本編アフター 物語のその先
かの“邪悪”――ロッテ王は、最北の地にいるという。邪悪の王を討ち果たすためにアルフォートさんが王都を出発しようとしていると聞いたのは、旧教の教皇様からだった。
彼はリーダーがかつていつも着ていた外套を私に手渡して、にこりと笑う。
「きっとこれは、あなたが持っているのが一番いいでしょう。……いろいろなものを失い背負っていた彼が、そばに置いていたあなたが」
そう口にしながら笑った顔は、なぜかフリドさんによく似ていた。教皇様に何があったのかはほとんどわからないけど、彼にもいろんなことがあったのだと、そう思わせるようないろいろ刻まれたもののある、笑顔だった。
その外套を受け取った私が次に向かったのは、ロッテ王を倒すために出立の準備をしているアルフォートさんのもと。正直アルフォートさんにはいろんな感情がありすぎて何を口にしたらいいのかわからない。でも、フリドさんと私自身の決着をつけるためにも、ロッテ王に倒す旅に出るなら私と、そしてアナムも連れて行ってほしかった。
「エテル、本当にアルフォートと一緒にロッテ王のもとに向かうのか?」
「うん、そのつもりだよ。すべての事件の黒幕がロッテ王だというのなら……、私はあの人を倒さないといけない」
「そうか。……それなら俺は何も言わない。変わらず、お前の騎士であると誓う」
「ありがとう、私の唯一の騎士であり、世界の礎たるアナム……」
出立の準備をしていたアルフォートさんは、私の姿を見るとわざわざ手を止めてくれた。戦場では何度か見たことはあったけど、こうしてみるととても若い。もしかしなくても、私より年下だと思う。そんな彼がどんな風にして解放軍のリーダーになったのか、いつか彼の物語を聞いてみたいと、ふと思った。
「アルフォートさん、お願いがあります。私とアナムを、ロッテ王を倒す旅に組み込ませてほしいのです」
「……待て、あんたたちは……」
「あなたが察している通り、赤軍です。けれど、今回の旅に赤軍も解放軍も関係ないでしょう?……正直、私はあなたに対して複雑な想いを未だに抱いています。それでもこれから戦いに赴こうとするあなたの肩に背負った荷を一つ、降ろす事は出来る。許す事は出来ないかもしれません。でも……私はあなたをもう怨みません」
赤軍と解放軍の戦いからほとんど時間は経っていなくて、私のなかの感情はまだ整理しきれていない。けれど、もうアルフォートさんを怨むことはしない、したくないと思っているの。怨んでも何も変わらない。大切な恩師の命を奪ったこと自体は許すことはできないかもしれないけど、それでも怨むことはしたくないと、そう思ったから。
その時、ふとフリドさんの外套が目に入った。どうしよう、と思っていたけど、そうか。
「アルフォートさん、もしよかったらリーダー――フリドさんの外套を着てもらえませんか?」
「それは……あんたにとっての形見じゃないのか?」
「形見に……なるんでしょう。でも、きっと私が持っているよりあなたが持っているほうがいいと思ったのです。どうか、受け取ってください」
アルフォートさんは戸惑っていたようだったけど、受け取ってそれを羽織ってくれた。そこにはまるでフリドさんがいるようだったけど、立っているのは確かに、アルフォートさんだった。
「ありがとう、アルフォートさん。どうか、ロッテ王を倒すために全力を尽くすので、よろしくお願いします」
なんだか泣きそうになってしまって、それをごまかすように、私は精いっぱいの笑顔を浮かべた。
◇ ◆ ◇
最北の、かの地への旅は順調に続いている。野営の準備が終わり、各々が自由に過ごしているなかオスカーはある人物と話そうと機会をうかがっていた。その人物は、翼手の彼に守られるようにして楽しそうに談笑している。戦場でのあの姿とは似ても似つかないような穏やかさだ。
そう、あの穏やかさと内に秘めた強さ。アルフォートが今着ている外套も、あの人物――エテルが渡したものだという。もと赤軍だという彼女がこの旅に志願したと聞いた時は大いに驚いたし、オスカーと顔を合わせたときは一瞬複雑そうな顔をされたものの、それ以外では当たり障りのない距離感を保っている。
戦場でのあの会話。ほんの短い時間だったはずだったが、オスカーの心を捕まえるのには十分すぎた。
