日常交流
再会
「遅刻だ」
「……はぁ?」
「だから、遅刻だって言ってんだろ!なんで起こしてくれなかったんだよ!」
「起こしてって言われてないし。ってそれ、朝ごはんもいらないってこと?そもそも、今日休みだって言ってたじゃん」
「約束してたんだよ、昔のダチと!あー……もういいや……」
時刻は午前九時半。待ち合わせの時刻は十時。
今日は仕事を休んで、遊びに行く予定があった。嫁にそれを伝え忘れた俺は、あと三十分で合流しなければいけない一方で、家で呑気に朝飯を食っていた。ここ数日、仕事が立て込んでいて休める時間が減っていたこと、そして彼女に今日の予定を伝え忘れていたこと……過ぎたものは仕方ないとはいえ、昨日の自分を恨まずにはいられない。
「うん。今日も飯がうめぇ」
「ありがと。それよりも、予定の時間ヤバくない?本当に平気なの?」
「食いながら言い訳考えてるところ。……ふぅ、ごちそうさん!いってきます!」
「こ、こらーっ!食べてすぐに運動するのはよくないんだよ!」
急いで身支度を済ませて、家を出ようとしたところで、忘れ物があることに気づいた。あいつらに渡すものってわけではないんだが、なんだ、日課ってヤツ。
家の中へ戻ってきて、彼女の柔らかな唇にキスをする。日課だ。俺よりも早く起きて朝飯を作ってくれて、仕事で疲れた日には癒してくれる。この人がいなければ、今の俺は生きていけないだろう。そんな彼女へ、感謝と愛をこめて。
「改めて。いってきます、ユエ」
背の低い彼女に身長を合わせて屈むことにも慣れた。頭を撫でて、モチベーションの栄養も例の如くいただいた。さて、今度こそ出発だ。もしかしたら今なら走ればまだ待ち合わせの時刻に間に合うかもしれない。そんな淡い期待を持ちながら……
「おっそーい、アルベル!」
淡い期待もむなしく、俺は見事に遅刻した。
誰から見ても走ってきたと分かるだろう、息を調えながら、俺は声を上げたその主を見た。両手を合わせて、盛大に叫ぶ。
「本っ当に!すまん!」
「もー、遅刻はよくないんだよ?アルベルも来ないしゼムリャも来ないから、あたしが予定間違ってるかと思ったじゃん!」
「ゼムリャ……?」
待ち合わせをしているもう一人の人物の名前が出てきたことで、改めて辺りを見渡す。が、当の本人の姿は見られなかった。お手洗いか何処かに行ってるのかと思いきや、「ゼムリャもまだ来てないんだー」というぼやきが聞こえてきた。……なんだ、俺が最後じゃなかったってことか。
「ゼムリャが先に来てないなんて珍しいな。元々あいつが企画しただろ、今回の」
「うーん、そうなんだよねー」
今日こうして待ち合わせをすることになったのは、今ここにいないゼムリャが元々言い出したものだった。というか、家に手紙が届いていたから集まった。そんな感じだ。
「は……っ!すまない、遅れた……!」
「お、噂をすれば……っ!?はぁ!?」
後ろから昔によく聞いた声がかけられたので振り向いた、瞬間。俺は目を疑った。ワンピースに、踵の高い靴、涼しさを感じられる帽子、そして……腕の中に、寝息をたてている子供。ゼムリャその人ので顔で間違いないんだが、その顔にも化粧が施されている。俺の記憶している人物とは、まるで遠い外観をしていた。
「わー!ゼムリャ、かわいいー!その子はだーれ?」
「娘だ。ルチアという。預けておく予定だったんだが、駄々こねてしまってな……」
「い、いや、アンタさ……ちょっと見ないうちに変わりすぎじゃねーか?なんというか、男性っぽさがまるでないというか」
「仕方ないだろ!旦那が着ていけって張り切ってて……!靴なんか途中で投げ出して裸足で歩きたかったくらいだ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る姿も、女性のそれだった。俺の知るゼムリャは上から下まで男物で、本人自身が男として生きてきた。久しぶりに会った彼……否、彼女は全くの別人と言っても過言ではない。そしてその別人のような彼女に対して、今回一番乗りで待ち合わせ場所にいた子……リマは、何も気になってないとばかりにきゃっきゃと喜んでいた。
