日常交流

ぐっと伸びをしてちょっと首を回すと小気味い音をたてた。ずっと同じ姿勢でいたから体が凝り固まっていたようだ。ちょうど作業も終わったし、この辺はもういいか。
 キョウと旅をしつつ街を回っては炊き出しやら治療やら、あたしたちにできることをしてまわるようになってからどのくらい経ったのかもう覚えてはいない。それでももうそこに住む人たちだけでやっていけるだろう、っていう町や村が増えてきているから結構な時間はたったんだと思う。


「嬢ちゃん、あんちゃんも! こっちで休憩してくれ!」
「ありがとうー! キョウ、行こう!」
「ハイ……、レイミア、この手は?」
「手、つなぐでしょ? だいぶ綺麗になったけど細かいがれきとかはその辺にあるし、転んだら危ないよ」
「なんでボクが転ぶ前提なんですか……」
「まあ、そこは!」


 ごまかすように笑ってみると、あきれたように息を吐いたキョウはそれでも、ぎゅっとあたしの手を握った。手から伝わってくる温度があたたかくて、思わず握り返す。それと同時にどきりと心臓がはねたような気がした。


「……? なんなんだろ、これ」


 最近キョウと話していたりこうやって手を握ったりするたびに心臓が高鳴るような気がする。それが決して居心地の悪いものじゃないのはわかるけど、どうしてそれが起こるのかはいくら考えてもわからず、かといってキョウに相談するのはなんだか違う気がして、結局もやもやしたまま終わる。
 それはまた考えるとして、この町のお手伝いもそろそろ終わる。そうしたら次はどうしようか。改めてこの国をキョウと歩くのもいいかもしれないし。


 なんてことを考えていた矢先。あたしはキョウの故郷へと誘われたのだった。

 抜けるような青空を超えてルザライト領へ近づいてくると、雪がちらついてきた。最初はふわりと舞うだけだったそれはだんだんと勢いを増していく。キョウがもう少し歩けば村があり、そこに宿屋もあると言うから、もう少し頑張ることにした。あたしは慣れているけど、キョウは大丈夫だろうか。


「大丈夫、キョウ?」
「だい、じょうぶです! なんでレイミアはそんな平気そうなんデスか……」
「そりゃあたしは慣れてるし……。こっちに来るときに、頑張ったんだね」


 なんて、上から目線な物言いになってしまった。でも特に気にした風のないキョウは、旅路の途中で買った防寒具のなかに隠れるように、顔をうずめている。
 少し変な雰囲気になってしまった。違う話題、何かあるか? ……なんてことを考えていると、


 ぐいっと手を引かれた。引かれた、というか思い切り引っ張られた。


「うわっ!?」
「っ……!」


 そして、ステーン! と効果音がつきそうな感じで、あたしとキョウは転んだ。雪が降っていて気付かなかったけど、踏み固められた雪が凍って滑りやすくなっていたみたい。あちゃー……雪道を旅するの久々だったから忘れてた。


「キョウ、大丈夫?」
「ダイジョウブですとも……ええ、ダイジョウブです」
「あんまり大丈夫じゃなさそうだね……」


 キョウさんや……なんだか目がすわっているような気がするよ。あんまり大丈夫じゃなさそうだ。早いところ村に向かうか。


「キョウ、はい」
「うっ……ボクはどうして転びやすいのか……」


 それは……きっと永遠に解けない謎ではないだろうか……。


「考えても仕方ないよ。それより雪がひどくなってきた。早く村にむかおう」
「そうですね、そうしまショウ」


 先ほどよりちょっとだけ立ち直ったキョウともう一度手を握って、宿屋へと駆け込んだのだった。

 この天候のなかをよく来た、と言われて部屋とお風呂や温かいご飯を用意してもらう。あたしたちのほかには誰もいないみたいで、部屋を分けるか? とは聞かれたけど断った。旅のなかでは旅費代節約で一緒の部屋になることなんてよくあることだし。
 お風呂に順番に入っておいしいご飯を食べ終わるころには、体温も戻ってきていい気持ちになっていた。


「あと二日ほど進めばルザライト領に到着すると思います。そのころには天候も落ち着いているでショウ」
「わかった。じゃあ今日はゆっくりしようか」
「ハイ」


 そのあともぽつぽつと会話をしていたけど、いつの間にかキョウの声が聞こえなくなった。


「キョウ、寝た?」


 そーっとキョウのベッドにまわってのぞき込むと、すやすやと寝息を立てていた。この悪天候のなか歩いたもんね、仕方ない。そっと布団をかけておやすみ、と小さく声をかけた。
 さて、と。あたしは防寒具と旅道具の整理をしないと……もう回復薬が少なくなってきたような気がしたし、ルザライト領は近いけど念のため補給しとかないと。それにまだ余裕はあるけど所持金には常に余裕をもっておきたい。どこで何があるか分からないから。

 こういう旅の仕方とか心得とかを教えてくれたのがおじさんだったけ。そういえばしばらく墓参りも行ってないし、ルザライト領から戻ったら久々に行こうか。……その時、キョウも一緒に、と言ったらついてきてくれるだろうか。


「なんて、ね」


 そろそろ寝るか……と思ったけどその前に雪の様子を見ておきたい。ちょっと行ってくるか。
 防寒具は宿の人に預けてそのままのため、少しだけだから……という気持ちで上着は持っていかずにそっと宿の扉を開ける。


「あ、やんでる!」


 あれほど強かった風邪と雪はやんで、月が雲の隙間からのぞいていた。たぶん明日は晴れそう、かなあ? うん、晴れる。


「――明日は晴れそうすね、レイミア」
「うわっ!? なんだキョウか……びっくりした」
「なんだとはなんですか……。そんな薄着でいたら風邪をひきますよ」
「すぐに戻るつもりだったから。……でも、キョウの故郷に行くのに体調崩してられないもんね。部屋に戻るよ」
「そうしまショウ」


 もう少し月に輝く雪を見ていたかったけれど、ここで体調を崩すのは嫌だ。素直にキョウの言葉に従って戻ることにする。と、するっとキョウに手をつかまれる。


「ほら、こんなに冷え切っている。本当に風邪をひきますよ?」
「だっ、だから大丈夫だってば! このくらいの寒さで風邪をひいてたら旅なんてままならないよ!」


 キョウの手の温かさがじんわりと伝わってくる。意外と体は冷えていたみたいだ。対して直前まで寝ていたキョウの体は温かい。手から伝わった温度が、体を駆け上って頬にまで到達氏みたいだった。
 今が暗くてよかった。前を歩くキョウは気づいてないはず。


「なんなんだ、いったい」


 このくすぐったい、でも決して悪くない感情は。
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