日常交流
後ろからぬるりとのびてきた触手を体をひねってよけ、その勢いのまま触手をきりおとす。べしゃ、と音を立てて落ちた触手はびくびくと痙攣して、動かなくなった。
ただ、それを気にかける余裕はない。なぜなら――まだまだ触手は、あたしの後ろに迫ってきているからだ。
「くっそーー!! あのカス依頼者め!!!」
普段なら使わないであろう言葉遣いになってしまったのは、ゆるして欲しい。
きっかけは、ある街のギルドに貼られていた依頼だった。森に生息するモンスターの体液を採取して欲しい、なんていうきっと研究者か物好きな一般人の依頼であろうそれ。その時ちょうどあたしが欲していた素材が同じ森に住むモンスターから取れるものだったから、ついでに、くらいのつもりだった。それが、ここまで苦戦することになるだなんて、誰が想像しただろうか。
襲い来る触手を飛んだり横にそれたり魔術で燃やしながら、逃げる。そうしながら、ギルドからもらった依頼書の内容を思い出す。……確か、目的は体液の採取。少し大きめの薬瓶が満タンになるくらいまで入れて欲しい。……うん、これは達成した。
標的となるモンスターは触手型で、夜行性だから昼間は寝ている。……そうだね、触手型で寝てたね。
触手を少し切って体液を入手するけど、眠り粉をまけば絶対に起きず、今までは依頼主自身が採取していたが、どうしても外せない用事が出てきてしまったので、今回ギルドに依頼。モンスターは子供の大きさくらいで、万が一起きても害はない。
らしいんですけど!! いや、どんどん文章と事実が乖離してるんだけど! 確かに触手は寝てたけど子どもくらいの大きさじゃないし! 中心部分、3mくらいはあるんじゃ……? それに眠り粉まいたら起きないとか言っておきながら起きてるし! 触手の先端切っただけなのに起きて暴れだしたよ! 大きいだけあって体液も結構出たから、薬瓶がすぐにいっぱいになったのが唯一の救いか……。
そうこうしている間にも触手は何やら触ってはいけなさそうな液を垂らしながら攻撃を仕掛けてくる。いや、気持ち悪い!
「ああぁあ、もう! このサイズじゃ、一人はきつい……!」
このままだと体力がもたない! すでに軽く上がっている息を整えつつひたすら走る。どこかもうちょっといい場所で戦えないか……?
どうすれば、どうすればいい。このままじゃ、ジリ貧で負ける。しかもいくつも落としたはずの触手が再生しているような気がするんだけど……?
ねえ、おじさん。久々に、やばいかもしれない。諦めるなんて、しないけど!
「とりあえず街の方まで逃げつつ、牽制するしかないか……!」
光の魔術を唱えて、触手型の本体の方に飛ばす。弾けたそれは目くらましとなって、こちらに向かってきていた触手がぴたりと止まった。よし、この隙に――、
「って、うわっ!?」
触手が、一本だけ動いた。それが足に絡みつき、強制的に転ばせられる。急いで持っていた短剣で触手は斬ったけど、体勢が崩れたことには変わりない。そして、その隙を見逃すようなモンスターじゃない。
「っ、!!」
声が、出なかった。いくつもの触手が迫り来る姿が、スローのように見える。これ、あたし、死ぬ……?
「しっかり!! 諦めないで!」
女性の声が、見ていたものを切り裂いた。音を立てて急激にすべてが戻ってくる。あたしに向かってきていた触手は、地面でぴくぴくとのたうち回り――動かなくなった。
「大丈夫!? 逃げるよ!!」
「えっ……うん!」
ぎゅっと握られた手がひどく熱く感じる。前を走る女性のたなびく金の髪が、綺麗だと思った。
必死に逃げて、気が付けば触手を振り切って町の近くまで来ることができていた。上がりきった息を整えて、改めて助けてくれた女性に向き直る。
さっきも綺麗だと思った金の髪、黒を基調として赤や白とかの色で染められた複雑で綺麗な模様の……民族衣装、っていえばいいんだろうか。手には槍を持っている。女性はあたしの視線に気付いたのかヘーゼル色の瞳が細められた。
「さてと……災難だったね。大丈夫?」
「あ、……はい。本当にありがとうございました!」
「いいっていいって。あんなのに襲われるなんて、不運だったね。結構大変そうだったけど、何かあった?」
「……実は」
女性に問われるままに、今までのことを全て話す。全て話終わった時には、女性は何とも言えない表情をしていた。うん、あたしも違う立場だったらそういう表情になっていたと思います。
「――というわけなんです」
「……うん、それは災難だったね」
「あはは……。もう、こんなことないといいんですけど、ね」
もうないことを祈りたい、切実に。ため息をついたあたしに、女性は苦笑しつつ、慰めるように肩を叩いてくれたのだった。
その後、ギルドでの手続きを終えたあたしは、そこで別れようとする女性を無理やり引き止めて、お礼にと食事処へと誘った。偶然発見したところなんだけど、料理が美味しいんだよね!
窓際の日当たりがいいところをとって、改めて助けてくれたお礼を言う。それと、自己紹介も。
「本当に助けてくれて、ありがとうございました。あたしはレイミア。名前を教えてもらっていいですか?」
これが、後に一緒に旅をすることになる女性――マナとの出会いだ。マナはあたしにとって、憧れの女性になっていくんだけど、それはまた別のお話。
