日常交流
「へーっくし!! ……うう、誰かおれの噂してるのかな~。それとも風邪引いた?」
ああいやだいやだ、とマントで体を覆った男は、すっと琥珀色の瞳を細めた。浮かんでいた太陽は西へと落ちかけ、最後の踏ん張りと言わんばかりに橙色に空と、男の見据える先にある街を染め上げている。
見る人が見れば思わず足を止めてしまいそうな光景だが、男――那智にとっては興味があるものではなく、淡々と街の方向へと歩みを進めていく。
もう野宿は嫌だなあ、とさして嫌そうでもない口調で独り言を呟いた那智は、日が落ち切った頃、ようやく街へと入ることができたのだった。
そうそうに宿を確保した那智は、夕食を調達がてらふらりと街を歩く。中華圏の文化が根付いているのであろうと推測されるこの街は、道を歩く人々もそういった服装が多い。
だが、那智のように明らかに旅人の服装だったり、全く違う服装で歩いたりする人もよく見かける。そしてそれを、どの人も何も思っていなさそうだ。なんせ、いろんな服で歩く人々がいても、どの人も物珍しげに目で追ったり、こそこそ話をしたりしない。
それだけではない。髪色も、目の色も、千差万別だ。そしてそれがこの街では――ブルボン帝国では当たり前なのだ。今起こっている戦争にもいろいろなわだかまりはありそうだが、その原因は、髪色や目の色だなんていうちんけな理由ではないのだろう。
街、種族、人種、身分、人々の思惑。全てがまざる、坩堝の国。
あの国とは大違いだ、と那智の口角がくっと上がり、長い犬歯がちらりと顔を出す。だがその琥珀色の瞳は、決して笑ってはいなかった。
「……――なんてねー。もうあの国とおれは何の関係もないもんね~。滅びればいいんだよ、あんな国なんかさ。全て、すべて。滅びればいいんだ」
何も変わらない口調で、那智は本気で願う。生まれたはずの、祖国が滅びればいいのにと。そして何事もなかったかのように、串焼きを売っている露店で夕飯を物色するのだった。
夕飯を確保して、かつサンドイッチを食べながら、那智は大通りをふらついていた。せっかく初めて来たのだ、いろいろと散策してみたくもなるというものだ。
目についたものを眺めてはまた歩き出す、ということを繰り返していた那智だったが、おもむろに足を止める。後ろを歩いていた鳥獣人らしき男が急に立ち止まった那智を迷惑そうに見て素通りしているが、そんなことはどうでもよかった。
ある店に飾られているアクセサリー。ブレスレットであろうそれは銀色に輝き、プレートに緑の石がはめ込まれ、周りには意匠をこらした修飾がなされている。その細かさは目を見張るほどだ。よく見ると腕にまきつけるとチェーンの部分にも装飾が施されており、手作りながらかなり作りこまれているのがよくわかる。
じっとそれを見ていた那智だったが、急いで店に入ると、店員へと駆け寄る。
「あの、このブレスレットなんだけど手作りだよね~? どんな人が作ってるの?」
「これですか。これはおっしゃるとおり、ある女性がひとつひとつ手作りをしているアクセサリーでしてね。手作りなのでそれほど数は出回らないんですけど、装飾がとても良いってことで人気があるんです」
「……そうなんだー。その女性って、直接この店とやりとりしてるの?」
「いえ、やり取りしている方はまた別に……。これ以上は店の機密情報になるので、申し訳ありませんが」
「あ、そっか。ごめんねーありがとう。せっかくだからこのブレスレット、買おうかな」
「ありがとうございます。ちょうど最後だったんですよ。お客さん、運がいいですね」
気安く話す店員へ適当に相槌を打ちながら、那智の目はじっと取り出されるブレスレットに注がれていた。その視線を感じ取ったのだろう、店員はもうつけて行かれますか? と那智へと問いかける。
「そうだね、せっかくだからつけていこうかな。ありがとう~」
「いえいえ、どうぞ」
店員からブレスレットを受け取った那智は、壊れ物を扱うかのようにそっと、腕へとブレスレットをまきつける。果たしてそれは、那智のために作られたかのごとく、よく馴染んだ。
「良くお似合いですね。まるでお客さんにつけられるのをまっていたかのようだ」
「そんな~。あは、ありがとう。これ、代金ね」
「確かに。ありがとうございました」
店員に見送られ店を後にした那智は、通りから一本外れて細い小道に入る。ほとんど人通りのないそのすみにずるずると座り込み、ブレスレットを外すと――それに、そっとキスを落として頬ずりをした。
「ああ、やっと。やっとだ。確かにここにいる。いるんだね、――千歳」
まるで祈りを捧げるかのように、那智はその名を呼ぶ。もう一度千歳、とこぼれた声は、ひどく震えていたのだった。
