日常交流
セデルがシャルトリューズ家に迎えられてから一週間が経った。
あれからセデルも少しずつ僕の家での暮らしに馴れてきたようで、最近では家に仕えるメイド達に声をかける姿が見られるようになった。
ザッ……ザッ……ザクッ……ザクッ……!
……いや……声をかけるというか手を繋いで歩いてるな???
まあ、あれがセデルの普通だし?
むしろ嫌なことがあった後だし、イキイキ艶々している姿を見るのは友人としてとても嬉しい限りだ。
ザッ……ザッ……ザクッ……ザクッ……!ザッ……ザクッ……ザクッ…!
家は焼けてほとんど残っていないらしいし……父上と母上の安否もわからないらしいし……セデルだって本当は辛い筈だし……ああして自由に振る舞って貰えるほうがずっと……
ザクッ!ザクッ!ザクッ!!
「ねえ……まだ掘るの???」
「まだだ…!まだまだこんなもんじゃダメだ!!あいつはこの程度の落とし穴なんかじゃ引っ掛かったりしない!!」
「いやー……そんな事ないと思うけどな?お前それどうやって出てくるつもりなの??
後先本当に考えてるロジャー??今の君の姿こっちからはほとんど見えてないからね???」
毎日毎日殊勝なことで……
最近ロジャーはこうして毎日穴掘りをしている。
少し前までは屋敷からほとんど出てこない引きこもりだったというのに……ああ……そんな弟の成長を兄さんは嬉しく思うよ??
「聞こえてるぞ??口から心の声が全部漏れてるぞピエール。」
「ねぇもういいんじゃない??力じゃセデルに勝てないって解ったんだろ??この前なんか木剣で尻を思いっきりぶたれたじゃない??昨日も『お尻が割れたーーー!!』って泣いてたじゃない??一体何がそこまで君を駆り立てるわけ??」
「……今朝……」
「今朝?」
「……今朝……本を……覗かれた。」
━━━━おいロジャー、父上が呼んでいるぞ。おい……おい……?また無視か?ほほう……。いい度胸だな??それとも、本に夢中なあまり私の声が届かないと見える……もしや……お前が読んでるその本は……そうか……ロジャーもお年頃だからな……そうか…………エロ本……なんだな?????━━━━
ザクザクザクザクザクザクザクザク!!!!!!!!!!!!!!!!
「くそっ!くそっ!!くそっ!!!」
「流せばいいじゃんそんな挑発?セデルは誰に対してもああだけど???面白いじゃん???僕は好きだよ??セデルのああいうとこ?」
「………………ピエールは馬鹿だからな。(……くそっ……深く掘りすぎた……なかなか出られない……!)」
「えっ。それどういう意味?」
「そのままの意味だよ……………っと……!ふぅ…!これでよし!」
枯れ草と土を覆い被せて落とし穴が見えないように偽装工作をしていくロジャー。
非常に涙ぐましい姿である。貴族の御曹司が泥にまみれて毎日穴掘りをしているのである。
あのプライドの高いロジャーが。土にまみれて遊ぶ僕を馬鹿にしていたあのロジャーが。
人は変わるものなんだなぁ??……と僕は思った。
そのせいだろうか……日に日にロジャーの身体に筋肉がつき始めている気がする……。
手伝おうか??と声をかけると『お前が触ると全部台無しになるからダメだ!!』と言われた。
……完璧主義者ってめんどくさいなぁ?
「来たぞ!!隠れろピエール!!」
腕をぐいっと引っ張られてすぐ近くの草むらに身を隠す。
僕の裏切りを警戒しているのかロジャーは泥で汚れた手で僕の口を塞いでもう一方の腕で僕を拘束していた。
(……うぇ……土臭い……。)
(しっ…!喋るなピエール!)
離してくれそうにもないのでそのままその光景を見ていると誰かの足音が聞こえてきて……どんどんこっちに近づいてくるのがわかって、なんだかこっちまで緊張してドキドキしてきた。
(いいぞいいぞ…!そのまま踏み抜け!!)