そして会話をするのであればこの旅でしか、時間はないだろう。そしてなぜか、今日を逃せば機会はおそらくもうないだろうという予感が、オスカーにはあった。だからこそ、放してみたいと思っていたのだけど。
「どうも警戒されているね……」
思わず苦笑が唇の端に浮かぶ。彼女の騎士だという彼にひそかに警戒をされているのはなんとなく感じ取れていた。取って食うわけではないのだが。
「まあ気にするのはやめようか。……さて」
会話がひと段落したのを見計らい、オスカーは二人に近づく。なるべく自然に見えるようにして、話しかけた。
「やあ、いい夜だね」
「あんたは……」
「そう警戒しないでほしい。ちょっとそこの彼女――エテルさんといったかね? あなたと話をしたいのだ」
「私と、ですか?」
「ああ、そうだ。二人だけで、どうだい?」
エテルはじっとオスカーを見つめる。その琥珀色の瞳がすべてを見透かすようで、思わず笑いがこぼれてしまった。そんなことはないというのに。
「――わかりました。私でよければ」
「ありがとう。私の家族にかけて、エテルさんには何もしないと誓おう。だから、彼女を少しだけ貸してくれたまえ」
「わかった。エテル、あまり遅くなるなよ」
「うん、アナム」
アナムという騎士に見送られ、エテルとオスカーは陣営から少しだけ離れた場所に移動する。座ろうか、とオスカーが促すとエテルは素直に近くの岩へと腰掛ける。
「さて、突然呼び出してすまなかったね。要件、というかあなたに聞きたいことがあってきてもらったのだ」
「私に、ですか? ……それは、あの戦場でのお話と関係があるものですか?」
「ふふ、察しがよくて何よりだ。……では、改めて聞こう。どうしてあなたは赤軍に入り、どういう気持ちでいたんだ。――あのフリードリヒに何を見た?」
「……わかりました。では、私がそれを答えたら教えてください。どうしてあなたが、解放軍に入ったのかを」
「――よかろう。つまらない男の物語だが、それでもよければ」
オスカーの問いに満足したのか、エテルはひとつうなずいてから口を開く。時折言葉は止まったものの、オスカーは最後までさえぎることなく聞いていた。
「私は、フリードリヒさんの“持たざる者は持てる者”という言葉に賛同して入隊しました。けれど、彼がその思想のためにやったことは決して許されることではないことはわかっていますし、私自身が赤軍の一員として背負っていかなくてはいけないことでもあります。それでも……私にとっては、心から尊敬できるリーダーでした。だからこそ、私は赤軍の一兵士であったことを誇りに思っています」
ぎゅっとベールの裾を握りしめ、それでもエテルはオスカーへと顔を向ける。その目には一つの迷いも嘘もなく、だからこそまぶしかった。彼女はすべてを受け入れ、赤軍がもたらした様々な苦しみを背負って生きようとしている。その生き方はあまりにもまっすぐで、だからこそ地獄のような苦しみを伴うこともあるだろうが、それを乗り越えて行けるのが彼女自身の強さであり、支えんとする彼女の騎士のおかげなのだろう。
「……強いな。あの子はもう少しお転婆だったが……、あなたはとても強い」
「あの子、ですか?」
「ああ、私の娘だ。今のあなたと同じくらいだったかな? ……妻が娘を生んですぐ亡くなってしまってね、男手一つで育てられたのもあってか気が強く、ひどくお転婆だったもののだ。よく大ゲンカしたものだったよ。パパなんて大嫌い、なんて何度言われたことか」
「仲のいい、父娘だったんですね」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいものだ。そんな娘も、いい人と出会ったようでな。報告したいことがあるから会いたい、と言われたのが百年祭の時だった。そこで起こったことは、あなたもわかっているだろう? ゴイムの虐殺だ。そこで娘は殺されたんだよ。……お腹にいた赤ちゃんごと、ね」
オスカーが語る言葉に、今度はエテルが黙り込む番だった。大切な家族を殺されたオスカーは泣き、怨み、叫んだ。娘を返せと、自分が死ねばよかったのにどうして娘が死ななければならなかったのかと、喉から血が出るほど吐き捨て、かきむしった。
そこからほんの少しだけ回復したオスカーを待っていたのは、教皇より出された声明だ。それを聞いてどれだけ赤軍を憎悪したことか。いや、憎悪という言葉だけでは足りない。そう、赤軍と名のつく兵士の一名までも倒さなくては娘の無念は、生まれてくる子が受けられなかった祝福は、オスカーの悲嘆は、晴れることがない。
