日常交流


あなた方のうちに、百匹の羊を持っている者がいるとする。そのうち一匹見失ったなら、九十九匹を荒れ野に残して、見失った一匹を見つけ出すまで、跡を辿って行くのではないだろうか。

そして、見つけ出すと、喜んで自分の方に乗せて、家に帰り友人や近所の人々を呼び集めて言うだろう。

「一緒に喜んでください。見失った私の羊を見つけましたから」

あなた方に言っておく。このように悔い改める一人の罪人の為には悔い改める必要のない九十九人の正しい人の為よりももっと大きな喜びが天になる。

また、ドラクメ銀貨を十枚持っている女がいたとする。そのうち一枚を失くしたなら、彼女は灯火を灯して家中を掃き、それを見つけるまで念入りに探さないであろうか。

そして見つけ出すと、友達や近所の女達を呼び集めて言うであろう。

「一緒に喜んでください。失くしたドラメク銀貨を見つけましたから」

あなた方に言っておく。このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の使い達の間に喜びがある。


【ルカによる福音書 第14章】






「おい……なんだこれは……」


「あっ!おばばだ~!」


「あっ、ロトおはよ~!ねえねえ見てみて!!あたしとサクヤの二人で飾りつけしたの!どうどう?綺麗っしょ?」


「数日前から二人してコソコソ何かしてるなとは思っていたが……」


口から言葉と共に零れ落ちた息が冬の朝の凍える様な大気と混ざり白い霧へと姿を変える。だいぶ古くなった脚立の上から、そしてその脚立を支えながら自分へ笑顔を向ける弟子二人を順番に見つめもう一つ息を吐き出した。

数日前からダイアとサクヤが何かを企んで人の目を盗んで準備している事に気付いてはいたが……

首を動かしぐるりと視線を巡らせれば、部屋の梁に沿う様に色とりどりのモールやリボン、木の実、アイシングクッキーが無数飾られていた。そして、今、私の目の前で弟子達が用意しているのはモミの木だ。


「あたしの魔力込めた石も飾っちゃえ!ぺかー!って光るよ!……一日だけだけどね。あ、と、は!てっぺんに星を乗せて……出来た~!ふふふっ!我ながら会心の出来……あわわわ……!」


「キャア!ダイア!!」


「ばっか!!」


グラリ、と古びた脚立が揺れる。重力に引かれ倒れようとする脚立を反射的に掴み、サクヤと共に支え揺れが収まるよう抑え込んだ。グラリ、クラリと揺れる脚立の振れ幅が徐々に小さいものになっていく。脚立の上のダイアが息を吐くとほぼ同時に、私もサクヤも安堵の息を漏らした。


「あっぶな~落ちて尻餅つくかと思ったわ」


「そんな不安定なところでふんぞり返るからだ。言っておくが、ダイア。ここは医療施設であって孤児院じゃないぞ」


「え~……?でもちびっ子も沢山いるじゃない?ってロト~?どーこーいーくーの?」


「買い忘れたものを思い出した。昼まで戻る。飾りつけはいいがちゃんと後片付けはしておけ」


背中越しにダイアの声を聞きながら、黄色十字が背中部分に刻まれた黒いコートの前のボタンを閉め歩を踏み出す。それでもするりと入り込む冷気にぶるりと体が震え熱を生んだ。


「何よ~!せっかくあたしとサクヤでクリスマスの準備したのに!……どったの、サクヤ?急に笑い出したりして……」


「ん~?おばばってやっぱり素直じゃないな~って思ったの。じゃあ、続きやっちゃおうか!おばばが帰ってくる前に!」






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「ロトが急に来たから何があったかと思えば……つまり僕は……」


「御名答。荷物持ちだ。何せ一人じゃ到底持ちきれるとは思わなかったんでな」


朝よりは幾分暖められた大気が色付き、浮足立った街を包んでいた。死の家のあの部屋同様赤と緑に飾られた街並みを背の高い細身の男と共に歩く。大量の荷物を互いの両手に抱えながら。


「まったく……別段神聖な日だとは思わないんだがな。馬小屋で出産したというあれだって普通の家や産院で産めない”事情”があったからかもしれないだろう。父親はヨセフではないんだから」


「……と言うわりにはロトだってちゃんと準備してるじゃないか。僕を使ってまでプレゼントの買い出ししてるし」


「弟子達があそこまでお膳立てしてくれたんだ。私が何もしないわけにもいかないだろう。まあ、大したものは買ってやれなかったが」


大きな買い物袋の中から一冊、古びた革の魔導書を取り出し、表紙に刻印された文字を目でなぞる。ダイアは本の虫だからこれもすぐに読み終えてしまうだろう。……そんな事を考えると自然と笑みが零れた。ダイアだけじゃない。あの家にいる子供達の顔一つ一つ思い浮かべるたびに笑みが深くなるんだ。あの家の人間は全て私の子どもだから。


「……少し休むか。流石に重くて肩が凝る」


「ロトの分も僕が持とうか?」


「いや、少し休めば大丈夫だ。丁度そこに公園もあるしな」


乾いた風が頬と鼻先を擽った。風は冷たい木枯らしだが強いものではない。それにこの日差しのおかげ、だろうか?この時期にしては今日は寒くない。……にも拘らず自分達以外の人間が公園にいないのは大聖堂で今夜行われる舞踏会の影響か。キイイ……と擦れる様な音を立てて風が乗ったブランコが揺れていた。


「フォリー。お前は大聖堂には行かないのか?サクヤはイノと行くんだと張り切っていたぞ」


「そういうロトはどうなんだい?」


「私には仕事がある。家には軽症の者もいるが重体の者もいる。通年、な。全員を治す事は不可能だが……看護する事は出来る」


「僕も同じだよ。子供達を放って僕だけが浮かれるわけにはいかないし、バエルを一人にするわけにも……ろ、ト?これ……」


”それ”を映したフォリーの瞳が刹那、縦に大きく広がった。状況がまだ飲み込めないのだろうか、私と”それ”を交互に見つめ、震え、受け取った彼へと告げる。「やる」と、一言言葉を。

震えているフォリーの手に自分の手を重ねて、握り締めた。ポタリ、と染み一つなく晴れ渡った空から私の手の上に”雨”が落ちた。


「サンタは慌て者らしいから忙しくて今まで忘れていたんだろう。少し、他より遅くなったが……何、お前に意地悪をしていたわけじゃないさ」


「はあ……遅すぎるよねぇ。ほんと忘れん坊で慌てん坊なんだから……」


「ふふっ……そうだな。どうしようもない奴だな」


この男の事情を、私は知っている。だから用意しておいたんだ。……お前の分も、な。

お前が自分の幸せについて考える事はまだまだ難しいかもしれないが……今、この時、お前が少しでも幸せだと思ってくれていたなら、私は嬉しい。


「メリークリスマス、フォリー」


≪ロト≫
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