第10章 変化・第11章 家族
最後のラッパが鳴り響く時、たちまち一瞬のうちにそうなります。ラッパが鳴り響き、死者は復活し、滅び去らないものとされ、そして私達は今とは異なるものに変えられるのです。
この滅び去るはずのものが滅びないものを纏い、また死ぬはずのないものが死なないものを纏わねばなりません。
この滅び去るはずのものが滅びないものを纏い、この死ぬはずのものが死なないものを纏う時こそ、聖書に書かれている言葉が成就するのです。
「死は勝利に呑まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前の棘はどこにあるのか」
死の棘は罪であり、罪の力は律法です。しかし私達の主を通して、私達に勝利を与えて下さる神に感謝します。
ですから、愛する兄弟の皆さん、しっかり腰を据え、またどっしりと構え、絶えず主の業に励みなさい。
主と一致していれば自分の労苦は無駄ではないと、あなた方は知っているのですから。
【コリントの人々への第一の手紙 第15章】
白夜の沈まぬ太陽が地平線のさらに彼方で照っていた。北方の短い夏を謳歌するように生い茂った青い草の匂いがまず初めに俺の鼻を突いていた。
丘陵の上に張った陣から眼下に広がる陣を見下ろし一人、今は空にない三日月を地震の口元に湛える。何故、戦場で笑っているのか?面白いからに決まっているではないか。
錬度の高いあいつの前衛が地理的に有利な丘陵の上に配置された自軍の密集陣に突撃し、俺の陣の砲兵隊や魔導隊が一斉に砲撃や魔法を浴びせてもなお怯える様子を一斉見せず、血を吹き出し、或いは、黒焦げになり地に倒れて行く者どもを踏みしめ、砕いて迫る光景にゾクリ、とした感覚が足の先から頭のてっぺんにかけて一気に駆け抜けた。
敵軍兵の死すら恐れぬ姿に恐怖を抱いたからか?預言通り自身の命が今日この時を持って潰えるかもしれないという恐怖からか?違う。断じて違う。これは歓喜だ。今、自分は喜びに震えている。
草の匂いをひっきりなしに上る硝煙の匂いが、無数の流れ落ちた血の匂いが蹂躙し、犯す。折り重なる原形をとどめていない死体から常ならざる香りが漂っていた。非日常の香りだ。自分を酷く退屈させる変化ない停滞した日常ではなく、流転し決して定まらない生を俺に感じさせてくれる香りだ。
火に焼かれ爛れた生がここに顕在している。ゴクリ、と喉が音を立てた。
大乱闘の中、僭称者と相見えた。自軍の日輪と猪をあしらった国王旗とあやつの、獅子と薔薇紋の旗も激しく入り乱れる。
そして、自身が奮った剣が奴の足の腱を斬った……その時だった。奴の声が戦場に響いたのは。忌々しい救世主を気取った僭称者の声だ。
「今日この日、私が逆賊として死ぬか、勝利を手にするか、そのいずれかだ!」
僭称者の持った斧槍が俺の頭部を的確にとらえメットを、そして頭蓋までも陥没させたのは、その叫び声が響いた数瞬後のことだった。
++++++++++++++++++++
「あっ……ザカリアス、久しぶりだね。来てくれたんだ。嬉しい。寂しかったんだ」
「こちらも色々ありまして……あなたに構ってやる時間もなかったんですよ」
「そう……。でも、今日のザカリアス、とても嬉しそうだ。何かいい事、あった?」
周りを囲む夕闇が不意に揺れた。その男の訪れとともに。随分久しぶりに見る同僚の顔が暗い部屋の割れた鏡に映っている。鏡越しに僕はその人に対して笑みを返した。
「ええ、まあ。あなたは相変わらずこの屋敷に閉じ籠っていたんですか」
「仕事はしていたよ。部屋を作り続けないといけないから。悪魔をね、閉じ込めないといけないんだ。手を止めてはいけないんだ。部屋を作り続けて……悪魔が僕がどこにいるのか分からなくしなきゃ……じゃないと悪魔がやって来て背中で笑うんだ」
あいつは底なしで犠牲者を頭からペロリと呑み込んでしまうんだ。大人だろうが僕みたいな子供だろうが関係なしに。得物を見つけ選んでは情け容赦なく影から飛び掛かって来る。
「だからね、僕は閉じ込めなきゃいけないんだ。部屋を作り続けないといけないんだ。両の赤い目をギラギラと輝かせて悪魔が飛び出してくる。甲高い叫び声をあげてー……」
