日常交流

何事をする時にも、心から行うように。

誰かの為に行うのではない。どんなことを行う時でも、神の為にする時のように真心から十全に行いなさい。

あなた方は髪に選ばれた者、聖なる者、愛されている者として、思いやるの心、親切、遜り、広い心を身に纏いなさい。

互いに耐え忍び、誰かに不満があったとしても互いに心から赦し合いなさい。主があなた方を心から赦して下さったように、あなた方もそうしなさい。

これらのことの上に愛を纏いなさい。愛は完全さをもたらす帯です。


【コロサイの人々への手紙 第3章】






寒い日が3日続いて、暖かい日が4日続く。硬い土の間からはまだ青い新芽は出ていないが、庭の木の芽は少しずつ柔らかくなり始めていた。

私の横を一陣、春の匂いを纏った風が通り抜けていく。と、同時に干したばかりの白いシーツがばさり、と翻った。石鹸の爽やかな香りに目を細める。今日は天気がいいし暖かい南風も吹いているから、昼頃までには今干した洗濯物もすっかり乾いてしまうだろう。


「まま、おせんたく終わった?」


「あらユリィ?ふふっ、ちょうど今お洗濯が終わったところよ~」


家の中へ戻ろうと軽くなった洗濯籠を小脇に抱え込んだ、そんな時だった。窓のカーテンをぎゅっ、と掴む小さなお手手と揺れる揺れるふわりとしたオレンジ色の髪が見えたのは。

私達の最愛の娘、ユリィ。今日も愛らしい彼女に自然と自分の顔も緩んでしまう。私達のお姫様はいつだって世界一可愛いんですもの!


「おわった?ほんと?」


「ええ。ふふっ、お待たせしました」


小春日和の日差しをいっぱいに浴びて温かいユリィの髪を片手で梳く。ユリィの髪はお日様のように綺麗な髪だな、と彼女の柔らかい髪に触れるたびに思うの。


「バレンタインのチョコ、一緒に作りましょうね」


ゆるり、と小鍋から白い湯気が昇る。中に入っているのはこれから湯煎に使うためのお湯。さっき沸騰させたからもう少し冷ましてから作り始めないと。


「ユリィはどんなチョコを作りたいのかしら~?」


「う~ん……ぱぱが喜んでくれるのがいいなあ。ままはどんなチョコならぱぱは嬉しいと思う?」


くりくりお目目をぱちぱち瞬きさせながら尋ねるユリィに「そうねえ……」と一言呟きながら思考を回す。あの人、すっごく優しいから私が作ったチョコ、どんなチョコでも毎年美味しいって食べてくれるのよねえ……


「言葉は少ないけど、幸せそうに美味しいって言ってもらえると、それだけで幸せだなあ、この人でよかったなあ、って思っちゃうのよね……って、やだ……ユリィに惚気ちゃったわ」


咳ばらいを一つして惚気に付き合わされたユリィに視線を向ければ、彼女はチョコの材料を楽しそうににこにこしながら見つめていた。……きっとどんなチョコを作るか考えるのが楽しいのね。


「パパはね、ユリィが作ったチョコならどんなチョコでも喜んでくれると思うわ」


「ならユリィはいちごのチョコと……あとアーモンドの作りたい!……まま、ユリィにもできるかな?」


「もちろんよ!じゃあ、パパがお仕事から帰ってくる前に作りましょうか」


溶けたチョコレートの甘い香りが台所いっぱいに広がる。幸せを運んでくれるような甘い香りだが、その中心にいるユリィの表情はけして明るくはなかった。可愛いお魚のエプロンを着けて、小さな踏み台に乗りながら一生懸命チョコレートを混ぜているんだけれど―……


「ままーできない~……」


「あらあら~どうしたのかしら?」


「あのねあのね、チョコレートはもっととろ~りするんだよね?でもね、ユリィがまぜたの何だかボソボソしてる気がするの」


「あら~ユリィ、ちょっとママも見ていいかしら?」


湯煎をする手を止めてしょんぼりとうつむくユリィの頭を慰めるように撫でてから彼女が混ぜていたチョコのボウルを覗き込む。

これは……チョコの中にお湯は入ってないけれどちょっとだけ湯煎に使うお湯の温度が高かったのね。もっと温度を確認してからユリィに渡すんだったわ。ユリィの失敗ではなく温度の確認をしっかりしなかった私の失敗ね。


「どうしよお、まま……ボソボソのチョコ、ぱぱに渡せないよお……」


大きなアーモンド形の目に涙を溜めてぐずぐずとぐずり始めたユリィに、大丈夫よ!とウインク一つしながら微笑んだ。


「これくらいならママとユリィの魔法でとろとろなめらか~なチョコに戻せるわ。ユリィ、ボウルにこれを入れてみて?」


「まま、これなあに?」


「これはね、魔法の牛乳よ。これを入れて一分くらい置いてからまたチョコを混ぜてみてね」


”魔法の”とつけてみたが、これはただの牛乳。火が通り過ぎたボソボソのチョコレートも小匙1杯の牛乳や生クリームを入れて混ぜてあげるととろりとしたチョコになってくれる。それも限度はあるけれど、今回はこれで大丈夫なはず。その証拠に、ほら、ぐずっていたユリィの表情もどんどん明るいものになっているもの。


「すごい!まますごいね!ままが言ったみたいに魔法みたい!」


「ふふふっ、でもユリィだってずーーっと魔法を使っているのよ?」


「まほう?」


「ユリィが真心をたくさん、たっっっくさんこめてチョコを作っているんですもの。絶対美味しいチョコレートになるわ!美味しいチョコレートを作ってパパのこと、びっくりさせちゃいましょう!」


何事をするにも心から行うように。どんなことを行う時でも、神にするためにする時のように真心から十全に行いなさい。

私達の沢山の真心と愛情が溶けたチョコレート。早くあの人に、ジェロムにも食べて貰いたいわ!


≪キアラ・ボールドウィン≫
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