ああいやだいやだ、とマントで体を覆った男は、すっと琥珀色の瞳を細めた。浮かんでいた太陽は西へと落ちかけ、最後の踏ん張りと言わんばかりに橙色に空と、男の見据える先にある街を染め上げている。
見る人が見れば思わず足を止めてしまいそうな光景だが、男――那智にとっては興味があるものではなく、淡々と街の方向へと歩みを進めていく。
もう野宿は嫌だなあ、とさして嫌そうでもない口調で独り言を呟いた那智は、日が落ち切った頃、ようやく街へと入ることができたのだった。
そうそうに宿を確保した那智は、夕食を調達がてらふらりと街を歩く。中華圏の文化が根付いているのであろうと推測されるこの街は、道を歩く人々もそういった服装が多い。
だが、那智のように明らかに旅人の服装だったり、全く違う服装で歩いたりする人もよく見かける。そしてそれを、どの人も何も思っていなさそうだ。なんせ、いろんな服で歩く人々がいても、どの人も物珍しげに目で追ったり、こそこそ話をしたりしない。
それだけではない。髪色も、目の色も、千差万別だ。そしてそれがこの街では――ブルボン帝国では当たり前なのだ。今起こっている戦争にもいろいろなわだかまりはありそうだが、その原因は、髪色や目の色だなんていうちんけな理由ではないのだろう。
街、種族、人種、身分、人々の思惑。全てがまざる、坩堝の国。
あの国とは大違いだ、と那智の口角がくっと上がり、長い犬歯がちらりと顔を出す。だがその琥珀色の瞳は、決して笑ってはいなかった。
「……――なんてねー。もうあの国とおれは何の関係もないもんね~。滅びればいいんだよ、あんな国なんかさ。全て、すべて。滅びればいいんだ」
何も変わらない口調で、那智は本気で願う。生まれたはずの、祖国が滅びればいいのにと。そして何事もなかったかのように、串焼きを売っている露店で夕飯を物色するのだった。
夕飯を確保して、かつサンドイッチを食べながら、那智は大通りをふらついていた。せっかく初めて来たのだ、いろいろと散策してみたくもなるというものだ。
目についたものを眺めてはまた歩き出す、ということを繰り返していた那智だったが、おもむろに足を止める。後ろを歩いていた鳥獣人らしき男が急に立ち止まった那智を迷惑そうに見て素通りしているが、そんなことはどうでもよかった。
ある店に飾られているアクセサリー。ブレスレットであろうそれは銀色に輝き、プレートに緑の石がはめ込まれ、周りには意匠をこらした修飾がなされている。その細かさは目を見張るほどだ。よく見ると腕にまきつけるとチェーンの部分にも装飾が施されており、手作りながらかなり作りこまれているのがよくわかる。
じっとそれを見ていた那智だったが、急いで店に入ると、店員へと駆け寄る。
「あの、このブレスレットなんだけど手作りだよね~? どんな人が作ってるの?」
「これですか。これはおっしゃるとおり、ある女性がひとつひとつ手作りをしているアクセサリーでしてね。手作りなのでそれほど数は出回らないんですけど、装飾がとても良いってことで人気があるんです」
「……そうなんだー。その女性って、直接この店とやりとりしてるの?」
「いえ、やり取りしている方はまた別に……。これ以上は店の機密情報になるので、申し訳ありませんが」
「あ、そっか。ごめんねーありがとう。せっかくだからこのブレスレット、買おうかな」
「ありがとうございます。ちょうど最後だったんですよ。お客さん、運がいいですね」
気安く話す店員へ適当に相槌を打ちながら、那智の目はじっと取り出されるブレスレットに注がれていた。その視線を感じ取ったのだろう、店員はもうつけて行かれますか? と那智へと問いかける。
「そうだね、せっかくだからつけていこうかな。ありがとう~」
「いえいえ、どうぞ」
店員からブレスレットを受け取った那智は、壊れ物を扱うかのようにそっと、腕へとブレスレットをまきつける。果たしてそれは、那智のために作られたかのごとく、よく馴染んだ。
「良くお似合いですね。まるでお客さんにつけられるのをまっていたかのようだ」
「そんな~。あは、ありがとう。これ、代金ね」
「確かに。ありがとうございました」
店員に見送られ店を後にした那智は、通りから一本外れて細い小道に入る。ほとんど人通りのないそのすみにずるずると座り込み、ブレスレットを外すと――それに、そっとキスを落として頬ずりをした。
「ああ、やっと。やっとだ。確かにここにいる。いるんだね、――千歳」
まるで祈りを捧げるかのように、那智はその名を呼ぶ。もう一度千歳、とこぼれた声は、ひどく震えていたのだった。