赤軍はすべて殺す。老若男女問わず、いかなる理由があるとも。そう、オスカーは誓っていた。
「――っ!!」
「はは。だからと言ってあなたを殺そうとは思っていないさ。言っただろう、あなたには何もしないと」
「そ、れは……」
オスカーの憎悪の一端を感じたのだろう。エテルはひどく震えていた。それでもオスカーから逃げることはない。ぎゅっとベールを握りしめて、向かい合おうとしている。オスカーはこういう子も赤軍にいるのだと、そんな当たり前のことふと思った。
「私の考えは、今も変わらない。今もなお赤軍への憎悪は私のなかで燃え滾っている。この炎は一生消えることはないのだろう。……だが、あなたの話を聞いて、少しだけ考えを変えてみようと思えたのだよ」
「えっ?」
「あなたは先ほど、赤軍の一兵士として背負うものがあると言ったね。ならば、あなたの仲間が、リーダーであるフリードリヒが、私の娘と孫を奪ったことを、背負ってくれたまえ。私のほかにもそういう人たちが無数にいるのだと一生心に刻み、背負って生きてくれ。……そうすれば私も少しは、赤軍にも“わかる”人がいるのだと、そう思うことができるのだからね」
「……はい! 赤軍所属、衛生兵エテル・ベネディの一生にかけて、あなたたちのことを背負うと、誓います」
エテルの琥珀色の瞳が、しっかりとオスカーを見つめていた。手はもう、震えていない。無謀さゆえに返事をしたのでもなく、何もわかっていないわけでもない。一生をかけて背負っていく決心がついているということだ。
――本当に強い女性だ。
「ありがとう、エテルさん。さて、夜もすっかり更けてしまった。さあ、愛しの騎士のもとへ戻るといい。きっと待ちくたびれているだろう」
「っ! オスカーさん……! 失礼します!」
ふわりとベールをなびかせて去っていく後姿を見送り、オスカーはほっと息をついた。知らず緊張していたらしい。らしくない、と思わず苦笑がこぼれる。
「娘が知ったら、同じくらいの女性になんてもの背負わせてるんだ、なんて怒られてしまうかね……。だが、こうすることで、きっと私の気持ちの整理にもなったのだ。許してくれ」
ぽつり、とつぶやいた名前は、もう誰も呼ぶことのない、いとおしい娘の名前だった。
彼はリーダーがかつていつも着ていた外套を私に手渡して、にこりと笑う。
「きっとこれは、あなたが持っているのが一番いいでしょう。……いろいろなものを失い背負っていた彼が、そばに置いていたあなたが」
そう口にしながら笑った顔は、なぜかフリドさんによく似ていた。教皇様に何があったのかはほとんどわからないけど、彼にもいろんなことがあったのだと、そう思わせるようないろいろ刻まれたもののある、笑顔だった。
その外套を受け取った私が次に向かったのは、ロッテ王を倒すために出立の準備をしているアルフォートさんのもと。正直アルフォートさんにはいろんな感情がありすぎて何を口にしたらいいのかわからない。でも、フリドさんと私自身の決着をつけるためにも、ロッテ王に倒す旅に出るなら私と、そしてアナムも連れて行ってほしかった。
「エテル、本当にアルフォートと一緒にロッテ王のもとに向かうのか?」
「うん、そのつもりだよ。すべての事件の黒幕がロッテ王だというのなら……、私はあの人を倒さないといけない」
「そうか。……それなら俺は何も言わない。変わらず、お前の騎士であると誓う」
「ありがとう、私の唯一の騎士であり、世界の礎たるアナム……」
出立の準備をしていたアルフォートさんは、私の姿を見るとわざわざ手を止めてくれた。戦場では何度か見たことはあったけど、こうしてみるととても若い。もしかしなくても、私より年下だと思う。そんな彼がどんな風にして解放軍のリーダーになったのか、いつか彼の物語を聞いてみたいと、ふと思った。
「アルフォートさん、お願いがあります。私とアナムを、ロッテ王を倒す旅に組み込ませてほしいのです」
「……待て、あんたたちは……」
「あなたが察している通り、赤軍です。けれど、今回の旅に赤軍も解放軍も関係ないでしょう?……正直、私はあなたに対して複雑な想いを未だに抱いています。それでもこれから戦いに赴こうとするあなたの肩に背負った荷を一つ、降ろす事は出来る。許す事は出来ないかもしれません。でも……私はあなたをもう怨みません」
