日常交流


強い風が吹き荒ぶ不気味な夜だった。

俺は師匠に呼び出され、馬を飛ばし、黒い森を抜け人気のない森の奥に建てられた工房へと足を運んだ。



長年の研究の成果がようやく実を結びそうだと師は両手を広げて語り始めた。


俺の師の悲願……それは……死した妻の命をこの世に呼び戻すこと。



「……師匠……あんた……」


「見よディラン!!とうとう私は成し遂げたぞ!!
私の技術をもって再びこの世に妻を呼び寄せたのだ!!」


狂っている。

それは姿形だけを似せた紛い物だ。

一体何を材料にしてこれを造り上げたかは知らねぇが……師匠の言う『愛しい妻』は何処にも居やしない。

ここにあるのは……脱け殻だ。


「師匠……一つ問いたい。最近どうも不審な噂を聞くんだが……まさかあんたが関わっていたりなんか……しないよな……?」


「……何が言いたい?」


「……ホムンクルスの錬成の為には人間の血液が必要な筈だったな……?

それも日々絶え間なく新鮮な血を与え続けなければいけない。
それをあんたは……一体何処で手に入れたんだい?……なあ?師匠???」

「…………研究の為には多少の犠牲は付き物だろう??……ディラン。」


「はっ……やっぱそういうことかい……反吐が出るね。

あんたまさか俺より長生きしてるから知ってるとは思うが……これは違法だ。
禁忌とされる秘術だ。

神をも恐れぬ所業……ってやつだ。

悪いが今日限りで辞めさせてもらう。
俺はあんたと違って神様のバチが怖いんで……ねっ!!!!」


そう言い放つと同時に俺は工房に向かって杖をかざし魔力を放出した。

ハデな音を立てながら実験装置が破壊されガラスの管は砕け飛び散った欠片が頬を掠めていく。


「やめろ!!私の工房に何をする!!!!」


「あんたの都合の為に他者の命を犠牲に産み出された命に一体どんな価値があるっていうんだい??
その紛い物の為に一体……どれだけの人間を犠牲にした……???

それにあんた……墓荒らしもしたんだってな?

考えるだけでもおぞましい……おぞましすぎるぜ。

あんたのそれは錬金術じゃない……死霊術だ。

だから……俺が全部無かったことにしてやるよ。

有り難く思えよ?」


ま。俺がわざわざ手を下さなくてもまもなくここには『邪悪な錬金術師』の噂を聞き付けた騎士団がやって来るけどな。

だが……俺としてもこんな邪悪な実験装置を放置するのも気に入らねぇんだ。

だから全部ブッ壊して気持ち良くおさらばしてやるよ。

「じゃあな!!!!変態野郎!!!!」


ああ……嫌な夢を見た。

自分で工房を破壊しておいて何だが、あとにも先にもあんな不快な思いを抱いたことは無い。

後悔は一ミリたりともしていないが。
見ていて気持ちのいい光景では無かった。

俺はもっと単純に生きていくために学問を学びたいと訪ねた筈だった。

弟子入りしたと言えば聞こえがいいが実際はただこき使われただけで教えなんざひとつも受けちゃいねぇ。

全部独学で得た知識だ。

あの邪悪な研究に荷担したことは一度もないが俺は神様のバチが怖いからな。

とにかく救いを求めたくてこの大きな教会に身を寄せる事にしたんだ。


神様ってのはなんでもお見通しなんだろ?

人間が犯したあらゆる罪を神は天上から見ておられる……って言うもんな。


俺はその神様から見たらきっとろくな人生を歩まなかった人間だと思われているだろう。


関係なかったなんて言葉では済まされない。少なくともあの狂った錬金術師……いや……ネクロマンサーと関わっちまったんだからな。


「あーあ。どうしてこうなったかねぇ。もっと気楽に広い世界を旅をしてみたかったんだがなぁ。」


ため息と一緒に大きな愚痴が溢れた。

それとほぼ同時に後頭部に軽い衝撃を受けて振り返る。

そこに立っていたのは燃えるような赤い髪と灰色の瞳を持った女だった。

風に乗って一瞬だけ懐かしい香りを感じた。

……これは……海の香りだ……


「ここが退屈か?そんなに退屈だと言うならば何時でもここを出ていっても構わないんだぞ?」


「まさか……こんなに綺麗な女が目の前にいるのに退屈な訳がないだろう??」

「塩の柱にされたいのかお前は……。

ここには花嫁修業に来ている良家の娘もいるんだからな。
面倒事は起こすんじゃないぞ。」

「塩の柱ね……そんな清いものに変われるならそれも悪くは無いかもしれねぇな。」

そう言って目の前の女の顎に手を添え口付ける。

思考が追い付いていなかったのか女は暫し立ち尽くし俺と唇を重ねていた。

その時間がやけに遅く感じた。

不思議に思いながら唇を離した瞬間に胸に強い衝撃を受けた。

「きっ……貴様は一体何をして…!!」

普段は見せない狼狽える女の姿に思わず意地悪な笑みが溢れた。

なんだこんなに可愛い反応をしてくれるならもっと口付けてみようか?と少々意地の悪い返しをしてみれば軽く頭を掌で叩かれた。

「本当に塩にされたいようだな貴様は…!」

怒りに震える女の手を取り壁に押しあてながら「ああ……そうさ」と言葉を返した。

「あんたの手で清らかな塩に変われるなら……悪くない。」

……好いた女の手で浄化されるんだ。最高じゃないか??

もう一度口づけをしてみたかったが……あまりからかうのも良くないからな……

変わりに両手で女を抱き寄せた。

「からかって悪かった」と言葉を口にしながら。


ただそれだけでとても愛おしく……安らぎを覚えた。


「そんなに心配しなくても俺がこんなことをするのはあんただけだよロト……。」
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