告に従い哨戒の回数、人数共に増やすようにギルドマスターに提言し、それは叶った。俺がこの場所にいるように繁華街の各所にギルドのメンバーは散っている。だがー……


「やってくれる……」


ぐしゃり、と片手で前髪を潰し息を一つ吐き出した。悲鳴が色濃く上がる場所、黒煙が立ち上るこの騒動の爆心地を目指して強く石畳みの道を蹴り駆け出して。

途中、高速で仲間の一人が通り過ぎて行った。「こっちだ!女性と子供が近くにいたら手を貸してやってくれ!!」と叫んでいる声を聞く限り避難誘導をしているのだろう。

仲間が指揮を取っている甲斐があってー……かは分からないが、この周囲の人間は落ち着きを持っているように見えた。それでも秩序があるとは口が裂けても言えないだろうが。


「天青!ここは任せて!奥が酷いんだ!俺も行きたいんだけどこの場所を仕切るので手一杯で……!」


「任されたッ!!」


奥ー……つまり黒煙の真下。始めに爆音が轟いた場所。次々と押し寄せてくる怪我人が作る波に逆らい、走る速度を一段上げた。


「ルーベラッ!!」


「天青か!」


火薬の臭いが強く鼻を刺激する。見慣れた巨大な体躯を持った男の、その背後に迫る暴徒の胴を槍で突くー……代わりに柄を用いて強く、力任せに薙ぎ払った。分銅は、これは槍だから付いちゃいないが刃部分がその代りになるし、遠心力が加われば運動エネルギーが上乗せになる形でそれなりの威力を持った打撃になる。

今ぶっ飛ばしたどこの馬の骨かも分からねえ男は絶命こそしてはいないが暫くは起き上がってこないだろう。……何本か骨が逝った手応えがあったからな。


「この惨状って事は爆弾か」


「ああ、しかも自爆だ。……ったく、折角の百年祭の最終日だっていうのに泥を塗りやがって」


暴徒に代わりルーベラの背後に立ち背中越しに互いにそんな言葉を交わした。ルーベラの頑丈な鱗と分厚い皮膚に食い込んだ瓦礫片を刹那視線だけ動かし見つめ、今日何度目になるか分からない舌打ちを溢して。

俺もルーベラと同じで竜人の形質が強く出ているから嫌でも分かった。竜人の鱗を貫通し破片が突き刺さる爆発が並大抵のものであったはずがない。ここで起きた爆発の威力を俺が知るには十二分過ぎる。


「至る所からゴイムって単語が聞こえてくるところを聞くと、やっぱり予想していた通り旧教の過激派が主犯か?」


「素直に考えればそうだろうな。教皇がこの暴動に一枚噛んでいるかは分からんが。……フンッ!!」


風が哭いた。大気が大剣で斬られるのと同時に空気が動き烈風となり悲鳴を上げる。大剣が起こした衝撃によって石畳が砕け、道を構成していた煉瓦の破片がルーベラの前方に放射状に、弾丸の様に弾き出された。暴徒の手に、足に、剥きだしの皮膚に刺さり動きを一気に止めていく。


「相っ変わらず規格外の馬鹿力で」


「軽口叩く暇があったらお前も働け!一般人の保護がー……」


「やなこった」


自身の体を捻り上げ槍を払い、迫る暴徒の手首の周辺を斬り払った。武器を地へと落とし、呻き声を上げて後退する輩を見下ろし鼻を鳴らして。戦闘不能にするだけならこれで十分だ。腱に傷を付けたんだ。この人間はもう武器は握れない。


「ああ?!天青!お前、寝言は寝てからー……!」


「残念ながらばっちり起きてるんだなー……これがよッ!!」


鋼と鋼が打ち合い斬り結ぶ。上段から振り下ろされた斬撃を武器を使い受け止めて、ガラ空きの無防備な腹を利き足をを使い力任せに蹴り上げ、肋骨の間に捩じ込んだ。


「お前、ギルドマスターの命令にー……」


「ああ、あんたは俺達のギルマスだ。言わば、俺達全員の親だ。そんで柱でもある。……あんた自身はそう思ってねーだろうが、あんたの命はあんただけのもんじゃねーんだよ。もう」


ルーベラが率いるこのギルドはこの国一のギルドだ。身内の贔屓目抜きで断言することが出来る。正規と裏、全部ひっくるめてここまで巨大なギルドは他にないだろう。騎士団に所属し、外部にいた時期が事があるから分かるんだ。

巨大で、強大なギルド。だが、けしてそのままでは一枚岩ではないという事も知っている。巨大すぎるが故に、な。俺達は生まれも種族も、なんなら思想まで違う連中が集まった、烏合の衆だ。

にも拘らず、まとまり統率が取れているのは何故か?答えは単純明快。親がいるからだ。一本のでかい柱があるからだ。故に俺達は一枚の岩になる事が出来る。ギルドマスターのルーベラを旗頭に団結することが出来る。


「戦の時、大将ってやつは本来陣の後ろでどっしり構えてるもんなんだよ。本当なら今すぐにでもそうしてもらいてーんだが……そう言ってじっとしてるような人間じゃねーだろ?あんたの場合。だから、これは妥協案だ。……あんたの背中を俺に守らせろ。俺の背中はあんたに任せる」


騎士団に嫌気がさして抜け、腐っていた俺を拾ってくれたのがあんただ。あんたがいたから俺はこうして真っ当な自分でいられるんだよ。


「ハッ……いっぱしの事を言いやがって」


「礼はいらねーよ。この前みたいに皆で肉食えればそれで十分だ」


「豆でも食ってろ。豆。いつも食べてんだろ」


「だ~か~ら~俺は好きで豆を食ってるわけじゃー……まあいいわ。とっとと片付けようぜ、大将」


《天青》
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