扉の先から見える空はどんよりと曇り、月どころか星一つ見えない。どこか遠くの方で物悲しい夜鳥の鳴き声が上がっていた。じわり、じわりと主のない影が湧き上がり、歩く。
「……こうしてお前と対面してゆっくりと話すのは初めてかもしれないな。ザカリアス、とかいう名だったか?よく知っている。見ていたからな」
「……あなたがラスが言う悪魔、でしょうか?」
「悪魔、か。ふふっ、俺は人間さ。お前達と同じ、な。贄も何も奉げたためしはない」
割れた鏡に映る虹彩の色が俺自身が本来持っていた赤へと変わっていく。その場から動かず酷く冷淡な表情で静かに言葉を紡ぐ青年の表情を暗がりから笑みを浮かべて見つめていた。今は空にない三日月が自身の口元に浮かぶ。実に愉快だ。
「おっと、俺は別にお前らに害を与えようとかそういう気は更々ない。その点は安心してくれ」
「信用すると思いますか?聖職者である私が悪魔の言葉を」
「おや?聖職者というならば何故お前の両手そんなにも赤錆で覆われ、汚れているんだ?」
僅かに空気が動いた。澱み、俺達の間で停滞していた空気が俺が上げた笑い声によって撹拌され、波紋が伝わるように黄昏に広がって行く。
「なあに……気にする事はない。聖なる書にもあるだろう?”死は勝利に呑まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前の棘はどこにあるのか”、と。喉から手が出るほど手に入れたかったものを手にしたんだろう?喜べばいいじゃないか」
「何故それを……ラスにはエリーゼさまの事はまだ何も……」
「言っただろう、見ていた、と」
「あなたは一体何者ですか?」
「人間さ。ああ、生に執着する人間だとも。火のように爛れた生に執着する、な。ふふっ……実に愉しい。そう思わないか?今度俺もその新教の牧師に会いに行くとするよ。会わせてくれるだろう?同志ザカリアスよ」
俺はお前の同志だ。お前が、お前達が俺を愉しませ続けてくれる限り、な。
「せっかく来てくれたのに茶の一つも出せずにすまないな。なにせこいつは気が利かない男でな。また会おう、ザカリアス」
≪ラス・ヨクラートル≫
この滅び去るはずのものが滅びないものを纏い、また死ぬはずのないものが死なないものを纏わねばなりません。
この滅び去るはずのものが滅びないものを纏い、この死ぬはずのものが死なないものを纏う時こそ、聖書に書かれている言葉が成就するのです。
「死は勝利に呑まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前の棘はどこにあるのか」
死の棘は罪であり、罪の力は律法です。しかし私達の主を通して、私達に勝利を与えて下さる神に感謝します。
ですから、愛する兄弟の皆さん、しっかり腰を据え、またどっしりと構え、絶えず主の業に励みなさい。
主と一致していれば自分の労苦は無駄ではないと、あなた方は知っているのですから。
【コリントの人々への第一の手紙 第15章】
白夜の沈まぬ太陽が地平線のさらに彼方で照っていた。北方の短い夏を謳歌するように生い茂った青い草の匂いがまず初めに俺の鼻を突いていた。
丘陵の上に張った陣から眼下に広がる陣を見下ろし一人、今は空にない三日月を地震の口元に湛える。何故、戦場で笑っているのか?面白いからに決まっているではないか。
錬度の高いあいつの前衛が地理的に有利な丘陵の上に配置された自軍の密集陣に突撃し、俺の陣の砲兵隊や魔導隊が一斉に砲撃や魔法を浴びせてもなお怯える様子を一斉見せず、血を吹き出し、或いは、黒焦げになり地に倒れて行く者どもを踏みしめ、砕いて迫る光景にゾクリ、とした感覚が足の先から頭のてっぺんにかけて一気に駆け抜けた。
敵軍兵の死すら恐れぬ姿に恐怖を抱いたからか?預言通り自身の命が今日この時を持って潰えるかもしれないという恐怖からか?違う。断じて違う。これは歓喜だ。今、自分は喜びに震えている。
草の匂いをひっきりなしに上る硝煙の匂いが、無数の流れ落ちた血の匂いが蹂躙し、犯す。折り重なる原形をとどめていない死体から常ならざる香りが漂っていた。非日常の香りだ。自分を酷く退屈させる変化ない停滞した日常ではなく、流転し決して定まらない生を俺に感じさせてくれる香りだ。