赤軍と解放軍の戦いからほとんど時間は経っていなくて、私のなかの感情はまだ整理しきれていない。けれど、もうアルフォートさんを怨むことはしない、したくないと思っているの。怨んでも何も変わらない。大切な恩師の命を奪ったこと自体は許すことはできないかもしれないけど、それでも怨むことはしたくないと、そう思ったから。
その時、ふとフリドさんの外套が目に入った。どうしよう、と思っていたけど、そうか。
「アルフォートさん、もしよかったらリーダー――フリドさんの外套を着てもらえませんか?」
「それは……あんたにとっての形見じゃないのか?」
「形見に……なるんでしょう。でも、きっと私が持っているよりあなたが持っているほうがいいと思ったのです。どうか、受け取ってください」
アルフォートさんは戸惑っていたようだったけど、受け取ってそれを羽織ってくれた。そこにはまるでフリドさんがいるようだったけど、立っているのは確かに、アルフォートさんだった。
「ありがとう、アルフォートさん。どうか、ロッテ王を倒すために全力を尽くすので、よろしくお願いします」
なんだか泣きそうになってしまって、それをごまかすように、私は精いっぱいの笑顔を浮かべた。
◇ ◆ ◇
最北の、かの地への旅は順調に続いている。野営の準備が終わり、各々が自由に過ごしているなかオスカーはある人物と話そうと機会をうかがっていた。その人物は、翼手の彼に守られるようにして楽しそうに談笑している。戦場でのあの姿とは似ても似つかないような穏やかさだ。
そう、あの穏やかさと内に秘めた強さ。アルフォートが今着ている外套も、あの人物――エテルが渡したものだという。もと赤軍だという彼女がこの旅に志願したと聞いた時は大いに驚いたし、オスカーと顔を合わせたときは一瞬複雑そうな顔をされたものの、それ以外では当たり障りのない距離感を保っている。
戦場でのあの会話。ほんの短い時間だったはずだったが、オスカーの心を捕まえるのには十分すぎた。
そして会話をするのであればこの旅でしか、時間はないだろう。そしてなぜか、今日を逃せば機会はおそらくもうないだろうという予感が、オスカーにはあった。だからこそ、放してみたいと思っていたのだけど。
「どうも警戒されているね……」
思わず苦笑が唇の端に浮かぶ。彼女の騎士だという彼にひそかに警戒をされているのはなんとなく感じ取れていた。取って食うわけではないのだが。
「まあ気にするのはやめようか。……さて」
会話がひと段落したのを見計らい、オスカーは二人に近づく。なるべく自然に見えるようにして、話しかけた。
「やあ、いい夜だね」
「あんたは……」
「そう警戒しないでほしい。ちょっとそこの彼女――エテルさんといったかね? あなたと話をしたいのだ」
「私と、ですか?」
「ああ、そうだ。二人だけで、どうだい?」
エテルはじっとオスカーを見つめる。その琥珀色の瞳がすべてを見透かすようで、思わず笑いがこぼれてしまった。そんなことはないというのに。
「――わかりました。私でよければ」
「ありがとう。私の家族にかけて、エテルさんには何もしないと誓おう。だから、彼女を少しだけ貸してくれたまえ」
「わかった。エテル、あまり遅くなるなよ」
「うん、アナム」
アナムという騎士に見送られ、エテルとオスカーは陣営から少しだけ離れた場所に移動する。座ろうか、とオスカーが促すとエテルは素直に近くの岩へと腰掛ける。
「さて、突然呼び出してすまなかったね。要件、というかあなたに聞きたいことがあってきてもらったのだ」
「私に、ですか? ……それは、あの戦場でのお話と関係があるものですか?」
「ふふ、察しがよくて何よりだ。……では、改めて聞こう。どうしてあなたは赤軍に入り、どういう気持ちでいたんだ。――あのフリードリヒに何を見た?」
「……わかりました。では、私がそれを答えたら教えてください。どうしてあなたが、解放軍に入ったのかを」
「――よかろう。つまらない男の物語だが、それでもよければ」
オスカーの問いに満足したのか、エテルはひとつうなずいてから口を開く。時折言葉は止まったものの、オスカーは最後までさえぎることなく聞いていた。
「私は、フリードリヒさんの“持たざる者は持てる者”という言葉に賛同して入隊しました。けれど、彼がその思想のためにやったことは決して許されることではないことはわかっていますし、私自身が赤軍の一員として背負っていかなくてはいけないことでもあります。それでも……私にとっては、心から尊敬できるリーダーでした。だからこそ、私は赤軍の一兵士であったことを誇りに思っています」