「何も思わないのか、リマ……」
「だってゼムリャ、可愛いんだもん。それ以外に何もないでしょ?」
いや、まぁそうなんだけど。
つっこむ気力すら起きない。この子はそういう子だ、常に目の前を見ている。ゼムリャが今、女性として生きていることに疑問を持つことなく、ありのままの彼女を受け止めている。そこには偏見や軽蔑は一切ない。
「ま、この話は一旦置いとくか……で、せっかく久しぶりに会ったのにこんなところでダベんなくてもいいだろ?」
「それもそうだな。行きたい喫茶店があったんだ、そこで話すとしよう……あまり長居はできないだろうが」
「そっか、子供がいるもんねー。あのね、あたしケーキが食べたいな、アルベル!」
「俺に奢らせる気かよ……!?」
自身の羽をパタパタとさせて喜んでいるリマに、俺は溜め息を吐いた。確か働いてたよな、こいつ……?
「ゼムリャ、本当に可愛くなったよね~!可愛いっていうか、キレイ?」
「そ、そうか。ありがとう、リマ」
それぞれ注文の品が届いてたところで、リマがケーキを口に頬張りながら話しはじめる。俺は未だに違和感が抜けきっていなくて、コーヒーを飲みながら彼女の顔を眺めていた。それに気づいたらしいゼムリャが眉をひそめながら「やっぱり、変だろうか」と呟く。
「変、じゃねーけど……その、前の面影がなくて」
「やっぱり、そうだよな。俺自身が一番そう考えてる」
口調は相変わらず男のようなそれだ。視界に映るものが違いすぎるだけで、この人はゼムリャだ。それは分かってるんだけどな……
「も、もう俺のことはいいだろう?それよりもリマ、お前は最近どうなんだ?」
「あたし?毎日幸せだよ~!今日もね、ぺトロがあまーいパンケーキを焼いてくれたの!」
朝から甘いもの食って、まだその上に甘いもの食ってんのか……虫歯には気を付けろよ……?あと今すんげーいけすかない奴の名前出てきたけど話題に触れるだけでイライラしそうだからやめておこう。
「そうか、幸せなら何よりだ。ペトロは優秀だからな、お菓子作りも容易いだろうが……その、お前ももう十八だろう?少々甘やかせすぎてはいないだろうか?」
「んー、ペトロは優しいよ?」
「その優しさが自分の身を滅ぼすことになんだよ、リマ。あんな何を考えてるのかわかんねーような奴こそ危険だぞ」
結局堪えきれなくて口を開いてしまった。結果、リマの両の頬がぷくーっと膨れた。拗ねたか。
あの男はどうも苦手だ、本当に何を考えてるのか分かりゃしねぇ。何でリマがあの男を気に入ってるのかも理解できねぇ。したくもねぇ。考えたくもねぇ。
「アルベルは本当にペトロのことが嫌いなんだな。話せばいい人なんだが」
「……俺とあいつが普通の話してんの、想像できるか?」
「すまん。無理だ」
「だろ?」
開口一番、嫌味しか言ってこないあいつと仲良くなれというのは無理だ。死んでも話が合う気がしない。リマが幸せなのはいいことだが、相手が相手だ。妹を取られたような気がして、それだけで癪に触る。
「イライラさせる為に来たわけじゃない、お前も甘いものを食って落ち着け」
「……おう」
諭されてしまった。渋々口の中にケーキを放り込んで、味を楽しむ。うん、美味い。ユエもこんなお菓子が作れたらなぁ……
「で?そういうアルベルはどうなの、最近?」
「ん、俺か?」
甘いものを食べてすっかり機嫌も元通りなリマが、俺に問い掛けてきた。最近、か。特に問題もなく平穏な日々を送ってるって感じだが……
「あ、そうだ。言ってなかったけど結婚した」
「は!?」
ガタリ、と反応したのはゼムリャだった。その反動でずっと彼女の腕の中で寝ていた子供がうっすらと目を開けた。いや、いやいや、驚きすぎて我が子起こしちまってるじゃねーか……!
