第1章 百年祭


今こそ、人の子は栄光を受けた。神もまた人の子によって栄光をお受けになった。

神が人の子によって栄光をお受けになったなら、神もご自身によって、人の子に栄光をお与えになる。しかも、すぐに栄光をお与えになる。

子らよ、もう少しの間、私はあなた方と共にいる。あなた方は私を捜すだろう。

『私が行くところに、あなた方は来ることが出来ない』と、以前彼らに言ったように今あなた方にもそう言っておく。

私は新しい掟をあなた方に与える。

互いに愛し合いなさい。

私があなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい。

互いに愛し合うなら、それによって人はみな、あなた方が私の弟子である事を認める様になる。


【ヨハネによる福音書 第13章】






「人がいっぱいー」


石垣の上に腰掛け足を前後へ揺らしながら、当たり前すぎる感想を呟き大きな帽子を持ち上げた。

空は少し霞がかっているけれど、晴れは晴れ。おまけに暑くもなく寒くもない。春を象徴する薄紅色のお花も満開で花を愛でるのにこれほどうってつけな日はないだろう。本日ハ晴天ナリ!

そう……つまり……!


「スリ日和~!」


どこまでも続く人の波をにんまりと笑みを笑みを浮かべ見つめて、反動をつけて座っていた石垣から飛び降りた。ちょっと着地に失敗してじーーーんっとした鈍い痛みがじわじわ足の裏側から伝わって来るけど、こんな事でめげるほどカボチャ魔女は軟じゃないの!


「お姉ちゃんより稼いで今日の夜はカボチャとお魚のフルコース!!」


グッ!!と両手を顔の前で握り締めてエイエイオー!!と拳を天に伸ばし自分を鼓舞して人が作る波の中へと紛れ込んだ。スリはお姉ちゃんに会ってから覚えたからまだまだ腕はへっぽこちゃんだけど、今日のお夕飯の為ならあたし頑張っちゃうんだから!!


「うん……と……」


人の流れの邪魔にならない速度で足を動かしてキョロリと視線を動かして見定める。こーいうのは最初が肝心肝要なの!出鼻をくじかれちゃ幸先も悪いしね!まずは標的の鈍臭いカモちゃんを見つけなくー……


「わふっ!!!ちょっとーーーーぶつかったーーーー!!!痛いじゃないのーーーー!!!」


ふわりとした浮遊感が刹那体を包む。かと思えば次の瞬間、べしゃりと顔がこんにちはと地面とキスする羽目になって……ハロー地面。

……じゃなくて!!痛い!!!痛いんですけどーー!!!流れを遮らない様にしていたつもりだけど、誰かがぶつかってそのまま行っちゃったみたい。お鼻がちょっと痛いかも。

「むー……出鼻くーじーかーれーたー」


流れ続ける人が作る波の中から一度離脱して、汚れてしまったスカートの裾とそれから帽子に付いた汚れをパンパン!と叩き鍔を引き被り直した。スカートはともかく帽子が汚れちゃうの、嫌だもの。だって、この帽子は大切な、約束の帽子だから。


「作戦変更の方がいいかなー」


まだあたしには大きなそれを更に目深に帽子を引き下ろして一人ごちる。人ごみに一回潜って気が付いたけれど物色しているうちに潰されちゃうんだもの!大人は無駄に大き過ぎるのよ!お財布取るにも背伸びしなくちゃいけないじゃない!


「出来れば一人でぽや~っとしているニブちんがいいんだけど……あっ!」


そんな時だった。視界の外れにお誂え向きの人が映ったのは。一人でベンチに腰掛けてぼんやり空を見上げる男の子ー……もといカモが一人!!着ているものも上々!そしていかにも世間知らずですってお顔!つまりカモちゃん!!!この子にき~めた!この子のお財布が今日のあたしたちの晩御飯だ!


