日常交流
そこで兄弟達、私達はあなた方の所へ行って異言を話すとしても、啓示か知識か預言か教えかによって話すのでなければ、私はあなた方に何の役に立つのでしょうか。
笛であれ、竪琴であれ、命のない楽器が音を立てるとしても、その音に変化をつけなければ何を吹いているか、何を弾いているのか、どうして分かるでしょうか。
また、ラッパははっきりとした音を出さなければ、誰が戦いの準備をするでしょうか?
同じようにあなた方も異言で話す場合、はっきりと意味が分かる言葉を口にするのでなければ、何を話しているかどうして分かってもらえるでしょうか。それは空に向かって話している事になるからです。
この世にはその数も分からないほど多くの種類の言語があるでしょうが、一つとして意味のないものはありません。
もし、私がその言葉の意味を知っていないなら、話している人は私にとって他国の者であるという事になるでしょう。
同じようにあなた方も霊の賜物を熱心に求めているからには、教会を造り上げる為に賜物を豊かに戴くように努めなさい。
【コリントの人々への第一の手紙 第14章】
三回手の裏を使い木の扉を叩けば、当然だが三つ乾いた音が返って来る。部屋に本当にいないのか居留守を使われているのかー……返ってこない返事にそんな考えが瞬間過ったが、それは杞憂だとすぐに分かった。
木の扉越しに少しくぐもった声が聞こえた。扉を叩いてから少し間をあけて返された言葉。戸の鍵を内側から開き現われた女の瞳に俺の姿が映ると同時に彼女の瞳が大きく縦に見開いていく。
「誰かと思えば……お前か……私に何の用だ……」
「出掛けるぞ。前にも言ったと思うけどお前流石に部屋に籠り過ぎだ。テレーズさんやアガタさん達も心配してんだぞ?……それに俺もちょっと街に用があるしな。付き合ってくんねーか?」
「あ、ああ……。でも、いいのか……その……私が付いて行っても……」
「言っただろう?お前に付き合ってほしいって。それにお前と出掛けたくないならわざわざこうしてお前の部屋の前まで来ない。……よっと……」
「あっ……」
「……俺ので悪いけど、まあ今回はそれで我慢してくれ。この前あんたに買ってやったストールじゃ薄手過ぎて、春や秋ならまだしもこの時期だと寒過ぎる」
「……このマフラー……お前の……」
自分の首に巻いていたマフラーを解き彼女との距離を一歩詰めて細い首に緩く巻き付けた。男物だからだろうか、華奢で色白な彼女が付けるとどこかマフラーが浮いて見える。この女の髪や瞳が艶やかな金や青だからっていうのも理由なんだろうけど。
「これでよし……と。苦しくないか?」
「……う、うん……」
「……ん?顔赤いな……本当に苦しくないか?」
部屋より廊下が寒いからかだろうか?巻いたマフラーに顔を埋めて一言小さく言葉を紡ぐ彼女を確認するために覗き込めば、そのままぷいっと顔を横へ向けられてしまって……そんな彼女が見せた仕草に湧いて来た感情の名前は以前のような怒りではなかった。
「な……なんで笑うの」
「いや、本当に素直じゃねーなって思っただけだ。じゃ、行くか。今日はまだ暖かい日みたいだけど寒くないようにしろよ。それに休日で人も多いしな」
「あっ……」
了承を待たずに取った手は分かっていたが細く、そして予想していたものより温かいものだった。
素直じゃない。最初この女と出会った時も同じ事を思ったはずなのに……何故だろうか?あの日は可愛げの欠片もないと思ったはずなのに今は真逆に見えた。
++++++++++++++++++++++
「……いいのか……本当に私がこの服を貰っても…本当に……」
「ずっとその服ってわけにもいかないだろ?お前、貴族だろうからその服もあまりいいものに思えないだろうけど、俺の手持ちの金じゃその辺が限界だ。我慢してくれ」
冬の白い午後の光が冷え切っていた空気を暖め弛緩させていた。いつか二人で一緒に来た丘の上で、あの日とは違う時間の空を見上げあの日とは違う風を頬に感じていたんだ。
あの日と同じようにこいつと二人で。二人で古い町並みを見下ろしていたんだ。咽返る様な黄昏の中で芋を食べた時みたいに。
「ほら、もうちょっとこっちに来いよ。こっちの方が見晴らしがいいぞ。お前も一回ここに来てるから分かるだろ?」
「……な……んで……」
「なんでお前は……私に構う……私が大丈夫だと言っても……突っぱねても私の心配をしてくれるの?」
「はあ?そんなの当然だろ?変な奴だな」
朝の張り詰めた空気とは違う伸びきった空気が俺達の間を吹き抜け通り過ぎていく。さっき買ったばかりの服が入った紙袋を両手に抱え、俯き、そしてそんな事を口にしたこいつの真意が読めず、俺は首を横へと倒した。
