日常交流
『これだけは武士として最後まで手放さぬつもりでしたが……此度の引き出物として婿殿……キョウ殿に差し上げたい。』
それは父様にとって大切な品でした。
どんなに落ちぶれても武士の魂である刀だけは手放さぬと……そう言ってずっと大切にしていた脇差。
私は幼かった為かこの事は全く覚えてはいなかったのですが……父は元は由緒ある身分の者で不幸が重なり、このように落ちぶれてしまったのだと少しずつゆっくりと語ってくださいました。
『落ちぶれてしまったのは私の不徳と致すところ……ですが……老い先短い我が身なれば、娘を一人残して逝くのが不憫でならず……
そのようなときにキョウ殿のような素晴らしい殿方とのご縁を戴くことができた。
これぞ御仏のお導きというもので御座いましょう。
最早この世に思い残すことなどございませぬ。
どうか儂の娘を……十六夜を何卒よろしくお願い申す。』
父様が畳に額を擦り付ける程頭を下げる姿を見たのは……涙を流しながら人様に頭を下げる姿を見たのは生まれて初めての事でした……。
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しんしんと雪が降る。
見慣れた景色を真っ白に染め上げて雪が降り積もっていく。
静かでどこまでも白く美しい朝の景色。
戸を開けたとほぼ同時に隙間から表へ飛び出した子犬が白い雪の上に足跡を残していく。
雀の子を散らし甲高い声をあげながらそれはもう楽しげに。
生まれて初めての雪の感触を楽しんでいるかのよう。
「おうおうチョビ!そんなにはしゃぐんじゃないぞ!」
「父様も、怪我をしないようどうか気をつけてくださいね?」
「心配いらねぇよ。チョビが一緒だからな!」
そう言って父様は愛犬と共に雪の街へ散歩へと出掛けていった。
「義親父さんはもう出掛けたのかい?」
「キョウさん…!はい。先程チョビと一緒に。
もうすっかり元気になって……。」
以前の父様では考えられない程に。
食べるものもなく弱りはて病に伏せた父様の姿は今はどこにもありません。
あの夜キョウさんに出会っていなかったら……このような幸せな日々を送ることはきっと出来なかったことでしょう。
「キョウさん……少しいいですか?」
「ん?どうした十六夜?」
「貴方に……渡したいものがあるのです。」
部屋へと戻り、箪笥の引き出しに隠していた包みを取り出してそれをキョウさんの前へと差し出した。
薄烟さんのところで雇っていただいて密かに貯めてきたお金で買った私からの贈り物。
「私……貴方から沢山戴いてしまったのにまだ何も返せていなくて……。
こんなに沢山幸せをいただいたのに私は貴方にまだお礼をできていませんでした。
だから……お給料を戴いたら真っ先に貴方に贈り物をしようって決めてたんです。」
中に入っているのは赤瑪瑙の羽織紐と黄金色に輝く美しいススキが描かれたお猪口。
きっと貴方に似合うだろうと思って……
「キョウさんのおかげで私も父も沢山幸せを戴きました。
だから……これから沢山あなたにも幸せを返していけるように頑張りますね?
いつまでもいただいてばかりじゃなくて……うんと働いて……私から貴方に幸せを渡してあげられるように。」
一生かけてもきっと返せない……返しきれない程の幸せを戴いたんです。
もう何も出来なかった頃の私じゃありません。
背伸びして自分から愛する夫に口づける。「ありがとうございます。大好きです……私の旦那様……。」と、言葉を口にしながら。
遠くからキャンキャンと元気な子犬の声が聞こえてくる。
きっとチョビも父様も雪まみれになりながら散歩から帰ってくるに違いない。
「ふふ……甘酒を用意しましょうか。それからお餅も沢山焼きましょう。」
「ああ。そうだな、身体の中から温まるものがいい。」