「んー……おはよー」
「……おはよう、ルチア。今お店の中にいるからね、静かに座っててくれるかな」
「……はーい」
寝ぼけ眼で目を擦りながら隣の席につく子供。可愛らしい女の子だ、今の状況も理解してないとばかりに辺りをキョロキョロしながら、時たま欠伸を漏らしている。
「話を戻す。お前、結婚したのか……?」
「いや、正直その言葉そっくりそのまま返すからな?アンタに関してはいつの間にか子供までいるしな?」
俺だって心から好きな人はいる。いちゃ悪いのかよ。
「そうか……結婚式を挙げるなら呼んでくれ。行くから」
「アルベル、ウェディングドレス着るの?」
「着ねーよ!?何で俺が着ることになってんだよ!?……まぁ、式ができるくらいの金は貯めてる途中だけど」
ゼムリャがうんうんと頷いている。自分が結婚している身だからか、興味津々といった様子だ。……改めてこういう話をするのは、何か恥ずかしいな。
「ママ、ルチアも美味しいの食べたいなー」
「ああ、そうだった。何にする?」
親子でメニューを広げて眺めている光景を見て、子供がいるってのは幸せなんだろうなと思った。ゼムリャの顔が幸せだって言ってる。男装していたのを乗り越えて、女性として生きている。なんだ、そんだけのことか。
「アルベルは子供いないの?結婚したら子供ってできないの?」
「お、おう。そろそろいい歳だからその辺も勉強してこい、リマ」
首を傾げる彼女に、俺は盛大な溜め息を吐いた。
みんな、幸せそうだった。
みんな暗い顔せず、前を向いていた。それが分かっただけでも、今回の再会は悪いものではなかった。結局リマにケーキを奢らされたが。小遣い……俺のなけなしの小遣いが……
ゼムリャの子供のこともあり、思っていたより早めの解散になった。まだ昼間の時間帯だが、家に帰って嫁とのんびり過ごすとしよう。彼女用のケーキをぶら下げて、俺は玄関を開ける。
「ただいまー」
「おかえり、早いじゃん。遅刻、大丈夫だった?」
「俺より遅い奴がいたから問題なし。楽しかったよ」
「そっか。じゃあよかった」
にっこりと笑う彼女のそれに、俺もまた笑顔になる。頭をぽんぽんと撫でて、手に持つケーキを差し出した。
「三時のおやつにでも」
「わ、いいの?」
「ユエ用に買ってきたからな。遠慮なく食え」
「……後から欲しいって言ってもあげないからね」
「心配すんな、食ってきてる。あと、そん時は」
「そん時は?」
アンタをいただけばいいだけだし。
とは、口に出さず。ケーキを独り占めせんとばかりに箱を大事そうに抱えているユエを見ていると、フッと笑いが漏れた。
「……何でもねーよ」
俺も負けず劣らず幸せ者だ。これからも彼女のことを大切にするし、絶対にこの人を幸せにする。その覚悟も責任もありきで結婚してんだ。彼女の両肩を掴んで引き寄せ、ケーキ丸ごと彼女を抱きしめる。
「……あー!今日も可愛いな!やっぱり食いてぇ!ケーキじゃなくてユエを食いてぇ!」
「ちょ、いきなり何を大声で言ってんのさ!?」
さっき瞑っていた欲を盛大に吐き出して、彼女を抱く力を強めた。体温が温かい、何度も感じてきた。この瞬間が堪らなく好きだ。
今日も俺は、幸せ者だ!
