日常交流

 かみさまはつくりごとかもしれません。けれどもいらっしゃるかもしれません。所詮は我々の神など我々の中にしか居ないのかも知れません。―『異教の邦で聞いた唄』

 
 ヴィクター・スコル・サクリスは、切らしてしまったいくつかの薬草を買うついでに頂き物の蜂蜜をお裾分けと、知人の家へ訪れた。
 その家は郊外の寂れた場所にあり、外観は持ち主の印象を説明するかのように、人の住む気配が感じられぬ奇妙な清潔感を持っていた。
 変わった様子のない光景に安息感を憶えながら、ノックをしようと右手を上げたところでドアが開く。
 「いらっしゃい。いつもの、ですか」
 家の主である青年が、穏やかに首を傾げた。
 「ああ、後は独り身には厳しい量の蜂蜜を貰ってしまってね。それにしても、シャン君随分とタイミングが良いね」
 「それはありがとうございます。いえ、気が付いたのはシェンですよ」
 応えるようにシャンの背後からつるりと青い魚が泳ぎ出た。この青年が飼っている空を泳ぐ魚、シェンだ。
 「賢いねシェン君」
 つるつるとサクリスの周りを泳ぐシェンを指先で軽く撫でる様子をシャンは微笑ましそうにしばし眺め、
 「さて、いつまでもそのような所に立たせるわけにもいきませんね。中へ」
 とサクリスを招き入れた。

 「新しいハーブを育ててみたので、使ってみました」
 硝子製のポットからカップへ注がれる茶からふわりと香気が上がる。サクリスは香りを堪能してから、持ってきた蜂蜜を少し垂らし口にした。
 「うん。美味しいよ」
 サクリスの感想にシャンは薄く笑った。
 「何よりです」
 自らも口にし、「サクリス翁の持っていらした蜜も美味しいですよ」と告げる。
 「それは良かった」
 しばし双方無言で茶菓子を摘まむ。シェンは退屈したのかシャンの影に潜ってしまった。
 「ところで、一つ質問をいいかね」
 「内容によっては」
 「貴方は神をなんだと思う」
 シャンは考えるようにして人差し指で、自分の顔に施された刺青を撫でる。
 「神様に関しましては異教の僕としては、特に貴方に申し上げる言葉は持ち合わせてはいませんよ」
 「私も大して信仰の厚さというものには胸を張れるようなものは無いよ」
 サクリスの言葉にシャンは肩を竦めた。
 「貴方が仰るのですか?それを」
 確かに自分が言う言葉の中で最も説得力のない言葉だろうと、サクリスは思いながらも「その通り。こんな老いぼれの信仰心などね」とだけ返す。 
 シャンはそのまま肩を震わせた。どうやら彼のツボに入ってしまったらしい。ひとしきり静かに笑うと、いつも通りの穏やかな顔で口を開いた。
 「では、異教徒の独り言、という事で御聞き流しください。神とかみさまは全く別の者ですよ。宗教上の神様は人間の中にしかいない幻です。だって可笑しいじゃないですか。神様などというものが僕たちに分かる形をしてるなんて」
 「そういうものかね」
 「独り言ですよ。何故またサクリス翁はそのような事を気にされたのです」
 「ただの好奇心だよ」
 シャンはじっと真意を探るようにサクリスを覗き込む。全体的に色の薄い青年の紫の瞳が爛爛と輝いているようにも見えた。
 「翁、ところでお求めの薬草は、こちらで全てですか」
 すっと興味を失ったかのようにシャンは包み紙を示す。
 「いいや、あと竜の舌も頂こうか」
 シャンは頷き裏から肉の厚い葉をいくつか採集し、そちらも包装した。
 「またのお越しを」
 「また来るよ」
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