日常交流

しかし、神に感謝します。神は御子において捕らえられた私達をいつも凱旋行進に加え、また御子を知るという知識の香りを、私達を通して至る所にふりまいて下さいます。

実に私達は救われる人の元でも滅びる人の元でも、神に奉げられた御子の芳しい香りです。

滅びる人にとっては死から死へと導く香りであり、救われる人にとっては命から命へと導く香りです。

このような務めに一体誰が相応しいでしょうか。少なくとも私達は多くの人がそうしているように混ぜ物をして神の言葉を売ってはおらず、純粋な動機に駆られる者として、また、神から遣わされた者として神の前で御子と一致して語っています。


【コリントの人々への第二の手紙 第2章】






星の大海の川縁で小さな青い花が揺れている。その花の横へ腰掛けて淵から流れて行く星々を見つめながら言葉を紡いだ。ここに来てから何度紡いだか分からないその言葉を。


「これが欲しいの?枯れてるけれど……それでもいい?」


怖いとか不安だとか……そういった負の感情は不思議と一切なかった。控えめに震える小さな花の上へとまた一輪、私の背中で枯れていた花が落ちて行く。


「私の羽根の花が鮮やかな赤い薔薇だったなら……太陽のように眩しい黄色のヒマワリだったならあなたをもっと喜ばせてあげる事が出来たかもしれないわね」


青い花が震える。声ない声を伴って。相変わらずここは……いっそ痛いぐらいのシジマの只中なのに……何故かしら、今、確かに馬鹿にされた気がしたの。誰に?横に咲いている、この花に。


「……自分の引き立て役になるからいい?言ってくれるわね。ふふっ……気を悪くして怒ったわけじゃないから安心して。だって、私、私の枯れた羽根嫌いじゃないんですもの」


星の大河の両岸に咲いている無数の青い花々の群生を座り膝を抱いたまま見つめて瞳を細めた。


「私の羽根は綺麗でも艶やかでもないけれど……それでもあなたがいいというなら……それはあなたが持っていて」


枯れた花の香りじゃ頼りないかもしれないけれど、それでも、それでもその弱々しい香りが死から死へと導く香りからあなた達を命から命へと導いてくれますように。


「もう行くわ。待っている人がいる……気が、するから」


さらさらと夜の大河が流れて落ちて行く。深淵の更に更に底へと向かって。河の終着点へと立って私は次の瞬間……崖の向こう側へ身を躍らせて……消えた。






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「お姉様……!カタリナお姉様……!朝ですわ!」


「ウェイ……?朝……そうか……朝、か」


「またあの夢を見ていたんですか、お姉様?お星さまの夢」


半分ほど開いた窓から吹き込む風が窓縁の真っ白な手編みのレースのカーテンを踊らせている。まだはっきりと目覚めていない目を手の甲で擦りながら、私の名前を呼ぶ彼女の名を私も呼び返した。


「おはよう、ウェイ」


「はい、お姉様!おはようございます!」


状態を起こして、いつもしているように腕を広げれば、瞬間、ウェイが胸へと飛び込んできて……満面の笑顔と共におはようと私に告げる彼女の、ぴょこんと寝癖が付いた柔らかな金の髪を梳くように片手で撫でた。


「ところでこのお花は……?ミモザ……かしら?」


「あっ!これさっき宿のフロントでイェルダお姉様からいただいたんです……!サービスですって。だから、あたし、真っ先にカタリナお姉様にもお見せしたいと思いまして……お姉様……?」


ウェイの大きな空色をした瞳がパチリ、パチリと数度瞬く。彼女の鮮やかな金の髪色に負けないぐらい明るく輝くミモザの花を彼女の髪へリボンと一緒に編込み、終わると同時にウェイの小さな背中をぽんっと叩いた。「鏡を見てみて」と言う言葉と共に。


「はわぁあああ……!お姉様……ありがとうございます……!これイェルダお姉様にも見せて来てもいいですか?」


「勿論よ。見せてきなさい。ああ、そうだ。今日のお昼は約束があるから外で食べてきますってついでにイェルダにも伝えてもらえるかしら?」


「はーい!」と一つ、元気な声と共にスカートを翻し扉の向こうへと駆けて行ったウェイの背中を見送って笑みと共に小さく息を吐き出す。

この常春の集落に私の部隊が来てからもう数日になる。見知らぬ見慣れぬ土地で皆に……ウェイに不便で辛い思いをさせやしないかと最初は不安だったんだけれど……


「……そんな事、なかったわね」


窓の外へと視線を向ければ、宿の周りの掃き掃除をしているのだろうか?この村唯一の宿の看板娘であるイェルダと楽しそうに談話しているウェイの姿があった。指先で春風を摘まんでスカートでくるりと円を描いて、リボンと共にミモザの花を揺らすウェイの様子に私の唇からまた笑みが零れて、落ちる。


「さあて……私も支度をしないとなーよっ、と……!」


少々行儀は悪いのを承知で毛布を蹴飛ばし起き上がる。彼と約束した時間まではまだまだ時間があるけれど、待たせるよりはずっといいだろう。

……鎧と剣は……必要ない。今日これから会う人はそういう人だから。


「お待たせいたしました、カタリナ様」


「いや、それほど待ったわけじゃない。私もさっき来たところだ。……座って下さい」


常春の花の香りが陶器に入れられた茶の中へと落ちて溶けていく。待ち合わせをしていた人を椅子から立ち上がり出迎えて、自分の向かい側へと座るようにと促した。


「今日は鎧も剣も身に着けていらっしゃらないんですね。こうして見るとあなたも普通の女性に見えます。初めて私の教会であなたとお会いした時は勇猛さばかりに目を取られてしまって……」


「ここでは必要がないと、そう思っただけだ。この村は穏やかで……あたたかい。争いとは無縁の土地のようだからな。……エリーゼ殿。単刀直入に言おう。今からでも遅くない……何よりあなた自身の為だ。今すぐこの国から……」


出て行ってはくれないか?

……そう続くはずだった言葉が、不意に途切れた。

テーブルを蹴飛ばし反射的にエリーゼ殿の腕を引いて庇うように背に匿った。割れた陶器のカップが空中で舞う。これは……魔法……!?


「……お迎えに上がりました、エリーゼ様。ようやく……ようやくあなたを見つける事が出来ました」


男の低い声が頭上から降って、落ちる。エリーゼ殿と常に一緒にいるテイラーの声とは違う声が。逆光の中、顔に影を落としどこか恍惚とした表情を浮かべ彼の名前を呼ぶこの男の名前はー……


≪カタリナ・アレクサンドリア≫
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