火に焼かれ爛れた生がここに顕在している。ゴクリ、と喉が音を立てた。
大乱闘の中、僭称者と相見えた。自軍の日輪と猪をあしらった国王旗とあやつの、獅子と薔薇紋の旗も激しく入り乱れる。
そして、自身が奮った剣が奴の足の腱を斬った……その時だった。奴の声が戦場に響いたのは。忌々しい救世主を気取った僭称者の声だ。
「今日この日、私が逆賊として死ぬか、勝利を手にするか、そのいずれかだ!」
僭称者の持った斧槍が俺の頭部を的確にとらえメットを、そして頭蓋までも陥没させたのは、その叫び声が響いた数瞬後のことだった。
++++++++++++++++++++
「あっ……ザカリアス、久しぶりだね。来てくれたんだ。嬉しい。寂しかったんだ」
「こちらも色々ありまして……あなたに構ってやる時間もなかったんですよ」
「そう……。でも、今日のザカリアス、とても嬉しそうだ。何かいい事、あった?」
周りを囲む夕闇が不意に揺れた。その男の訪れとともに。随分久しぶりに見る同僚の顔が暗い部屋の割れた鏡に映っている。鏡越しに僕はその人に対して笑みを返した。
「ええ、まあ。あなたは相変わらずこの屋敷に閉じ籠っていたんですか」
「仕事はしていたよ。部屋を作り続けないといけないから。悪魔をね、閉じ込めないといけないんだ。手を止めてはいけないんだ。部屋を作り続けて……悪魔が僕がどこにいるのか分からなくしなきゃ……じゃないと悪魔がやって来て背中で笑うんだ」
あいつは底なしで犠牲者を頭からペロリと呑み込んでしまうんだ。大人だろうが僕みたいな子供だろうが関係なしに。得物を見つけ選んでは情け容赦なく影から飛び掛かって来る。
「だからね、僕は閉じ込めなきゃいけないんだ。部屋を作り続けないといけないんだ。両の赤い目をギラギラと輝かせて悪魔が飛び出してくる。甲高い叫び声をあげてー……」
扉の先から見える空はどんよりと曇り、月どころか星一つ見えない。どこか遠くの方で物悲しい夜鳥の鳴き声が上がっていた。じわり、じわりと主のない影が湧き上がり、歩く。
「……こうしてお前と対面してゆっくりと話すのは初めてかもしれないな。ザカリアス、とかいう名だったか?よく知っている。見ていたからな」
「……あなたがラスが言う悪魔、でしょうか?」
「悪魔、か。ふふっ、俺は人間さ。お前達と同じ、な。贄も何も奉げたためしはない」
割れた鏡に映る虹彩の色が俺自身が本来持っていた赤へと変わっていく。その場から動かず酷く冷淡な表情で静かに言葉を紡ぐ青年の表情を暗がりから笑みを浮かべて見つめていた。今は空にない三日月が自身の口元に浮かぶ。実に愉快だ。
「おっと、俺は別にお前らに害を与えようとかそういう気は更々ない。その点は安心してくれ」
「信用すると思いますか?聖職者である私が悪魔の言葉を」
「おや?聖職者というならば何故お前の両手そんなにも赤錆で覆われ、汚れているんだ?」
僅かに空気が動いた。澱み、俺達の間で停滞していた空気が俺が上げた笑い声によって撹拌され、波紋が伝わるように黄昏に広がって行く。
「なあに……気にする事はない。聖なる書にもあるだろう?”死は勝利に呑まれた。死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前の棘はどこにあるのか”、と。喉から手が出るほど手に入れたかったものを手にしたんだろう?喜べばいいじゃないか」
「何故それを……ラスにはエリーゼさまの事はまだ何も……」
「言っただろう、見ていた、と」
「あなたは一体何者ですか?」
「人間さ。ああ、生に執着する人間だとも。火のように爛れた生に執着する、な。ふふっ……実に愉しい。そう思わないか?今度俺もその新教の牧師に会いに行くとするよ。会わせてくれるだろう?同志ザカリアスよ」
俺はお前の同志だ。お前が、お前達が俺を愉しませ続けてくれる限り、な。
「せっかく来てくれたのに茶の一つも出せずにすまないな。なにせこいつは気が利かない男でな。また会おう、ザカリアス」
≪ラス・ヨクラートル≫