「ああ”ーーーーーーーーっ!!!!!」
「「かかった!!!!!」」
二人で弾けるように飛び出して罠にかかった相手の姿を確認する。
が……そこにいたのはセデルではなく……。
「あ……。」
「あっ……。」
「ピエール……ロジャー……お前たちの仕業か?最近何者かに庭に穴が掘られて困ると聞いたからここに来てみれば……。」
「……ち……ちちうえ…………!」
「これは……その……」
この日は……こってり叱られた。
僕は絶対忘れない。
むしろ……弟一人に罪を被せなかっただけ偉いと褒めて欲しいぐらいだ……。
「あーあ……クロトに慰めて貰いたい……。」
庭はダメだと学習したロジャーは今度は屋敷の中に罠をしかけるようになった。
「懲りないな??今日はなんだい??今度はなにを言われたんだ??」
━━━この程度の幼稚な罠で私を?ふんっ…!舐められたものだな??本で得た知識は全く活かされていないと見える……ああ……失敬。それはカバーを交換したエロ本だったな……━━━
「泣かすっ!!!!!絶っっっっっっ対泣かすっ!!!!!」
「お前が突っかかるから返されるんだろ。
いつも見てるけど大体ロジャーが悪いぞ??
返し方がアレなセデルもセデルだけど。」
そこまで言葉を口にした時、ロジャーは振り向くとほぼ同時に僕の胸ぐらを掴んで睨み付けてきた。
「いいかピエール??これは遊びじゃないんだ。戦争なんだ。この戦いはあいつが泣いて謝るまで終わらないんだ!!!!!」
「せ……戦争……??」
一体何の??っていうか一体どうしてこんなことになったんだっけ……?
「あ……『チェリー』って言われたのまだ根に持ってるの??だったら……」
「違うわ。それ以上言ったらシメるぞピエール。」
さっきより殺意が上がった気がする……。
どうやら和平交渉は決裂したようだ。ごめんセデル。
「ふふふ……靴を隠さないだけ有り難く思うんだなセデル。
流石にそこまでこの僕は落ちぶれちゃいないさ。
父上に誓ったからな!騎士として恥じぬよう正々堂々と勝負するってな!
この屋敷であいつが足を踏み入れそうな場所にはばっちり罠をしかけてきたしバケツには厨房から拝借した牛乳も仕込んでやった!!今更引くわけには行かないんだよ!」
どうしてその労力をほかのところに使おうと思わないのだろう??
本当は仲良くなりたいんじゃないの?ロジャー??
それが今更引くに引けなくなっちゃっただけなんだよね?そうなんだよね??
……なんて言ったら絶対怒られるから口に出さないでおこう。
本音だったとしても絶対照れ隠しで殴られるって僕知ってる。
……っていうか父上に言われた騎士道精神……もしかして履き違えて覚えてない??
正々堂々ってこれでいいんだっけ??
「来たぞ!!セデルだ!!」
「えっ?」
間違いない。あれはセデルだ。
今度はちゃんといる。
やや上機嫌な様子で廊下を歩いている。
あっ……視線の先に屋敷のメイドが……あっ……いけない…!その先は…!!
「今だ!!!!」
手にしたロープを思いっきり引っ張る。
一瞬の出来事だった筈なのに僕の目の前でセデルがロープに足を引っ掻けてゆっくりと倒れていく。
わあ……セデルの髪の毛凄く綺麗。
ズビビビビビビビビビビビッ…!!!!!!っと床とキスをするかのようにセデルがその場に倒れ伏して動かなくなってしまった。
視界の端でロジャーがガッツポーズをしている姿が見えた気がした。
「大丈夫かいセデル!?…………あ。」
ぐぎぎ……っと怨めしげな表情を浮かべているセデルの鼻からは赤い雫が垂れていた。
ポタリ……ポタリ……と雫が垂れる。
それでも誰の手を借りることもせずゆっくりと立ち上がってこちらに向かって無言の圧力をかけてきた。
……ヤバい……これは確実にキレた。
目の前に木剣が転がってきた。
「今日こそ決着をつけてやろう……と言ったとこか……。望むところだ…!」
セデルもロジャーも剣を構える。
これはいつものお遊びとは違う……セデルもロジャーも本気だ……。
「年下だと思って黙っていたが……流石においたが過ぎたなロジャー?