ぎゅっとベールの裾を握りしめ、それでもエテルはオスカーへと顔を向ける。その目には一つの迷いも嘘もなく、だからこそまぶしかった。彼女はすべてを受け入れ、赤軍がもたらした様々な苦しみを背負って生きようとしている。その生き方はあまりにもまっすぐで、だからこそ地獄のような苦しみを伴うこともあるだろうが、それを乗り越えて行けるのが彼女自身の強さであり、支えんとする彼女の騎士のおかげなのだろう。
「……強いな。あの子はもう少しお転婆だったが……、あなたはとても強い」
「あの子、ですか?」
「ああ、私の娘だ。今のあなたと同じくらいだったかな? ……妻が娘を生んですぐ亡くなってしまってね、男手一つで育てられたのもあってか気が強く、ひどくお転婆だったもののだ。よく大ゲンカしたものだったよ。パパなんて大嫌い、なんて何度言われたことか」
「仲のいい、父娘だったんですね」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいものだ。そんな娘も、いい人と出会ったようでな。報告したいことがあるから会いたい、と言われたのが百年祭の時だった。そこで起こったことは、あなたもわかっているだろう? ゴイムの虐殺だ。そこで娘は殺されたんだよ。……お腹にいた赤ちゃんごと、ね」
オスカーが語る言葉に、今度はエテルが黙り込む番だった。大切な家族を殺されたオスカーは泣き、怨み、叫んだ。娘を返せと、自分が死ねばよかったのにどうして娘が死ななければならなかったのかと、喉から血が出るほど吐き捨て、かきむしった。
そこからほんの少しだけ回復したオスカーを待っていたのは、教皇より出された声明だ。それを聞いてどれだけ赤軍を憎悪したことか。いや、憎悪という言葉だけでは足りない。そう、赤軍と名のつく兵士の一名までも倒さなくては娘の無念は、生まれてくる子が受けられなかった祝福は、オスカーの悲嘆は、晴れることがない。
赤軍はすべて殺す。老若男女問わず、いかなる理由があるとも。そう、オスカーは誓っていた。
「――っ!!」
「はは。だからと言ってあなたを殺そうとは思っていないさ。言っただろう、あなたには何もしないと」
「そ、れは……」
オスカーの憎悪の一端を感じたのだろう。エテルはひどく震えていた。それでもオスカーから逃げることはない。ぎゅっとベールを握りしめて、向かい合おうとしている。オスカーはこういう子も赤軍にいるのだと、そんな当たり前のことふと思った。
「私の考えは、今も変わらない。今もなお赤軍への憎悪は私のなかで燃え滾っている。この炎は一生消えることはないのだろう。……だが、あなたの話を聞いて、少しだけ考えを変えてみようと思えたのだよ」
「えっ?」
「あなたは先ほど、赤軍の一兵士として背負うものがあると言ったね。ならば、あなたの仲間が、リーダーであるフリードリヒが、私の娘と孫を奪ったことを、背負ってくれたまえ。私のほかにもそういう人たちが無数にいるのだと一生心に刻み、背負って生きてくれ。……そうすれば私も少しは、赤軍にも“わかる”人がいるのだと、そう思うことができるのだからね」
「……はい! 赤軍所属、衛生兵エテル・ベネディの一生にかけて、あなたたちのことを背負うと、誓います」
エテルの琥珀色の瞳が、しっかりとオスカーを見つめていた。手はもう、震えていない。無謀さゆえに返事をしたのでもなく、何もわかっていないわけでもない。一生をかけて背負っていく決心がついているということだ。
――本当に強い女性だ。
「ありがとう、エテルさん。さて、夜もすっかり更けてしまった。さあ、愛しの騎士のもとへ戻るといい。きっと待ちくたびれているだろう」
「っ! オスカーさん……! 失礼します!」
ふわりとベールをなびかせて去っていく後姿を見送り、オスカーはほっと息をついた。知らず緊張していたらしい。らしくない、と思わず苦笑がこぼれる。
「娘が知ったら、同じくらいの女性になんてもの背負わせてるんだ、なんて怒られてしまうかね……。だが、こうすることで、きっと私の気持ちの整理にもなったのだ。許してくれ」
ぽつり、とつぶやいた名前は、もう誰も呼ぶことのない、いとおしい娘の名前だった。
