第5節 サウィン祭


兄弟の皆さん、自分が尊いものであると思い上がらないために、次の神秘を是非知っておいていただきたい。

その国の一部が頑なになったのは、異邦人の姿が満ちるようになるまでの事です。こうして、蚊の国は救われます。それは次のように書かれています。

「救う者がシオンから来て、ヤコブから不信心な心を遠ざける。これこそ私が彼らと結ぶ契約、私が彼らの罪を取り除く時に」

福音に関しては彼らが敵である事はあなた方にとって利益ですが、神の選びに関しては、彼らの先祖の故に愛されるものなのです。

神の賜物と召し出しは撤回されえないものなのです。

あなた方はかつて神に不従順でしたが今は彼らの不従順によって憐れみを得ているのと、丁度同じように彼らも、あなた方が得た憐れみによって、不従順ではありますが、それは今度は彼ら自身も憐れみを得る為なのです。

神は全ての人を不従順な状態に閉じ込めましたが、それは全ての人を憐れむためだったのです。


【ローマの人々への手紙 第11章】






こちらの窓辺で花がしおれたら向こうでは何が起きるのだろう?花が咲くのだろうか、それともこちらと連動して花も葉もしおれて実を結ぶのだろうか?

それは今となっては分からない。何故なら、私は成長した大人だからだ。

だから確かめようがない。心の椅子が空ではなくなった私に所に彼らは決して遊びにこようとは考えないだろうから。


「時々思うんですが、シャンさんって水とか空気とか……霞みだけ食べて生きてませんか?」


「一応お聞きしますが、あなたの中で僕はどういった位置に分類されてるんですか?」


「偏屈、世間の鼻つまみ者、厄介者、不思議ちゃんの中でしたらどれをご所望されますか?」


「……はい、みりん」


「あっ、ありがとうございます。一応調味料の部類は揃ってるんですね。なかなか気が利くようになってきましたね~。偏屈のわりには」


「自分で答えを言ってるじゃないですか」


「ええ、勿論わざとですよ」


醤油に酒、砂糖にみりんを入れた鍋がふつり、くつりと小気味がいい音を立てた。この国は海上交易で成り立っているからだろうか、こう言った異国の調味料を手に入れるのは特別苦難しいわけではない。が、この人が準備をしてくれたという事には大きな意味があった。

煮汁の中でガタゴトとせわしなく踊っているかぼちゃに落し蓋を落とすと同時に、私は少々意地の悪い笑みを、隣の人は溜息を閉じ込める。


「シャンさんお手製の毒薬は売れましたか?」


「あなたにそっちは出した覚えありませんが。友人には何度か出してますけど」


「是非とも毒薬の部分は否定していただきたかったです。流石に」


「大丈夫です。少し舌が痺れるぐらいなもんですから」


「痺れるって立派な神経毒か何かじゃないですか」


くつり、ふつりとかぼちゃが踊る。落し蓋の隙間から細く上る白い湯気はそのまま僅かに開けた窓の隙間へと吸い込まれて消えて行った。


「……お尋ねしますが、この国のこの祭りでのかぼちゃの使い方ってこれでしたっけ?街で見かけた限りかぼちゃの中をくり抜いてランタンのように灯りを灯して使うのが一般的な様子でしたが」


「元々はこの国に昔からある土着宗教の収穫祭らしいですから本来の祝い方はこちらだったかもしれませんよ。古来のドルイドのお祭りらしいので。旧教が伝来した後も習合して残ったんですよ。案外多いですよ、そういった形で残る信仰は。人がしぶといのと同じように人が生みだした思想や神というのもしぶといんです」


夏よりもだいぶ冷たく感じるようになった水で野菜を切った後のまな板とボウル、そして包丁を洗い、片付けながら言葉を紡いだ。流れる水の音に混じって僅かに感じる拒絶の感情に嘲りとも同情とも言えない笑みが自分の口元に浮かぶ。まあ、地雷でしょうね。この手の話は。分かっててあえて踏んでますし、自分も。

この人は故郷を否定する癖に、思い出すのを拒もうとしてるくせに、その実誰よりもそれに執着しているように見える。否定するものこそが自分の根幹、アイデンティティになっている。だから、私にこの人に対する評価は偏屈の偏執狂。真実がどうかは自分はこの人ではないから知らないが、少なくとも自分はそう認識していた。


「そう言えば、シャンさんはこんな話を知っていますか?妖精の椅子の話」


「サウィンの神隠しの話ならば街の人達がしていたから知っていますよ。神隠しの伝承があるんでしょう?この国にも」


洗ったばかりの濡れたボウルを彼の手に「はい」という言葉と共に視線を向けずに渡す。ふわりと浮かんだシャボンの泡と鍋と、新米が入った釜から立ち上る湯気が目の前で交差していた。


「ええ、サウィンとワルプルギスの夜……つまり昼と夜が入れ替わる季節はあちらとこちらの境界が曖昧になると言われているみたいですね。ですが、今私がお聞きしたのは心の椅子の話です。子供も大人も持っているけれど妖精ー……ピクシーは子どもの椅子にしか座れないんですよ。大人にもあるのに子供の椅子にしか腰掛けないんです。何故だか分かりますか?」


手に付いた水の玉を空で弾き、水場にぶら下げたタオルで手を拭いた。乾いた手で食べる時に使う箸よりも長い箸を持ち、それを使って落し蓋を持ち上げる。


「心の椅子は自分だけの想像の友達を座らせるための椅子なんです。その友達とは言うなれば自分自身ー……つまり誰もそこには座っていないんですよ。空席なんです。だから、ピクシーはそこに腰掛けて子供に話しかける事ができる。想像の友達の代わりに」


うん。かぼちゃの身は煮崩れをしていないみたい。煮汁が染み込んだかぼちゃの身に箸を通せば引っ掛かる事なくするりと入った。片付けをしながら話をしているうちにいい塩梅に染みてくれたようだ。


「あなたの言い方だと大人の椅子は空席ではない、という事になりますね」


「そういうことになりますね。勿論、私の心の椅子も空席ではありませんよ。だから私はもう想像の友達と話す事もなければピクシーと話す事も出来ません」


くつり、ふつりと鍋が音を立てていた。一つ、小さく箸で切ったかぼちゃの欠片を摘まんでシャンさんの口元へと差し出して。


「トリックオアトリート。トリートはないので大人しく悪戯されてください。あとついでなんで味見もよろしくお願いします」


私の心の椅子に何があるか、誰が座っているか教えてあげてもいいんですが、簡単に教えるのも癪なんですよ。だから、教えません。


≪すばる≫
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