最終章 輝く日を仰ぐ時
この黙示はすぐに起こるはずの事をその僕達に示すために神が主にお与えになり、そして主が御使いを遣わして僕に示されたものである。
僕は神の言葉と主の証、即ち自分の見た全ての事を証言した。この預言の言葉を朗読する者、またこれを聞いてそこに記されている事を守る者達は幸いである。時が近いからである。
私達を愛しておられる方、御血によって私達を多くの罪から解き放ち、また私達をご自分の父であり神である方に仕える王国、祭司として下さった方に、栄光と力とが代々限りなくありますように。
見よ、その方は雲と共に来られる。そして全ての目がその方を見る。その方を突き刺した人々さえもが。地上の全ての民族はみな、彼の故に胸を打ち叩く。
「私はアルファであり、オメガである」と、神である主、今おられ、かつておられ、やがて来られる方、万物の支配者は仰せになる。
【ヨハネによる黙示録 第1章】
その男はあらゆる欲の化身であった。大義や道徳、責務の為ではなく自身の身に収まることのないあくなき欲望―……尽きる事のない私欲に従い生きて来たのだ。男はありとあらゆる欲にあまりにも忠実過ぎた。
海上貿易の拠点として、代々限りなく栄えありとあらゆる富が集まり栄華を極める彼の王国。この男は富、血筋共に紛れもなく社会における勝者であった。
男がこの国の玉座に座ったのは彼が僅か18歳の時である。父王の崩御によるものであった。男には兄が一人いたが兄である王太子は男が10になる時薨去していた。
王位に上がった当初は政治に関心を示さず父王時代からの重臣を重用していた男であったが、即位した翌年、国家に対する反逆の罪状にてこれを処断。障害となる人間をこのように処理していくことがその後、男の習慣となっていった。
男が即位して数年。男は強力な男の世継ぎを欲した。彼の血筋による統治を代々限りなく行うためである。男には出生の理由から正統性に関する疑義があり、男の他に王位継承権を主張する貴族がまだ少なからず存在していたからである。
……いや、あるいはそれはあくまで口実に過ぎなかったのかもしれない。男の欲望にそこなどありはしなかったのだから。それは愛欲に関してもまた然り。
旧教は離婚を認めない。が、この男はいつまでも男の世継ぎを産めない自身の王妃が、かつてたった数日ではあるが薨去した兄と結婚をしていたことを理由に婚姻の無効を主張。暴力を持ってこれを強引に旧教側に認めさせている。
その後、男は公式で分かっているだけでも五度に渡り結婚を繰り返し、最後の王妃を除いた全ての妃を処刑もしくは王宮から追放した。その処理の中には当時から明らかに冤罪であると考えられていたものも含まれていた。
しかし、この好色で冷酷、無慈悲で不安定な男にも終わりの時が訪れる。
”老い”である。晩年は若い頃に負った古傷の後遺症にも苦しみ、徐々に健康を害していった。……のちに聖王と称されるブルボンによるクーデターが行われたのはその只中であった。
聖王の槍が男の左胸を貫いた刹那、男は思った。強く、強く、怨じた。
足りぬ、まだ、足りぬ!!!!!!!
島を満たすばかりの黄金も、泉のごとく溢れる赤い葡萄酒も血が滴る肉も、数多の美しい女人を手籠めにする事も、未だ満足がいくまで果たしていない。しかし、人である限り、人の身である限り”老い”も”死”も訪れる。……人が人で、ある限り。
……ならば、人である事を捨てればいい。かつて自分を師事していた者が禁忌についても研究していたではないか。それ相応の代価は求められるだろうが、それは逆に言えば代価を差し出せば望むものが得られるという事に他ならない。
ならばその駄賃にこの島の臣民をくれてやればいい。どうせ死ぬ量よりも生まれる量の方が多い。国は王のものであり、その国の臣民もまた王の所有物である。ならば、むしろ喜ぶべきではないか。王が復活する贄となれる栄光を誇るがいい。
暗闇の中、鬼火が弧を描くように這っていく。それは招く手、墓穴から蘇った人の皮を捨てた邪悪が鬼火を遣わし死を呼ぶ。
贄は揃った。男の魂が復活するに足りる血肉は既に大地に流れ出ている。あとは自身の真の肉体を縛る最後の楔であるブルボンの戒めさえ払えればいい。奴の血を一番濃く受け継ぐ者達の血を持って雪げばいい。ただそれだけのはず……だった。
「光よ、奔れッ!!!!!」
セデルの声と共に放たれた光の刃が”邪悪”の影を切り裂く。と、同時に左右から同時に飛び出し同時に突き出されたピエールのハルバードと教皇のランスが”邪悪”を捉えた。
「よ~~し!私も……!って、あわわわわっ!!!?」
「ルミナスさん!?」
暗闇の中で目測を誤ったのかそれとも汗で手がすっぽ抜けたのか……よろけた拍子に飛んだルミナスの獲物であるモーニングスターは”邪悪”の本体にまともに当たったようだった。予想していなかった一撃に”邪悪”が僅かにたたらを踏む。
奴を守るように包んでいる鬼火に阻まれてダメージは軽減されているだろうが、少なからず今までの攻撃を受け傷を負っているだろう。
「ら、ラッキー……当たっちゃった……でもどうしよう……武器なくなっちゃった……」
「なら、ルミナスさんはこの薬で後方支援に回って下さい。回復の薬です。ルミナスさんが回復役に回って下さればその間、私も魔法で前衛の方々を支援する事が出来ます」
「この薬―……すごい……こんなに強い魔法薬見たことがないよ……ただの薬じゃない……?まさか、これ霊薬!?エテルさん、これどこで手に入れたんですか!?」
「王都を出る際、サクリスさんから頂いた薬です。サクリスさんのご友人の方がお作りになられたとか―……ッ!?」
地を這うように集った鬼火達が彼女たちを焼き尽くさんと一気に迫る。明らかに後方からの支援を絶つ事を目的に奴が放った鬼火だ!
