日常交流
求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば見出す。叩きなさい。そうすれば開かれる。
誰でも求める者は手に入れ、探す者は見出し、叩く者には開かれる。
あなた方のうち子供がパンを求めているのに石を与える者がいるだろうか。あるいは魚を求めているのに蛇を与える者がいるだろうか。
あなた方は悪い者であっても自分の子供達に善き物を与える事を知っている。
まして、天におられるあなた方の父がご自分を求める者に善い物を与えて下さらないことがあるだろうか。
【マタイによる福音書 第7章】
「お菓子と薬とどっちが欲しいんですか、シャンさんは?」
「欲しいとは?」
冬の盛りを過ぎ徐々に春へと歩みを早め始めた季節の昼下がりのことだった。自分の横を歩く青年にそんな質問を投げかけたのは。
私からの質問の意図が読めないと言外に含ませながら溜息を一つ吐き出したシャンさんに対して「何となく気になりまして」と言葉を返し歩を進めた。少し前からバレンタインで色めくこの街は甘い香りで満ちている。ショコラトリーでは一年のうちで一番おいしい宝石のようなチョコレートが並んでいるのだろう。
「もう今年もそんな時期ですか。つい先日年越しだったような気がしますが。……カチワリ水を売るにはまだ早いですし、チョコレートドリンクの出張販売でも始めましょうか」
「作れるんですか、シャンさん」
「流石にいくつか試作品を作ってから売り物にしますよ。幸い新商品の毒―……味見をしてくれる人のアテはありますし」
絶対今毒見と言おうとしたな、この人は。表情も変えず今日の天気を話すようなノリで言い直したけど。
どこの誰かは知らないがシャンさんに毒見薬認定されているその人に心の中で両の手を合わせた。毒見役というよりも治験参加者というのがより適切な言葉のような気がするのは何故でしょうか。
++++++++++++++++++++
この国のバレンタインの主役は言わずと知れたチョコレートだ。国によって贈る物も誰から贈るかも違うらしいが、この国では数十年前から女性から男性に対してチョコを贈るのが一般的だった。
さて、そのチョコレートですがその歴史は意外にも古く、遙か南にある大陸では数千年前までにはすでに食用されていたという説もある。
もっともその時代のチョコは今のような口当たりがよい甘いお菓子ではなく、原料であるカカオの粉末にバニラや唐辛子の粉末と言った香辛料を混ぜて水やお湯に溶かしてという代物ですから味はお察しのものだったんでしょうけど。お菓子ではなく薬として使われていたのだ。
それが理に適っているかいないかと言えば適ってはいる。カカオには筋弛緩作用や利尿作用と言った薬効薬理作用があるからだ。滋養目的としてチョコを古代の王が愛飲していたという記録も残っている。チョコレートはお菓子でもあるが薬としての歴史の方がよっぽど長い。
……とはいえ、今の時代のバレンタインに薬であった時のチョコを贈るのもナンセンスというものだろう。いや、シャンさんの場合そっちのチョコでも涼しい顔で飲み干しそうではあるんですが。
涼しい顔で飲み干した後、きっと彼はこう言うんでしょう。「普通にまずかったです」と。
シャンさんを困らせる目的で贈るわけではないので無難にお菓子のチョコを作ろうと製菓材料店の木の扉を潜った。凝ったものはできないので湯煎でチョコを溶かして型にはめて固めるシンプルなものを作ろう。中にナッツやパフやドライフルーツも入れて。
++++++++++++++++++++
「ああ先日の薬かお菓子かってこの事だったんですね」
「そんな時期ですし、シャンさんにもいかがかなと思いまして。そう言えばシャンさんの方はチョコレートドリンクは完成したんですか?」
「あれですか?古代の製法に習ってカカオパウダーに唐辛子やバニラといった香辛料を混ぜてお湯に溶かしたものを友人に飲ませてみたんですが、『辛い泥水を客に啜らせる気か、お前は』と言われてしまったので要改良ですね。……ところで一ついいでしょうか?」
「はい。私でお答えできる事であれば」
「なんでわざわざ僕にチョコを」
不思議そうに首を横に倒し尋ねるシャンさんの様子にふむ……と自分でも思い当たる節を顎に手を当てながら探す。言われてみれば確かにそうだ。何故私はシャンさんにチョコを贈ろうと思ったのだろうか。別に私達は恋人同士というわけではない。友人かと言われるとそれもまた違うような気もするんですが……あっ
「風物詩だからですね。何だかんだで季節のイベントをシャンさんと過ごす事が多いので今回もそういうもんだと思っていました」
数秒間ぐるり、と思考を回して一つの結論に辿り着く。ちなみに去年の年越しそばは蕎麦を買い忘れたという理由で二人で豚骨ラーメンを食べた。
「そんなものですかね」
「そんなものでいいんじゃないですか?理由なんて」
この国には求めよ、さすれば与えられる。という言葉があるらしい。
シャンさんはこういった風物詩を求めていないのかもしれないけれど、私は案外彼と過ごす季節のイベントが好きだ。
求めよ、さすれば与えられる。なるほど、一理あるのかもしれない。私が彼と過ごす時間を求めているのだ。
「唐辛子は入れていませんよ。代わりにドライフルーツやナッツ、パフはいれましたけど」