力でも知力でも敵わないと知って罠に頼るとは……騎士として恥ずかしいと思わなかったのか貴様は??」
「うるさい!!勝つためには手段は選ばない!!選んでいられないんだよ!!お前を打ち倒して平穏を取り戻すまではな!!!!!どんな汚い手でも使ってやるさ!!!!!」
「ロジャーそれ悪役の台詞。それもそのあとすぐに死ぬやつの……」
「うるさいピエール!!お前どっちの味方なんだよ!!」
「いや……僕はお互いにこれ以上傷つけあわなければ戦争は簡単に終わるんじゃないかなって思ってるだけで……」
「そんな中途半端な終わりになんかできるか!!ここではっきり白黒つけるんだよっ!!」
あっ。ダメだこれ。完全に頭に血が昇ってる。
こいつに権力握らせちゃダメなんだ。
そう僕は思った。
「いくぞセデル!!」
「来い!!チェリー!!!!」
「チェリーじゃないって言ってるだろぉぉぉぉぉ!!!!!」
いやいや!!まだチェリーだよお前もセデルも!!
と……二人を止めようと手を伸ばしたその時だった。
二人の間に誰かが割って入った。
「やめるのだ二人ともぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
そしてそのまま二人の木剣が綺麗な剣筋を描いて二人の間に割って入った人物の両の脛を叩いたのだ。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
「ち……父上ぇぇ!!」
父上が両足を抱えるようにしてその場に頽れた。
その時の父上の声はまるで獣の咆哮のようだった。
「父上……僕……僕は………」
木剣を持って震えるロジャーとすぐ側で立ち尽くすセデル。そんな二人を安心させるように父上は大きな手で二人の頭を同時に撫でてみせた。
「ロジャーもセデルも私の大切な息子だからな。大きな怪我がなくて本当に良かった。」
「父上……。」
「だが、喧嘩は良くない。三人とも、後で私の部屋へ来るように。」
そう言って父上はゆっくりとその場を立ち去っていった。
気のせいだろうか……父上から微かに牛乳の匂いが漂ってくる気がするのは……。
「父上……牛乳臭い……」
「しっ…!バカ!!言うなピエール!!」
その後僕たちは屋敷中の罠の撤去を命じられ、三日間の謹慎処分を受けた。
セデルの部屋で。
僕は凄く嬉しかったけど、セデルにとっては不満しかなかったんじゃないかな?
『野郎三人で同じベッドでなんか寝れるか!!』って怒ってたし。
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「そんなこともあったよね??」
「何故その話を今蒸し返す?」
嫌な記憶を掘り返されたと言いたげにじとり……とこちらを睨むセデルに僕は笑顔を浮かべながらこう続けた。
「ははっ!そんな顔しないでよ!セデルも僕の家族だから何時だって頼ってくれていいんだよ!って言いたいんだよ僕は!
世界は平和になったことだし、僕はこの家を継がなきゃいけない。クロトと一緒にね。
セデルはこれからどうするつもりなのか解らないけど、シャルトリューズ家はこれからもずっと君を支えて行くことを誓うよ!
ね!ロジャー?」
傍らで状況を見守っていたロジャーはセデルの前へと歩み寄り、ゆっくりと言葉を口にした。
「まあ、私も子供だったからな。父上をお前に取られると思っていた。
だがこれからは違う。お互い過去の事は水に流して国のために尽力するとしよう。……その……済まなかったセデル。」
差し出された右手。漂う和やかな空気。このまま丸く収まるとその場の誰もが思っていた。
僕もクロトもロジャーに付き添うラシュクーレ殿も……。
パァン!!!!!!!!!!
乾いた音が部屋中に響き渡った。
ロジャーの右手は宙を舞い、そのときに生まれた衝撃波が僕の髪を揺らした。
「許すわけがないだろう??馬鹿なのか??私は男が大っっっっ嫌いなんだ。」
あっ……この感じなんか凄く懐かしい……。
後で思ったんだけど、僕がこの話を蒸し返さなかったらこんなオチにはならなかったんじゃないかな??