”邪悪”はうつろな目を開き、薄い唇に弧を描く。彼女達が倒されれば支援は途絶えこちらはまともに戦えなくなる。そう確信した故の笑みだろう。
が、その思惑は彼女達に届く寸でで阻まれた。彼女達に伸びる鬼火の触手をメドラウトが自身の魔力を込めた槍で薙ぎ払ったからだ。
「エテル、ルミナス!無事か!?無事、だな。……エテル、俺が時間を稼ぐ。あいつにデカいのを一発ぶちかましてやれ!あいつの本質は”邪”だ。お前の神聖魔法がたぶん一番刺さる!!」
「うん!アナムッ!!!!」
「刻ッ!ルミナスの援護を頼む!ここで回復支援を失うわけにはいかないッ!!」
「任せろっ!!」
俺達がいる前方部隊と後方部隊との間を分断するように立ち上る影を薙ぎ払いながら刻へ号令を飛ばせば、力強い国からの返事が返って来る。刻の実力は旅の道中でしっかりと見て来た。刻なら援護もこなしてくれるという確信があった。
神聖な魔を宿した光の矢が幾重にも幾重にも重なり、闇を貫き、鬼火を引き裂き、光跡を刻む。エテルが紡いだ力ある言葉が発動したのだ。闇を払う極光の矢が刻んだ光の光跡、その後をなぞる様にオスカーが放ったシルバーバレットが飛んでいく。魔を滅する力を持つ銀の魔弾が。
「……ッ……何故、何故矮小な存在でしかない人間がここまで……」
弾丸が貫いた場所からおびただしい青い血を噴き出しながら”邪悪”は呪詛の言葉を紡ぐ。が、これほどまでの傷を負いながらそれでも”邪悪”は生きていた。
間違いなく今の一撃は致命傷だったはずだ。証拠に奴の顔はもはや生気を失い白蝋化し、屍衣も奴が流した青い血で濃く染まっているじゃないか。
「ふ、ふふっ……言っただろう。私はアルファでありオメガである、と。今存在し、かつて存在し、そしてやがての世まで代々限りなく存在する万物の支配者である、と」
「くっ……奴は不死なのか?だとすればこのままでは……」
俺たち全員の気持ちを代弁するかのようなセデルの言葉に唇を強く噛み締める。今こちらが優勢であっても、こちらの体力や魔力、物資にも限りがある。このまま長引けば遠からず俺達は限界を迎えてしまう……ッ!!
どうすればいい?……どうすればっ!!!凍えるように恐怖で軋む両の手を強く握りしめる。
「……ッ!!」
……それは突如、自身の中に湧き上がって来た光輝だった。自身の中に流れる血が告げる天啓、と言ってもいい。闇の中、”邪悪”を滅せる可能性を秘めた唯一の光明。その光は消えることなく、俺の胸中で輝きを増していく。……今それができるのは、体当たりで奴にぶつかれるのは俺、だけだ!!
諦めが、覚悟に変わった。
「……アルフォート、君?」
「ブラン、ルマを、頼んだ。あいつああ見えて寂しがりでさ。可愛げは全くないんだけど、どうしようもなく愛おしんだ。誰かがついてないと不安でさ。だから……頼む」
「待ちなさいッ!アルフォートッ!!!」
強く足元の土を蹴った。我武者羅に走り出す、その為に。飛ぶ石礫を、喧しい亡者達を全身で一手に浴びながら”邪悪”へと一直線に突き進む。聖王の……親父の形見だという聖槍と共に。
皮膚が散り散りに裂け、決して浅くはない傷口から血が滴り、流れる。致命傷を負うのは承知の上だ。奴の眷属である亡者どもが命を削っていくのが分かるが構いはしない。
刹那、あと数瞬持てばいい。これは使命だ。宿命だ。俺の中に流れるブルボンの血が告げている。そうしろと。
「かはっ……ッ!!」
聖槍が”邪悪”の左胸に突き刺さると同時に勢いを殺さず、槍を握りしめたまま奴と共にぽかりと口を開ける墓穴へと、身を投げた。終わりのない深淵へと通じる道へ。
「ロッテ……あんたは確かに人を超えたかもしれない。が、聖王の血と力と、俺の命ごと復活が不完全なあんたの中に傷口を通して直接ぶち込んだ時、それでもあんたは存在できるかな?」
「き、貴様っ……!!!!!」
血が沸騰したかのように滾り、迸る。火の花のように爆ぜる命の炎、命の奔流。その中で一人、目を閉じ息を吐きだした。
今まで続いて来た道を、歴史を次へと繋げる。
納得はしている。翳りなどなかった。ここが、寸毫のぬくもりもないこの穴の底が俺の道の終着点だ。今まで歩んできた生が残滓となり目蓋の裏に映る。
後悔などない。ないはず、なのに―……
「アル!アルフォートッ!!!!!!」
深淵に落ちるその刹那―……遠く聞えたルマの、俺の名を呼ぶ声だけが―……消せない。
≪アルフォート≫
