日常交流

兄弟達、マケドニアの各地の教会に与えられた神の恵みについてあなた方に知らせましょう。

その恵みとは苦しみによって激しい試練の内にあっても彼らの喜びが溢れ、また極度の貧しさが溢れ出て、人に惜しみなく与える豊かな心をもたらしたという事です。

つまり、私がその証人なのですが、彼らは力に応じて、いや、力以上に自分から進んで聖なる人々に対する「援助」の奉仕に参加させてもらいたいと、私達にしきりに願い、また、私達の期待以上に神のみ旨に従って、まず、主に対して、そして私達に対しても身を奉げてくれました。

そこで、この「援助」をあなた方の間で始めたのは、それをやり遂げてほしいと、私達はテトスを促したのでした。

あなた方は信仰、言葉、知識、あらゆる面での熱心さ、私達から受けた愛など、全ての事において豊かなのですから、この「援助」においても豊かな者となって下さい。


【コリントの人々への第二の手紙 第7章】






「あら~着地に失敗しちゃったわ。あらあら、あなたそんなところでどうしたの?」


今日、初めて出会った見知らぬその人は、私がさっきまで飛んでいた空とは真逆の色彩を持っていた。


「……キミ、危ないじゃないか、そのきれいな翼が折れたりしたら大変だろう?……って、あのー……キミ?」


「ごめんね~……降りてくる途中であなたがいるのには気付いたから減速しようとはしたんだけど間に合わなかったみたいなの~。怪我は~……う~ん……ぱっと見た限りないみたいだけど大丈夫~?」


「あ、あの~……ボクの話を聞いてます?」


「ちゃ~んとお耳はあるから聞えてるわよ~」


逸らされた顔を両手を使いグイッ!っと自分の真正面へと戻し、ぺたりぺたりと彼の顔から腕、背中、足に順番に触れて、どこか擦り剥いていないか、折れていないかを探る。医療は専門ではないけれど、一年の半分近く家を空ける生活を数年も続けていれば最低限の手当ての心得は自然と身に付くものでー……


「あの~……」


「う~ん……外見上は大丈夫みたいだけれどお洋服を汚しちゃったわね。このへん湖が多いでしょ?どうしても道がぬかるんでる所が多いのよ~。まあ、下がぬかるんでたおかげでクッションになってくれたんだろうけどぉ~……」


「あの~……ずっと上に乗っていられると困るというか……」


「あら~重い~?」


「いや……重いというか……その……女性が男の上にずっと乗っているというのはだね……」


昼の空とは真逆の色をした彼の瞳がその言葉と共に左右に忙しなく動く。先程一瞬見せた余裕はどこへやら……パクパクと酸素を求める魚のようにまごつき口を動かしている彼はー……そうね、言い方は少し失礼かもしれないけど、いいえ、かなり失礼だけど……


「ふふっ……ふふふっ……おかしい~……ふふふっ」


「お、おかしい?ボクが、かい?」


「だって~あなたの慌てぶり、面白いんですもの。湖のお魚みたいで……ふふふっ」


自分のお腹を両手で押えた。肩が震えてしまう。一度出てしまった笑いをすぐに抑えるのは結構難しくって……私はしばらく笑っていたの。呆けた様に私を見つめている名前も知らない男の人のお腹の上にまたがりながら。


「ふふっ、ごめんなさい。私はムハ。ムハっていうの。立てるかしら?」






『日溜りが渡る風を暖めていました。風の丘をお日様が照らして、緩んだ春の空気を風が運んでいます。窓の下の風の道では枯れた草が揺れていました。踊るように。枯草の下に若い緑の芽がちらりと恥ずかしそうに控えめに顔を出していました』


「……すみません。服までお借りしてしまって」


「いいのよ~汚しちゃったのは私ですもの~でも、良かった~それ父の服だけどサイズそこまで違わなかったみたいで。お湯加減はどうだった?」


「……さっぱりしたよ」


「そう?ならよかったわ~」


透明だった水入れの中の水が薄い青色へ姿を変える。カチャリ、カチャリと水入れの中で円を描くように筆を洗って、洗った筆を持ったままぐるりと椅子ごと回り振り返った。


「家の近くでよかったわ~。あっ、さっきも言ったけれどここは私の家だから遠慮しなくていいわよ~。一緒に住んでいる彼女も今は旅に出ていて帰ってきていないみたいだし」


「……住んでいるというわりにはあまり生活が感じられない家だね。ここは」


「そうね~……私も彼女も少なくとも一年の三分の一はここにいないもの~長いと半年ぐらいかしら?旅によく行くから家を空ける時間も長いのよ~」


「……旅人なのかい?キミも?」


「う~ん……どうかしら?私には帰る場所があるもの。帰る場所を知っている。旅人さん達みたいに根無し草ってわけでもないの」


唇を少し尖らせてキャンバスも水彩紙もない空中でくるり、と利き手に持った筆を動かす。その問いに何と答えるのが正解か、ちょっと自分でも分からないのよね。


「私が帰る場所はここ。生まれ育ったこの土地。彼女と一緒に暮らしているこの家。そしてー……」


「そして?」


「そして、今日、私があなたの上に空から落ちて出会った場所よ」


唇が自然な弧を描く。少しだけ目を開いた彼とは逆に私は瞳を細めた。筆の穂先とは逆の柄を自分の唇の下ににぴとりと付けて。

私は旅人ではない。だって、旅人は帰る場所を持たないけれど私は持っているもの。

私が生まれて父と共に過ごし、鳳翔と一緒に暮らしているこの家が私の帰る場所。今までも、そしてこれからも、ね。


『オルゴールの黄金の音が煌めく湖畔の空へと溶けていきます。湖を渡って届いた溜息は風の丘へと帰って行きました』


「今日はよく晴れているし風も吹いているから夕方までには洗ったあなたの服も乾くと思うの。だから、それまでゆっくりしていって。買い出しにまだ行っていないから大したものは出せないけど。あとで買い物にも行かなくちゃいけないわね~鳳翔が帰って来た時に何もない状態じゃ彼女、がっかりしちゃうもの~」


描きかけの水彩絵と書き掛けの文章を机の上に並べて筆を置く。うん……っと凝りをほぐすように両手を木の天井に向って思い切り伸ばせばじんわりとした感覚が腕から背中へと順番に伝わっていく。


「今お茶を淹れるわ~旅先で買って来たものがあるから。そこの椅子に座って待っててね~」


≪カサンドラ・ムハ≫
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