「遅刻だ」
「……はぁ?」
「だから、遅刻だって言ってんだろ!なんで起こしてくれなかったんだよ!」
「起こしてって言われてないし。ってそれ、朝ごはんもいらないってこと?そもそも、今日休みだって言ってたじゃん」
「約束してたんだよ、昔のダチと!あー……もういいや……」
時刻は午前九時半。待ち合わせの時刻は十時。
今日は仕事を休んで、遊びに行く予定があった。嫁にそれを伝え忘れた俺は、あと三十分で合流しなければいけない一方で、家で呑気に朝飯を食っていた。ここ数日、仕事が立て込んでいて休める時間が減っていたこと、そして彼女に今日の予定を伝え忘れていたこと……過ぎたものは仕方ないとはいえ、昨日の自分を恨まずにはいられない。
「うん。今日も飯がうめぇ」
「ありがと。それよりも、予定の時間ヤバくない?本当に平気なの?」
「食いながら言い訳考えてるところ。……ふぅ、ごちそうさん!いってきます!」
「こ、こらーっ!食べてすぐに運動するのはよくないんだよ!」
急いで身支度を済ませて、家を出ようとしたところで、忘れ物があることに気づいた。あいつらに渡すものってわけではないんだが、なんだ、日課ってヤツ。
家の中へ戻ってきて、彼女の柔らかな唇にキスをする。日課だ。俺よりも早く起きて朝飯を作ってくれて、仕事で疲れた日には癒してくれる。この人がいなければ、今の俺は生きていけないだろう。そんな彼女へ、感謝と愛をこめて。
「改めて。いってきます、ユエ」
背の低い彼女に身長を合わせて屈むことにも慣れた。頭を撫でて、モチベーションの栄養も例の如くいただいた。さて、今度こそ出発だ。もしかしたら今なら走ればまだ待ち合わせの時刻に間に合うかもしれない。そんな淡い期待を持ちながら……
「おっそーい、アルベル!」
淡い期待もむなしく、俺は見事に遅刻した。
誰から見ても走ってきたと分かるだろう、息を調えながら、俺は声を上げたその主を見た。両手を合わせて、盛大に叫ぶ。
「本っ当に!すまん!」
「もー、遅刻はよくないんだよ?アルベルも来ないしゼムリャも来ないから、あたしが予定間違ってるかと思ったじゃん!」
「ゼムリャ……?」
待ち合わせをしているもう一人の人物の名前が出てきたことで、改めて辺りを見渡す。が、当の本人の姿は見られなかった。お手洗いか何処かに行ってるのかと思いきや、「ゼムリャもまだ来てないんだー」というぼやきが聞こえてきた。……なんだ、俺が最後じゃなかったってことか。
「ゼムリャが先に来てないなんて珍しいな。元々あいつが企画しただろ、今回の」
「うーん、そうなんだよねー」
今日こうして待ち合わせをすることになったのは、今ここにいないゼムリャが元々言い出したものだった。というか、家に手紙が届いていたから集まった。そんな感じだ。
「は……っ!すまない、遅れた……!」
「お、噂をすれば……っ!?はぁ!?」
後ろから昔によく聞いた声がかけられたので振り向いた、瞬間。俺は目を疑った。ワンピースに、踵の高い靴、涼しさを感じられる帽子、そして……腕の中に、寝息をたてている子供。ゼムリャその人ので顔で間違いないんだが、その顔にも化粧が施されている。俺の記憶している人物とは、まるで遠い外観をしていた。
「わー!ゼムリャ、かわいいー!その子はだーれ?」
「娘だ。ルチアという。預けておく予定だったんだが、駄々こねてしまってな……」
「い、いや、アンタさ……ちょっと見ないうちに変わりすぎじゃねーか?なんというか、男性っぽさがまるでないというか」
「仕方ないだろ!旦那が着ていけって張り切ってて……!靴なんか途中で投げ出して裸足で歩きたかったくらいだ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る姿も、女性のそれだった。俺の知るゼムリャは上から下まで男物で、本人自身が男として生きてきた。久しぶりに会った彼……否、彼女は全くの別人と言っても過言ではない。そしてその別人のような彼女に対して、今回一番乗りで待ち合わせ場所にいた子……リマは、何も気になってないとばかりにきゃっきゃと喜んでいた。
