日常交流
主に愛されている兄弟の皆さん、私達はあなた方の事をいつも神に感謝せずにはいられません。というのは、霊によってあなた方が聖なるものとされたこと、また、真理を信じたことによって、神があなた方を救いの初穂として選んで下さったからです。
神が私達に伝える福音を通して、あなた方を招いて下さったのもその為であり、あなた方が私達の主の栄光にあずかる事が出来る為なのです。
ですから、兄弟の皆さん。しっかりと立ち、私達の説教や手紙を通して学んだ教えを固く守りなさい。
どうか、私達の主ご自身と私達を愛し、永遠の励ましと素晴らしい恵みを与えて下さった私達の父である神が、あなた方が善い業に励み、善い言葉を語る時はいつも、あなた方の心を励まし、強めて下さいますように。
【テサロニケの人々への第ニの手紙 第2章】
あいつの姿を始めてみた時の感情は今でもよく覚えている。様々な春の、霞みがかり薄ぼやけ色付いた色彩の世界の中でそこだけぽっかりと違う空気が漂っていたような、そんな風に見えたんだ。競うように、言い換えれば鬱陶しいぐらい萌え上がる色の中で一点、そこに目を奪われた。
……理由なんて知らない。でも目を奪われたんだ。そして、こう思った。近付いてみたいって。
「……お前妖精か?本に出てくるみたいな」
好奇心か自分の無知ゆえか、俺はそいつに近付いて言葉を紡いでいた。この不思議な色を持った女の子と話してみたいという単純な欲求が、自分の口を動かしていた。
妖精。……そうだ、こいつは妖精なんだ。街で見掛けるフェアリー族ではなく俺が図書館から借りた空想小説に出てくるような超自然的な存在―……自然物に宿る精霊。
少し考えればこいつもただのフェアリー族だって分かるのに、この時の自分は本気でそう信じていたんだ。確信していた。こいつは花の精霊だと。
俺に気付いているんだかいないんだか、話し掛けられているというのにそいつは顔を上げる事もせず黙々と器用に指を動かし続けていた。手元にある桃色の蓮華の花を一つ摘まみ、上手に編込んでいく。何か作っているようだ。
「……お前、一人なのか?一人で何を作ってるんだ?」
「お母さんを待っているの。私もついて行っても良かったんだけど、蓮華のお花が綺麗でしょ?だから、わがままを言って私だけここに残ったの」
「ふ~~ん……確かにここ、綺麗だけどさ」
どうやら無視をされていたわけではなかったらしい。相変わらずそいつの目線は自分の手元に置かれていて、一向にこちらへ向けられることはないが、ちゃんと言葉が返って来た事に一人そいつにバレないように胸を撫で下ろす。
「それ……花冠か?」
「そうだよ。私ね、こういうの上手なの」
「ふう~ん……そうなんだ」
何の気なしにそいつを真似て一本、手元に咲いていた蓮華草を詰みクルクルと指先で遊ぶようにして目の前で回した。確かに……ピンク色で綺麗な花なんだとは思う。でも、やっぱり自分は本に並んだ文字を見ている方がしっくりくる。
「……ん?」
「はい!出来たからあなたにあげるね。ふふふっ……ねえ、言ったでしょ?私、花冠を作るの上手なんだよ、って」
彼女の丸い、大きな瞳がその言葉と共に緩く弧を描く。彼女の背中にある名も知らない花の羽根が春の風を受けて楽し気に揺れていた。
彼女の周りだけやはり空気が違っていたんだ。淡い色の風が包んでいるような―……そんな気がした。それまで普通に息をしていた周りの空気が不意に別の気体に変わった気がして……不思議な感覚だった。
「……どうしたの?花冠、もしかして嫌いだった?」
「そういうわけじゃないけど……あんたの方が似合うんじゃないかってそう思ったから」
浅く頭の上に乗せられた花冠をそっと外し、そいつの頭の上に乗せれば、そいつは驚いた様に数度大きな瞳を瞬かせた。今思えば失礼な事をしたんだろうけど、本当にそう思ったんだ。俺よりもこいつの頭の上にあった方が似合う、って。だってこいつは花の精霊だから。花冠を乗せて微笑んでいるこいつは文字通り、春の王女か何かに思えたんだ。
「……うん。やっぱりあんたの方が似合ってる」