「……どうして当然だと言い切れるんだ。お前こそ変な奴じゃないか」
「俺がこうしたいからこうしてるんだ。それに丁度いいだろ?俺もお前も変人同士ってことだしな。……少なくとも俺にはお前が悪い奴には見えない。思えない」
確かに俺はこいつの事を知らない。こいつが俺の事を知らないように。伝える事も知る事も怠り投げ出していたからな。俺が知っている事はこいつが貴族である事と人一倍素直でないと言うことだけだ。
……そう。俺は何も知らない。親友だと思っていたルフィールについて分かっていたと思い込んでいたように。リックについて分かっているつもりのように。俺は何も……知らない。
「俺は確かにお前について何も知らない。伝える事も知る事もしないでずるずるここまで来ちまったからな。……逆に尋ねるけど、じゃあ、どうしてお前は今こうしてここにいるんだ?突っぱねもしないで」
信じているからなんてそんな薄っぺらでうすら寒い事を言うつもりは毛頭ない。手放しで全てひっくるめて信じるには俺達は互いの事を互いに知らな過ぎるから。
「……思うんだよ。お前の事を知らないけど、それでもお前は悪い奴じゃないって」
「……そんな事……分からない……明日……ううん、今この瞬間にでも私はお前にとっての悪い奴になるかもしれない」
「その時はただたんに俺に見る目がなかっただけだ。たとえそうだとしてもお前のせいじゃない」
互いに住む世界が違うなら間に線を引いて互いの領域に踏み込まなければいい。それが最適解な場合もあるだろう。
『アル。君の言う”民”というのは君達の様なー……君達の言葉で言う”持たざる者”のことだよね?……でも、”持つ者”は?僕達の様な貴族はこの国の民ではないの?』
「前に言われた事があるんだよ。”僕達のような貴族はこの国の民じゃないのか”、って。そいつは貴族だけど……いい奴だ。俺には勿体ないぐらいいい奴だ。持つ者と持たざる者……あいつが言った事を全部理解してるわけじゃないが、それでもそれを言われた直後に比べたら少しは分かって来たつもり、だ」
線引きする事は簡単だ。現に今まで俺はこの女との間に線を引いて来た。住む世界が違う。価値観が相容れないと。けれど……
「知りたいと思った」
「……世界を、か……?」
「違う。お前の事を、だ。線を引くのはそれからでも遅くないだろう?……教えてくれ。お前の事を」
≪アルフォート≫
笛であれ、竪琴であれ、命のない楽器が音を立てるとしても、その音に変化をつけなければ何を吹いているか、何を弾いているのか、どうして分かるでしょうか。
また、ラッパははっきりとした音を出さなければ、誰が戦いの準備をするでしょうか?
同じようにあなた方も異言で話す場合、はっきりと意味が分かる言葉を口にするのでなければ、何を話しているかどうして分かってもらえるでしょうか。それは空に向かって話している事になるからです。
この世にはその数も分からないほど多くの種類の言語があるでしょうが、一つとして意味のないものはありません。
もし、私がその言葉の意味を知っていないなら、話している人は私にとって他国の者であるという事になるでしょう。
同じようにあなた方も霊の賜物を熱心に求めているからには、教会を造り上げる為に賜物を豊かに戴くように努めなさい。
【コリントの人々への第一の手紙 第14章】
三回手の裏を使い木の扉を叩けば、当然だが三つ乾いた音が返って来る。部屋に本当にいないのか居留守を使われているのかー……返ってこない返事にそんな考えが瞬間過ったが、それは杞憂だとすぐに分かった。
木の扉越しに少しくぐもった声が聞こえた。扉を叩いてから少し間をあけて返された言葉。戸の鍵を内側から開き現われた女の瞳に俺の姿が映ると同時に彼女の瞳が大きく縦に見開いていく。
「誰かと思えば……お前か……私に何の用だ……」
「出掛けるぞ。前にも言ったと思うけどお前流石に部屋に籠り過ぎだ。テレーズさんやアガタさん達も心配してんだぞ?……それに俺もちょっと街に用があるしな。付き合ってくんねーか?」
「あ、ああ……。でも、いいのか……その……私が付いて行っても……」
「言っただろう?お前に付き合ってほしいって。それにお前と出掛けたくないならわざわざこうしてお前の部屋の前まで来ない。……よっと……」
「あっ……」
「……俺ので悪いけど、まあ今回はそれで我慢してくれ。この前あんたに買ってやったストールじゃ薄手過ぎて、春や秋ならまだしもこの時期だと寒過ぎる」
「……このマフラー……お前の……」
自分の首に巻いていたマフラーを解き彼女との距離を一歩詰めて細い首に緩く巻き付けた。男物だからだろうか、華奢で色白な彼女が付けるとどこかマフラーが浮いて見える。この女の髪や瞳が艶やかな金や青だからっていうのも理由なんだろうけど。
