第5節 サウィン祭

アヴィと二人でトリックオアトリート! をした後は夕食となった。キアラがつくった料理はアヴィやユリィが好きなものばかりだ。そして主食には、オムライス。それを見た瞬間、ユリィの目がそれまで以上にきらきらと輝いた。


「わー! オムライス!」
「オムライスや料理たくさん作ったからいっぱい食べてね」
「はーい!」


 テーブルに所狭しと並べられた料理とオムライスに、ユリィは急いで席へと着いた。いただきます、の挨拶もそこそこにユリィはケチャップへと手を伸ばす。


「ママー、何かかきたい!」
「あらあら、何を描きたいの?」
「んー……、名前!」


 その答えを聞いてくすくすと笑ったキアラは、ユリィの後ろにまわるとケチャップを持った彼女の手を一緒に持った。


「今回はユリィの名前を書きましょう。ユリティリアって書く?」
「――……ううん、ユリィって書きたい。ママたちがいつも呼んでくれる、ユリィがいい!」
「ええ、わかったわ。じゃあ、ユリィって書きましょうね!」


 にっこり笑ったキアラとそれにつられるようにして笑ったユリィは、ゆっくりと動くキアラの手に合わせて名前を書く。そしてできたそれは、少々不格好ではあったもののきちんと読めるようになっている。


「できたー! ママ、ありがとう!」
「いいのよ。アヴィも書く?」
「あー!」


 ユリィから渡されたケチャップをもって自分も! とアピールをするアヴィを、キアラは先ほどと同じように後ろに回って書いてやる。その後も一際大きなジェロムのオムライスに落書きをしたり、キアラがつくった料理やデザートをお腹いっぱい食べたりと、にぎやかで穏やかな夜を過ごした。

 家族みんなで夕食の片づけをすれば、あっという間に終わった。アヴィとユリィはジェロムにまとわりつき、座った状態での肩車をしてもらったり、キアラの膝の上に座って話をしたりと和やかな時間を過ごす。
暖かな部屋と、穏やかに流れる時間。昼間にぎやかに過ごしたからか、徐々に二人のまぶたは落ち始めていた。就寝時間までは時間があるものの、もう寝かせてもいいだろうとキアラは判断して、立ち上がるとそっと二人の背中を押して促す。


「二人とも、歯磨きをして寝ましょう? もうおめめが開いてないわ」
「……もっと、遊びたい……」
「うー……」
「また明日ね? 明日は今日よりもっといい日にしましょう」


 笑いながら言うキアラの声もどこか遠い。そうする……と小さな声で言いながら、アヴィと手をつないで洗面台へと向かう。半分閉じた目で歯を磨くが、その手はとてもつたない。
 まあまあ、と苦笑したキアラに仕上げをしてもらっているのは感じるが、それすら夢か現かわからず。ほんの少しだけ意識がはっきりした時は、もう布団に寝ていてキアラが優しく微笑みながら見つめていた。


「んー……ま、ま……?」
「おやすみなさい、ユリィ。あなたの――あなたたちの明日が、より良いもので、ありますように」


 いつもよりほんの少しだけ低い、穏やかな声がユリィの耳に届く。頭をなでられる温かい手が、眠気を誘う。


「だいすき……ママ……」


 ――サウィン祭は、こんなにも楽しいものだったのだと、ようやく思いだせたような、気がした。




◇ ◆ ◇



 ――ふと、意識が浮上する。窓を見れば真っ暗で、まだ夜なのをユリィは悟った。


「トイレ……」


 横を見れば、アヴィがすやすやと寝息を立てている。いつも一緒に寝ているキアラとジェロムはまだおらず、かすかに二人が話している声が聞こえてきたので、就寝時間からまだそれほど時間が経っていないのは何となく察することができる。
 二人のところへ行ってトイレに一緒に行ってもらおうと考えたが、すぐにふるふると首を振る。

「わたし……一人で、トイレに行けるもの」


 もう、お姉ちゃんなんだから、とかつての家族に言われていた言葉をつぶやき、意を決してそっと部屋を出る。トイレまではそれほど遠くない。廊下は暗いものの、二人の話し声はかすかに聞こえるし、猫獣人の血が混ざっているので夜目も利く。何も、怖いことはない。

 そろそろと歩いてトイレに行き用を足すと、気持ちもすっきりとした。もう一度寝ようとトイレから出て部屋に戻ると、ふと視界の端を光がよぎる。


「なに……?」


 ぐるりと見回すと、窓から先ほどの光が見えた。光を無視してこのまま寝るか、光をちょっとだけ見るか。――少しの葛藤の後、好奇心が、勝った。


「ちょっとだけなら、いいよね?」


 少しだけ窓を開けて、光を見つめる。ふわふわと動く光は徐々に形をとり、絵本で見たような小さな妖精へと姿を変える。妖精はふわりふわりと漂うと、ユリィへと手を伸ばした。


≪おいで、一緒に遊ぼう≫


 そんな“声”とともに楽し気な笛の音が聞こえてくる。その音色につられるようにユリィは一歩足を踏みだした。

 ――わたしがいなくなったら家族はどう思うか、と脳裏によぎる。ピクシーのもとに行こうとしていた足が、止まった。


≪大丈夫。朝になったら戻してあげる。朝までに戻ってくれば家族にもばれないよ。さあ、おいでよ≫


 ゆらり、ゆらりと揺れる光。おいでおいでと誘う笛の音。そしてピクシーの言葉。ユリィを止めるものはもう何もなく。


「――行く!」


 はだしのまま、ユリィはピクシーのもとへと足を踏み出した。
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