第5節 サウィン祭
お嬢さん。お嬢さん。こんなに急いで何処行くの。
素敵な髪を結んだリボンにレースを飾ったスカートが
お嬢さんについてこれずにあえいでる
サウィンよサウィン。サウィンの祭りよ。
貴方はご存じないかしら?
ほらほらあそこに南瓜頭猫<パンプキンキャット>
サウィンの祭りにメアウと鳴くお祭り猫さん
お化けもヒトもなにもかも壁が溶けて混じり合う
そんな素敵なお祭りよ
存じてるとも存じてるもの
お嬢さん。
けれどもパパとママは何時でも言う
暗い夜道に一人はいけない
南瓜頭猫はメアウと鳴いた
ここは闇夜の無法地帯
お嬢さんは一人きり
私と君で二人きり
/古代図書館所蔵
ルイス・エルツ著『サウィンとその前後における神隠しに関する考察』より抜粋
夏の熱がすっかりと拭い去られて、ささやかな花の香りと枯れ葉の臭いが入り混じると秋の到来を実感する。
夜鷹一蔵はその秋の空気を吸い込みながらいつも通り職場へと向かっていた。時期はサウィン祭の真っただ中であり、馴染みの店、そうでない店、民家に至るまでサウィン色にデコレーションされていた。まだ朝早い時刻なので、まだ人はまばらだがきっと思い思いの仮装をした人達で通りは溢れるのだろう。
「お祭りは何時だって楽しいものです」
ただし、サウィン祭は色々な何かが不安定になる。こういう時期の“儀式”は成功率が高く効果も望めるから、“そういう人たち”も多くなるというのも必然であり、禁書を専門とする夜鷹の職場・古代図書館では不正持ち出しの件数も高くなり、職員にとっては頭の痛い時期でもある。
今年は何事もないと良いな
と思いながら夜鷹は古代図書館の門をくぐった。
「えっと……ヴァシュタールさん、何をされているのですか」
自分よりも先に仕事場に着き、鼻歌を歌いながら大量の書類を運んでいる年上の後輩、スレドニ・ヴァシュタールに、夜鷹は挨拶の言葉も忘れて問いかけていた。
ヴァシュタールが書類を運び出しているのは間違いなく自分の―整理が行き届かず山脈が形成されていた―デスクであったからだ。その山脈の構成要素である書類をヴァシュタールは軽やかに選別し、あるものはゴミ箱へ、あるものはファイルへと的確に分けていく。ヴァシュタールは夜鷹の姿を認めると、鼻歌を中断し
「おはようございます。夜鷹先輩」
と書類を抱えたまま優雅に一礼した。
「あ、はい。おはようございます……ではなくて、あのひょっとして、ひょっとしなくても僕の机のお掃除をされてます?」
ヴァシュタールはきょとんとしてから、至極当然という口調で、
「ええ、いけませんでしたか?」
と言った。
「いえ、いけないというか……申し訳ないです」
「しかし、失礼ながら先輩のデスク、かなり悲惨な事に。現に私が今持っている束、確認した所3年前の物でしたよ」
「う、その……ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
夜鷹は整理整頓が苦手だ、苦手を通り越して才能がないといっても過言ではない。蔵書の整理は好きだし得意なのだが、整理整頓の対象が本から書類やらなにやらに変わっただけでどうしてこんなにも難しくなるのだろう。この職業に就いてから考え続けていることに答えは出そうにない。
「まあまあ、先輩は本の整理には非凡な才をお持ちですから」
夜鷹の心を読み取ったようにヴァシュタールが慰めの言葉を掛ける。この後輩は言葉のかけ方から声の調子まで、台本に指定されているとでもいうように最適だ。
「スレドニさん、一蔵さんも、そろそろ開館ですよ。もう他の皆さんも揃ってますから、準備とじゃれ合いは程ほどに」
涼やかな女性の声が通る。眼鏡を掛けた知的な美女の名前はロシオ・ガーランドといい、この図書館の受付嬢だ。いつも落ち着いた雰囲気で、華奢な様子に似合わず不正持ち出しを何人かのしている、正しく古代図書館の職員だ。なんとなく逆らい難い雰囲気がありヴァシュタールも彼女の前では少し大人しい。……多分。
「これはガーランド女史、もうそのような時間でしたか」
ヴァシュタールの大仰な仕草に、ガーランドはくすりと笑う。
「ええ、一蔵さんのお世話もいいですが、来館者のお世話もなさってくださいね。私たちのお仕事軽減のためにも」
「仰せのままに」
「お願いしますわ」
ガーランドはピンヒールの硬質な音を立てて受付へ戻っていくが、何かを思い出したように振り返った。
「あ、それから。受付にお菓子が用意してありますから、お手隙の際にお摘みくださいな」
「ああ、そう言えば」
「ええ、サウィン祭、ですよ」
空間から滲み出るように南瓜頭猫の幻影が現れて、「メアウ」と鳴いた。
素敵な髪を結んだリボンにレースを飾ったスカートが
お嬢さんについてこれずにあえいでる
サウィンよサウィン。サウィンの祭りよ。
貴方はご存じないかしら?