そっと手を伸ばしてそいつの頬に触れれば、少しひんやりとした感覚が手の平を通じて伝わって来て―……精霊にもこうして普通に触ることができるんだななんてぼんやり考えていたんだ。結論として、こいつは精霊でも何でもなく俺と同じ人間だったからこうして触る事が出来たわけだけど。
「へへへ……ありがとう。でも、私が貰っちゃったらあなたの分がなくなっちゃう。……もう一つ作る?」
「それじゃあ、俺が貰いっぱなしになっちゃうだろう?……教えてくれれば自分で編むよ」
「えーヤダー!やり方教えちゃったらつまらないもの」
「つまらないって……お前なあ……」
くすりとそいつの口から鈴が転がる様な笑みが零れて落ちる。優しく胸を突くような耳触りの良い声が鼓膜を揺さぶった。
「それじゃ、手。手を出して」
「手……?いいけど……どうして?」
「貰いっぱなしは駄目だって母さんに言われた事があるから。貰ったら貰った分を相手に返さないと、相手の心のコップの中が枯れちゃうんだってさ」
こいつと同じ花冠は作り方を知らないから駄目だ。作れない。首飾りも花冠と似たようなものだから無理。
じゃあ、今の俺でも作れるものは?これぐらいなら、俺にも作れる。
「……はい、出来た」
「わぁああ……これ……お花の指輪?」
指輪と言ってもさっき摘んだ蓮華の花をこいつの指に巻いただけだけど、手を日差しに翳して喜んでいる姿を見ると作ってよかったと思う。心の奥にほんのり灯りがともったような……そんな気がした。
「……っと、そろそろ行かねえと図書館がしまっちまう。この本の返却日今日までなんだよ」
「図書館?あなた、本が好きなの?」
「ん、そう。俺、図書館が好きなんだよ。あそこなら色々と本が読めるだろう?司書さん達が少し変わってるんだけどな、あの図書館」
底がない青空に向って背筋と両腕を伸ばす。ごうっと季節の悪戯のような風が傍らを通り過ぎて行った。
「あっ、お前っていつもここにいるの?」
「いつもってわけじゃないけど……どうして?」
「お前も本好きなのかなーって、そう思ったんだ」
両の掌を上に翳して、風に舞う花びらを一片、掴んだ。
「俺の名前はウラノス。なあ、また一緒に遊ばないか?友達になろう」
≪ウラノス・ガッドラー≫
神が私達に伝える福音を通して、あなた方を招いて下さったのもその為であり、あなた方が私達の主の栄光にあずかる事が出来る為なのです。
ですから、兄弟の皆さん。しっかりと立ち、私達の説教や手紙を通して学んだ教えを固く守りなさい。
どうか、私達の主ご自身と私達を愛し、永遠の励ましと素晴らしい恵みを与えて下さった私達の父である神が、あなた方が善い業に励み、善い言葉を語る時はいつも、あなた方の心を励まし、強めて下さいますように。
【テサロニケの人々への第ニの手紙 第2章】
あいつの姿を始めてみた時の感情は今でもよく覚えている。様々な春の、霞みがかり薄ぼやけ色付いた色彩の世界の中でそこだけぽっかりと違う空気が漂っていたような、そんな風に見えたんだ。競うように、言い換えれば鬱陶しいぐらい萌え上がる色の中で一点、そこに目を奪われた。
……理由なんて知らない。でも目を奪われたんだ。そして、こう思った。近付いてみたいって。
「……お前妖精か?本に出てくるみたいな」
好奇心か自分の無知ゆえか、俺はそいつに近付いて言葉を紡いでいた。この不思議な色を持った女の子と話してみたいという単純な欲求が、自分の口を動かしていた。
妖精。……そうだ、こいつは妖精なんだ。街で見掛けるフェアリー族ではなく俺が図書館から借りた空想小説に出てくるような超自然的な存在―……自然物に宿る精霊。
少し考えればこいつもただのフェアリー族だって分かるのに、この時の自分は本気でそう信じていたんだ。確信していた。こいつは花の精霊だと。
俺に気付いているんだかいないんだか、話し掛けられているというのにそいつは顔を上げる事もせず黙々と器用に指を動かし続けていた。手元にある桃色の蓮華の花を一つ摘まみ、上手に編込んでいく。何か作っているようだ。
「……お前、一人なのか?一人で何を作ってるんだ?」