「これでよし……と。苦しくないか?」
「……う、うん……」
「……ん?顔赤いな……本当に苦しくないか?」
部屋より廊下が寒いからかだろうか?巻いたマフラーに顔を埋めて一言小さく言葉を紡ぐ彼女を確認するために覗き込めば、そのままぷいっと顔を横へ向けられてしまって……そんな彼女が見せた仕草に湧いて来た感情の名前は以前のような怒りではなかった。
「な……なんで笑うの」
「いや、本当に素直じゃねーなって思っただけだ。じゃ、行くか。今日はまだ暖かい日みたいだけど寒くないようにしろよ。それに休日で人も多いしな」
「あっ……」
了承を待たずに取った手は分かっていたが細く、そして予想していたものより温かいものだった。
素直じゃない。最初この女と出会った時も同じ事を思ったはずなのに……何故だろうか?あの日は可愛げの欠片もないと思ったはずなのに今は真逆に見えた。
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「……いいのか……本当に私がこの服を貰っても…本当に……」
「ずっとその服ってわけにもいかないだろ?お前、貴族だろうからその服もあまりいいものに思えないだろうけど、俺の手持ちの金じゃその辺が限界だ。我慢してくれ」
冬の白い午後の光が冷え切っていた空気を暖め弛緩させていた。いつか二人で一緒に来た丘の上で、あの日とは違う時間の空を見上げあの日とは違う風を頬に感じていたんだ。
あの日と同じようにこいつと二人で。二人で古い町並みを見下ろしていたんだ。咽返る様な黄昏の中で芋を食べた時みたいに。
「ほら、もうちょっとこっちに来いよ。こっちの方が見晴らしがいいぞ。お前も一回ここに来てるから分かるだろ?」
「……な……んで……」
「なんでお前は……私に構う……私が大丈夫だと言っても……突っぱねても私の心配をしてくれるの?」
「はあ?そんなの当然だろ?変な奴だな」
朝の張り詰めた空気とは違う伸びきった空気が俺達の間を吹き抜け通り過ぎていく。さっき買ったばかりの服が入った紙袋を両手に抱え、俯き、そしてそんな事を口にしたこいつの真意が読めず、俺は首を横へと倒した。
「……どうして当然だと言い切れるんだ。お前こそ変な奴じゃないか」
「俺がこうしたいからこうしてるんだ。それに丁度いいだろ?俺もお前も変人同士ってことだしな。……少なくとも俺にはお前が悪い奴には見えない。思えない」
確かに俺はこいつの事を知らない。こいつが俺の事を知らないように。伝える事も知る事も怠り投げ出していたからな。俺が知っている事はこいつが貴族である事と人一倍素直でないと言うことだけだ。
……そう。俺は何も知らない。親友だと思っていたルフィールについて分かっていたと思い込んでいたように。リックについて分かっているつもりのように。俺は何も……知らない。
「俺は確かにお前について何も知らない。伝える事も知る事もしないでずるずるここまで来ちまったからな。……逆に尋ねるけど、じゃあ、どうしてお前は今こうしてここにいるんだ?突っぱねもしないで」
信じているからなんてそんな薄っぺらでうすら寒い事を言うつもりは毛頭ない。手放しで全てひっくるめて信じるには俺達は互いの事を互いに知らな過ぎるから。
「……思うんだよ。お前の事を知らないけど、それでもお前は悪い奴じゃないって」
「……そんな事……分からない……明日……ううん、今この瞬間にでも私はお前にとっての悪い奴になるかもしれない」
「その時はただたんに俺に見る目がなかっただけだ。たとえそうだとしてもお前のせいじゃない」
互いに住む世界が違うなら間に線を引いて互いの領域に踏み込まなければいい。それが最適解な場合もあるだろう。
『アル。君の言う”民”というのは君達の様なー……君達の言葉で言う”持たざる者”のことだよね?……でも、”持つ者”は?僕達の様な貴族はこの国の民ではないの?』
「前に言われた事があるんだよ。”僕達のような貴族はこの国の民じゃないのか”、って。そいつは貴族だけど……いい奴だ。俺には勿体ないぐらいいい奴だ。持つ者と持たざる者……あいつが言った事を全部理解してるわけじゃないが、それでもそれを言われた直後に比べたら少しは分かって来たつもり、だ」
線引きする事は簡単だ。現に今まで俺はこの女との間に線を引いて来た。住む世界が違う。価値観が相容れないと。けれど……
「知りたいと思った」
「……世界を、か……?」
「違う。お前の事を、だ。線を引くのはそれからでも遅くないだろう?……教えてくれ。お前の事を」
≪アルフォート≫