「何も思わないのか、リマ……」
「だってゼムリャ、可愛いんだもん。それ以外に何もないでしょ?」
いや、まぁそうなんだけど。
つっこむ気力すら起きない。この子はそういう子だ、常に目の前を見ている。ゼムリャが今、女性として生きていることに疑問を持つことなく、ありのままの彼女を受け止めている。そこには偏見や軽蔑は一切ない。
「ま、この話は一旦置いとくか……で、せっかく久しぶりに会ったのにこんなところでダベんなくてもいいだろ?」
「それもそうだな。行きたい喫茶店があったんだ、そこで話すとしよう……あまり長居はできないだろうが」
「そっか、子供がいるもんねー。あのね、あたしケーキが食べたいな、アルベル!」
「俺に奢らせる気かよ……!?」
自身の羽をパタパタとさせて喜んでいるリマに、俺は溜め息を吐いた。確か働いてたよな、こいつ……?
「ゼムリャ、本当に可愛くなったよね~!可愛いっていうか、キレイ?」
「そ、そうか。ありがとう、リマ」
それぞれ注文の品が届いてたところで、リマがケーキを口に頬張りながら話しはじめる。俺は未だに違和感が抜けきっていなくて、コーヒーを飲みながら彼女の顔を眺めていた。それに気づいたらしいゼムリャが眉をひそめながら「やっぱり、変だろうか」と呟く。
「変、じゃねーけど……その、前の面影がなくて」
「やっぱり、そうだよな。俺自身が一番そう考えてる」
口調は相変わらず男のようなそれだ。視界に映るものが違いすぎるだけで、この人はゼムリャだ。それは分かってるんだけどな……
「も、もう俺のことはいいだろう?それよりもリマ、お前は最近どうなんだ?」
「あたし?毎日幸せだよ~!今日もね、ぺトロがあまーいパンケーキを焼いてくれたの!」
朝から甘いもの食って、まだその上に甘いもの食ってんのか……虫歯には気を付けろよ……?あと今すんげーいけすかない奴の名前出てきたけど話題に触れるだけでイライラしそうだからやめておこう。
「そうか、幸せなら何よりだ。ペトロは優秀だからな、お菓子作りも容易いだろうが……その、お前ももう十八だろう?少々甘やかせすぎてはいないだろうか?」
「んー、ペトロは優しいよ?」
「その優しさが自分の身を滅ぼすことになんだよ、リマ。あんな何を考えてるのかわかんねーような奴こそ危険だぞ」
結局堪えきれなくて口を開いてしまった。結果、リマの両の頬がぷくーっと膨れた。拗ねたか。
あの男はどうも苦手だ、本当に何を考えてるのか分かりゃしねぇ。何でリマがあの男を気に入ってるのかも理解できねぇ。したくもねぇ。考えたくもねぇ。
「アルベルは本当にペトロのことが嫌いなんだな。話せばいい人なんだが」
「……俺とあいつが普通の話してんの、想像できるか?」
「すまん。無理だ」
「だろ?」
開口一番、嫌味しか言ってこないあいつと仲良くなれというのは無理だ。死んでも話が合う気がしない。リマが幸せなのはいいことだが、相手が相手だ。妹を取られたような気がして、それだけで癪に触る。
「イライラさせる為に来たわけじゃない、お前も甘いものを食って落ち着け」
「……おう」
諭されてしまった。渋々口の中にケーキを放り込んで、味を楽しむ。うん、美味い。ユエもこんなお菓子が作れたらなぁ……
「で?そういうアルベルはどうなの、最近?」
「ん、俺か?」
甘いものを食べてすっかり機嫌も元通りなリマが、俺に問い掛けてきた。最近、か。特に問題もなく平穏な日々を送ってるって感じだが……
「あ、そうだ。言ってなかったけど結婚した」
「は!?」
ガタリ、と反応したのはゼムリャだった。その反動でずっと彼女の腕の中で寝ていた子供がうっすらと目を開けた。いや、いやいや、驚きすぎて我が子起こしちまってるじゃねーか……!