「お母さんを待っているの。私もついて行っても良かったんだけど、蓮華のお花が綺麗でしょ?だから、わがままを言って私だけここに残ったの」
「ふ~~ん……確かにここ、綺麗だけどさ」
どうやら無視をされていたわけではなかったらしい。相変わらずそいつの目線は自分の手元に置かれていて、一向にこちらへ向けられることはないが、ちゃんと言葉が返って来た事に一人そいつにバレないように胸を撫で下ろす。
「それ……花冠か?」
「そうだよ。私ね、こういうの上手なの」
「ふう~ん……そうなんだ」
何の気なしにそいつを真似て一本、手元に咲いていた蓮華草を詰みクルクルと指先で遊ぶようにして目の前で回した。確かに……ピンク色で綺麗な花なんだとは思う。でも、やっぱり自分は本に並んだ文字を見ている方がしっくりくる。
「……ん?」
「はい!出来たからあなたにあげるね。ふふふっ……ねえ、言ったでしょ?私、花冠を作るの上手なんだよ、って」
彼女の丸い、大きな瞳がその言葉と共に緩く弧を描く。彼女の背中にある名も知らない花の羽根が春の風を受けて楽し気に揺れていた。
彼女の周りだけやはり空気が違っていたんだ。淡い色の風が包んでいるような―……そんな気がした。それまで普通に息をしていた周りの空気が不意に別の気体に変わった気がして……不思議な感覚だった。
「……どうしたの?花冠、もしかして嫌いだった?」
「そういうわけじゃないけど……あんたの方が似合うんじゃないかってそう思ったから」
浅く頭の上に乗せられた花冠をそっと外し、そいつの頭の上に乗せれば、そいつは驚いた様に数度大きな瞳を瞬かせた。今思えば失礼な事をしたんだろうけど、本当にそう思ったんだ。俺よりもこいつの頭の上にあった方が似合う、って。だってこいつは花の精霊だから。花冠を乗せて微笑んでいるこいつは文字通り、春の王女か何かに思えたんだ。
「……うん。やっぱりあんたの方が似合ってる」
そっと手を伸ばしてそいつの頬に触れれば、少しひんやりとした感覚が手の平を通じて伝わって来て―……精霊にもこうして普通に触ることができるんだななんてぼんやり考えていたんだ。結論として、こいつは精霊でも何でもなく俺と同じ人間だったからこうして触る事が出来たわけだけど。
「へへへ……ありがとう。でも、私が貰っちゃったらあなたの分がなくなっちゃう。……もう一つ作る?」
「それじゃあ、俺が貰いっぱなしになっちゃうだろう?……教えてくれれば自分で編むよ」
「えーヤダー!やり方教えちゃったらつまらないもの」
「つまらないって……お前なあ……」
くすりとそいつの口から鈴が転がる様な笑みが零れて落ちる。優しく胸を突くような耳触りの良い声が鼓膜を揺さぶった。
「それじゃ、手。手を出して」
「手……?いいけど……どうして?」
「貰いっぱなしは駄目だって母さんに言われた事があるから。貰ったら貰った分を相手に返さないと、相手の心のコップの中が枯れちゃうんだってさ」
こいつと同じ花冠は作り方を知らないから駄目だ。作れない。首飾りも花冠と似たようなものだから無理。
じゃあ、今の俺でも作れるものは?これぐらいなら、俺にも作れる。
「……はい、出来た」
「わぁああ……これ……お花の指輪?」
指輪と言ってもさっき摘んだ蓮華の花をこいつの指に巻いただけだけど、手を日差しに翳して喜んでいる姿を見ると作ってよかったと思う。心の奥にほんのり灯りがともったような……そんな気がした。
「……っと、そろそろ行かねえと図書館がしまっちまう。この本の返却日今日までなんだよ」
「図書館?あなた、本が好きなの?」
「ん、そう。俺、図書館が好きなんだよ。あそこなら色々と本が読めるだろう?司書さん達が少し変わってるんだけどな、あの図書館」
底がない青空に向って背筋と両腕を伸ばす。ごうっと季節の悪戯のような風が傍らを通り過ぎて行った。
「あっ、お前っていつもここにいるの?」
「いつもってわけじゃないけど……どうして?」
「お前も本好きなのかなーって、そう思ったんだ」
両の掌を上に翳して、風に舞う花びらを一片、掴んだ。
「俺の名前はウラノス。なあ、また一緒に遊ばないか?友達になろう」
≪ウラノス・ガッドラー≫