「唐辛子が駄目となると何を入れて売り出しましょうかねー」
≪昴≫
誰でも求める者は手に入れ、探す者は見出し、叩く者には開かれる。
あなた方のうち子供がパンを求めているのに石を与える者がいるだろうか。あるいは魚を求めているのに蛇を与える者がいるだろうか。
あなた方は悪い者であっても自分の子供達に善き物を与える事を知っている。
まして、天におられるあなた方の父がご自分を求める者に善い物を与えて下さらないことがあるだろうか。
【マタイによる福音書 第7章】
「お菓子と薬とどっちが欲しいんですか、シャンさんは?」
「欲しいとは?」
冬の盛りを過ぎ徐々に春へと歩みを早め始めた季節の昼下がりのことだった。自分の横を歩く青年にそんな質問を投げかけたのは。
私からの質問の意図が読めないと言外に含ませながら溜息を一つ吐き出したシャンさんに対して「何となく気になりまして」と言葉を返し歩を進めた。少し前からバレンタインで色めくこの街は甘い香りで満ちている。ショコラトリーでは一年のうちで一番おいしい宝石のようなチョコレートが並んでいるのだろう。
「もう今年もそんな時期ですか。つい先日年越しだったような気がしますが。……カチワリ水を売るにはまだ早いですし、チョコレートドリンクの出張販売でも始めましょうか」
「作れるんですか、シャンさん」
「流石にいくつか試作品を作ってから売り物にしますよ。幸い新商品の毒―……味見をしてくれる人のアテはありますし」
絶対今毒見と言おうとしたな、この人は。表情も変えず今日の天気を話すようなノリで言い直したけど。
どこの誰かは知らないがシャンさんに毒見薬認定されているその人に心の中で両の手を合わせた。毒見役というよりも治験参加者というのがより適切な言葉のような気がするのは何故でしょうか。
++++++++++++++++++++
この国のバレンタインの主役は言わずと知れたチョコレートだ。国によって贈る物も誰から贈るかも違うらしいが、この国では数十年前から女性から男性に対してチョコを贈るのが一般的だった。
さて、そのチョコレートですがその歴史は意外にも古く、遙か南にある大陸では数千年前までにはすでに食用されていたという説もある。
もっともその時代のチョコは今のような口当たりがよい甘いお菓子ではなく、原料であるカカオの粉末にバニラや唐辛子の粉末と言った香辛料を混ぜて水やお湯に溶かしてという代物ですから味はお察しのものだったんでしょうけど。お菓子ではなく薬として使われていたのだ。
それが理に適っているかいないかと言えば適ってはいる。カカオには筋弛緩作用や利尿作用と言った薬効薬理作用があるからだ。滋養目的としてチョコを古代の王が愛飲していたという記録も残っている。チョコレートはお菓子でもあるが薬としての歴史の方がよっぽど長い。
……とはいえ、今の時代のバレンタインに薬であった時のチョコを贈るのもナンセンスというものだろう。いや、シャンさんの場合そっちのチョコでも涼しい顔で飲み干しそうではあるんですが。
涼しい顔で飲み干した後、きっと彼はこう言うんでしょう。「普通にまずかったです」と。
シャンさんを困らせる目的で贈るわけではないので無難にお菓子のチョコを作ろうと製菓材料店の木の扉を潜った。凝ったものはできないので湯煎でチョコを溶かして型にはめて固めるシンプルなものを作ろう。中にナッツやパフやドライフルーツも入れて。
++++++++++++++++++++
「ああ先日の薬かお菓子かってこの事だったんですね」
「そんな時期ですし、シャンさんにもいかがかなと思いまして。そう言えばシャンさんの方はチョコレートドリンクは完成したんですか?」
「あれですか?古代の製法に習ってカカオパウダーに唐辛子やバニラといった香辛料を混ぜてお湯に溶かしたものを友人に飲ませてみたんですが、『辛い泥水を客に啜らせる気か、お前は』と言われてしまったので要改良ですね。……ところで一ついいでしょうか?」
「はい。私でお答えできる事であれば」
「なんでわざわざ僕にチョコを」
不思議そうに首を横に倒し尋ねるシャンさんの様子にふむ……と自分でも思い当たる節を顎に手を当てながら探す。言われてみれば確かにそうだ。何故私はシャンさんにチョコを贈ろうと思ったのだろうか。別に私達は恋人同士というわけではない。友人かと言われるとそれもまた違うような気もするんですが……あっ
「風物詩だからですね。何だかんだで季節のイベントをシャンさんと過ごす事が多いので今回もそういうもんだと思っていました」
数秒間ぐるり、と思考を回して一つの結論に辿り着く。ちなみに去年の年越しそばは蕎麦を買い忘れたという理由で二人で豚骨ラーメンを食べた。
「そんなものですかね」
「そんなものでいいんじゃないですか?理由なんて」
この国には求めよ、さすれば与えられる。という言葉があるらしい。
シャンさんはこういった風物詩を求めていないのかもしれないけれど、私は案外彼と過ごす季節のイベントが好きだ。
求めよ、さすれば与えられる。なるほど、一理あるのかもしれない。私が彼と過ごす時間を求めているのだ。
「唐辛子は入れていませんよ。代わりにドライフルーツやナッツ、パフはいれましたけど」
「唐辛子が駄目となると何を入れて売り出しましょうかねー」
≪昴≫