ほらほらあそこに南瓜頭猫<パンプキンキャット>
サウィンの祭りにメアウと鳴くお祭り猫さん
お化けもヒトもなにもかも壁が溶けて混じり合う
そんな素敵なお祭りよ
存じてるとも存じてるもの
お嬢さん。
けれどもパパとママは何時でも言う
暗い夜道に一人はいけない
南瓜頭猫はメアウと鳴いた
ここは闇夜の無法地帯
お嬢さんは一人きり
私と君で二人きり
/古代図書館所蔵
ルイス・エルツ著『サウィンとその前後における神隠しに関する考察』より抜粋
夏の熱がすっかりと拭い去られて、ささやかな花の香りと枯れ葉の臭いが入り混じると秋の到来を実感する。
夜鷹一蔵はその秋の空気を吸い込みながらいつも通り職場へと向かっていた。時期はサウィン祭の真っただ中であり、馴染みの店、そうでない店、民家に至るまでサウィン色にデコレーションされていた。まだ朝早い時刻なので、まだ人はまばらだがきっと思い思いの仮装をした人達で通りは溢れるのだろう。
「お祭りは何時だって楽しいものです」
ただし、サウィン祭は色々な何かが不安定になる。こういう時期の“儀式”は成功率が高く効果も望めるから、“そういう人たち”も多くなるというのも必然であり、禁書を専門とする夜鷹の職場・古代図書館では不正持ち出しの件数も高くなり、職員にとっては頭の痛い時期でもある。
今年は何事もないと良いな
と思いながら夜鷹は古代図書館の門をくぐった。
「えっと……ヴァシュタールさん、何をされているのですか」
自分よりも先に仕事場に着き、鼻歌を歌いながら大量の書類を運んでいる年上の後輩、スレドニ・ヴァシュタールに、夜鷹は挨拶の言葉も忘れて問いかけていた。
ヴァシュタールが書類を運び出しているのは間違いなく自分の―整理が行き届かず山脈が形成されていた―デスクであったからだ。その山脈の構成要素である書類をヴァシュタールは軽やかに選別し、あるものはゴミ箱へ、あるものはファイルへと的確に分けていく。ヴァシュタールは夜鷹の姿を認めると、鼻歌を中断し
「おはようございます。夜鷹先輩」
と書類を抱えたまま優雅に一礼した。
「あ、はい。おはようございます……ではなくて、あのひょっとして、ひょっとしなくても僕の机のお掃除をされてます?」
ヴァシュタールはきょとんとしてから、至極当然という口調で、
「ええ、いけませんでしたか?」
と言った。
「いえ、いけないというか……申し訳ないです」
「しかし、失礼ながら先輩のデスク、かなり悲惨な事に。現に私が今持っている束、確認した所3年前の物でしたよ」
「う、その……ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
夜鷹は整理整頓が苦手だ、苦手を通り越して才能がないといっても過言ではない。蔵書の整理は好きだし得意なのだが、整理整頓の対象が本から書類やらなにやらに変わっただけでどうしてこんなにも難しくなるのだろう。この職業に就いてから考え続けていることに答えは出そうにない。
「まあまあ、先輩は本の整理には非凡な才をお持ちですから」
夜鷹の心を読み取ったようにヴァシュタールが慰めの言葉を掛ける。この後輩は言葉のかけ方から声の調子まで、台本に指定されているとでもいうように最適だ。
「スレドニさん、一蔵さんも、そろそろ開館ですよ。もう他の皆さんも揃ってますから、準備とじゃれ合いは程ほどに」
涼やかな女性の声が通る。眼鏡を掛けた知的な美女の名前はロシオ・ガーランドといい、この図書館の受付嬢だ。いつも落ち着いた雰囲気で、華奢な様子に似合わず不正持ち出しを何人かのしている、正しく古代図書館の職員だ。なんとなく逆らい難い雰囲気がありヴァシュタールも彼女の前では少し大人しい。……多分。
「これはガーランド女史、もうそのような時間でしたか」
ヴァシュタールの大仰な仕草に、ガーランドはくすりと笑う。
「ええ、一蔵さんのお世話もいいですが、来館者のお世話もなさってくださいね。私たちのお仕事軽減のためにも」
「仰せのままに」
「お願いしますわ」
ガーランドはピンヒールの硬質な音を立てて受付へ戻っていくが、何かを思い出したように振り返った。
「あ、それから。受付にお菓子が用意してありますから、お手隙の際にお摘みくださいな」
「ああ、そう言えば」
「ええ、サウィン祭、ですよ」
空間から滲み出るように南瓜頭猫の幻影が現れて、「メアウ」と鳴いた。