「んー……おはよー」
「……おはよう、ルチア。今お店の中にいるからね、静かに座っててくれるかな」
「……はーい」
寝ぼけ眼で目を擦りながら隣の席につく子供。可愛らしい女の子だ、今の状況も理解してないとばかりに辺りをキョロキョロしながら、時たま欠伸を漏らしている。
「話を戻す。お前、結婚したのか……?」
「いや、正直その言葉そっくりそのまま返すからな?アンタに関してはいつの間にか子供までいるしな?」
俺だって心から好きな人はいる。いちゃ悪いのかよ。
「そうか……結婚式を挙げるなら呼んでくれ。行くから」
「アルベル、ウェディングドレス着るの?」
「着ねーよ!?何で俺が着ることになってんだよ!?……まぁ、式ができるくらいの金は貯めてる途中だけど」
ゼムリャがうんうんと頷いている。自分が結婚している身だからか、興味津々といった様子だ。……改めてこういう話をするのは、何か恥ずかしいな。
「ママ、ルチアも美味しいの食べたいなー」
「ああ、そうだった。何にする?」
親子でメニューを広げて眺めている光景を見て、子供がいるってのは幸せなんだろうなと思った。ゼムリャの顔が幸せだって言ってる。男装していたのを乗り越えて、女性として生きている。なんだ、そんだけのことか。
「アルベルは子供いないの?結婚したら子供ってできないの?」
「お、おう。そろそろいい歳だからその辺も勉強してこい、リマ」
首を傾げる彼女に、俺は盛大な溜め息を吐いた。
みんな、幸せそうだった。
みんな暗い顔せず、前を向いていた。それが分かっただけでも、今回の再会は悪いものではなかった。結局リマにケーキを奢らされたが。小遣い……俺のなけなしの小遣いが……
ゼムリャの子供のこともあり、思っていたより早めの解散になった。まだ昼間の時間帯だが、家に帰って嫁とのんびり過ごすとしよう。彼女用のケーキをぶら下げて、俺は玄関を開ける。
「ただいまー」
「おかえり、早いじゃん。遅刻、大丈夫だった?」
「俺より遅い奴がいたから問題なし。楽しかったよ」
「そっか。じゃあよかった」
にっこりと笑う彼女のそれに、俺もまた笑顔になる。頭をぽんぽんと撫でて、手に持つケーキを差し出した。
「三時のおやつにでも」
「わ、いいの?」
「ユエ用に買ってきたからな。遠慮なく食え」
「……後から欲しいって言ってもあげないからね」
「心配すんな、食ってきてる。あと、そん時は」
「そん時は?」
アンタをいただけばいいだけだし。
とは、口に出さず。ケーキを独り占めせんとばかりに箱を大事そうに抱えているユエを見ていると、フッと笑いが漏れた。
「……何でもねーよ」
俺も負けず劣らず幸せ者だ。これからも彼女のことを大切にするし、絶対にこの人を幸せにする。その覚悟も責任もありきで結婚してんだ。彼女の両肩を掴んで引き寄せ、ケーキ丸ごと彼女を抱きしめる。
「……あー!今日も可愛いな!やっぱり食いてぇ!ケーキじゃなくてユエを食いてぇ!」
「ちょ、いきなり何を大声で言ってんのさ!?」
さっき瞑っていた欲を盛大に吐き出して、彼女を抱く力を強めた。体温が温かい、何度も感じてきた。この瞬間が堪らなく好きだ。
今日も俺は、幸せ者だ!