「今夜はかぼちゃスープにかぼちゃグラタ~ン♪」


るったる~と即興で作ったお歌を鼻歌で歌って今日のご飯を思い浮かべながら近付いた。「こ~んに~ちは~」と、満面の笑みで声を掛けて。

あたしの声にカモちゃんの金の髪によく栄える瞳が瞬間大きくなって、その子はあたしをまっすぐ見つめている。ひどく驚いた顔をしながら。

……言ってから気付いた。何普通に話し掛けてるんだろう!!と!やっちまった!!!!スリ出来ない!!!


「えっと……君は迷子なのかい?」


「むーー!!迷子ってとってもとーーーっても失礼しちゃう!こう見えてあたしお仕事中ですーーー!!お仕事してるんだから!」


カチン、とあたしの中で何かの音が鳴る。ドロワーズに付いた砂埃を手で叩き払い落として、あたしは失礼な事を宣ってくれた男の子の隣にどかりと腰掛け腕を組んだ。頬を少し膨らませて。ちょっと聞き捨てならないわ!

こういう時はちゃんと主張して抗議しなくちゃ!議論する時はあさーてぃぶな態度で臨みなさいって前のご主人さま言ってたもの!


「そーいうあなたこそ迷子なんじゃないのー?一人で萎びたヘチマちゃんみたいな顔していたもの。ね、ヘチマちゃん?」


「ヘチマって……それに迷子ではなく連れを待っているのだよ!」


「待ってるの?迷子じゃないの?迷子みたいなお顔して?」


首を横に倒して尋ねれば、ズレた帽子が視界を覆った。ズレた帽子を直してヘチマちゃんを改めて見つめればヘチマちゃんの顔は曇り濁ったものへと変わっていく。

「だから迷子ではないのだ」と眉間に皺を寄せてふいっと横を向いてしまったヘチマちゃんの肩をあたしはトントンと叩いて言葉を紡いだ。「ねえねえ、こっち向いて」と。


「さっきから何なのだ?僕なら一人でもー……」


「はい!仲直りの印!」


ポンッ!!と小さな音を立ててもくもくと細い煙が上がる。あたしが使った魔法の余波で物質界へと具現化した煙が空に吸い込まれて消えていく。


「これ……」


「四葉のクローバー!いいことありますよーに!」


自分の手から男の子の手の平の上に生成したクローバーを置いてにこりと瞳と唇に三日月を描いた。「暗い顔ばっかりだと幸せが逃げちゃうよ?」という言葉も一緒に贈って。

ぴょん!と反動をつけてベンチから飛び降りた。いつまでもここでこうして油を売っているわけにはいかないもの!お仕事しなくちゃ!


「じゃーねー!!ヘチマちゃーーん!!いい事あるといいねーー!!」


今日の事は今日思い煩えばいい。明日の事は明日が思い煩ってくれるのだから。その日一日一日笑顔で過ごす事を考えて、そして過ごせたら……毎日笑顔で過ごせるの。






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「……で、どうしてそうなったの?カボちゃん」


「えーっと、あたしを捕まえたお兄ちゃん連れてきたらこうなった!!!」


あたしを捕まえたお兄ちゃんの背におぶられて、お兄ちゃんの背中でパタパタと足を前後に動かしながら説明すれば、お姉ちゃんの顔が何とも言えないものへと変わっていく。フラフラと不機嫌そうに上下に揺れるお姉ちゃんの尻尾を目で追いながら言葉を紡いだ。「いっしょくいっぱんのおんぎだよー」っと。


「それにカラスが鳴いたから帰って来た!」


「カラスが鳴いたからって……どこぞの童謡じゃあるまいし……」


「ここがお前の家か?」


「そうだよー宿無し無一文のお兄ちゃん!」


お兄ちゃんの背から降りてお姉ちゃんの隣へと走った。お姉ちゃんの隣に並んで立って帽子を取り一礼して、唇を動かして。


「アジトへようこそ、無一文のお兄ちゃん!」


明日の事は明日が思い煩う。なら、今日は今日のうちに楽しまないと。今日という日は二度と来ないんだから。


≪カボちゃん≫
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