日常交流
『お前は今日から“サマンサ”と名乗るがいい。
私の側に仕え、私の話の聞き役となる役目をくれてやろう。』
それは、いつの事であっただろうか……。
私は故郷と家族を失ってこの国へと流れ着き、そのままフェリペ様の下女としてお仕えするようになった。
遠い日の出来事で記憶が曖昧になってしまっているせいでどのような経緯であの方にお仕えするようになったのかはっきりとは覚えてはいないのですが……
『サマンサ』という名前を戴き、フェリペ様のお側に仕え、身なりを整え、不自由の無きよう心配りをし、あの方のお話に耳を傾けるという大切なお役目をいただいた。
何故私のような者を側に置いたのか……何年経とうとご主人様の意図は読むことが出来ずにいるのですが……
ですが決して不当な扱いを受けた事はなく、不自由な思いを抱いた事もなく日々を送って来ることが出来たのは全て我が主、フェリペ様のお陰だと思っているのです。
なにより……私のような卑しい身分の者が、文学を学び、作法を学び、誰よりも近くあの方の側に仕えさせていただけるのですから。
私は幸せ者です。
「おはようございますフェリペ様!
もう朝でございますよ?朝のお食事が冷めてしまいますので私がお支度をお手伝いいたしますね?
まずはお髪を整えさせていただきます!」
未だ覚醒しきらずぼんやりとベッドに腰かける主人の髪を猪毛の櫛で梳いていると、ポツリと一言主が何かを呟いた。
「はい、フェリペ様?いかがなさいましたか?」
「いや……相変わらず歌が下手だなサマンサ。」
「失礼いたしましたお耳汚しを…!
フェリペ様の髪がとても美しかったものですからつい…!」
朝日を受けてキラキラと輝く主の髪が本当に美しくて、見ているだけで幸せな気持ちになってしまって…いつの間にか鼻唄を口ずさんでいてしまった。
これで何度目の事だろうか……顔から火が出そうなほど恥ずかしい…。
私の歌がお伽噺に出てくる姫君のように澄んだ美しい歌声だったなら……主様に不愉快な思いなどさせなかったのでしょうが、残念なことに私はただ歌が好きなだけの音痴で……。
「本当に……申し訳ございません…!」
こんな事が度々起こるのだ。
人前で歌うことなど恥ずかしくてできる筈もないのだけれど……何故かフェリペ様のお側にいるときは自然と私の口から歌が溢れ落ちてしまうのだ……。
「いや、もういい。食事にするぞ。ついてこいサマンサ。」
「はい!フェリペ様!」
フェリペ様はお優しい。私のような不出来な者をお側に置いてくださるのですから。
勿論、良くない噂も耳には致しますが、関係ありません。
私の仕えるべき主人はフェリペ様ただ一人です。
私はなにひとつあの方の助けになれるようなものを持ち合わせてはいないけれど……ほんのひとときでもあの方の疲れを癒してさしあげられるなら。
これ以上多くの事は望みません。
私の願いはフェリペ様の心の平穏と幸福だけ。
だから神様……我が主の道行きにどうか幸多からんことを……。
