第10節 温泉パニック!

じわじわと照りつける太陽の光とけたたましく鳴く蝉の声。

そう、今年もまた巡ってきたのだ。

暑い暑い夏の季節が。

額に滲む汗を小さな拳でぐいっと拭い、大きなバケツに水を汲んで運び続ける小さな子供が一人。

麦わら帽子をかぶったその子供は鼻歌を歌いながら自らが育てた糸瓜に水を与えていた。

『大事に育てるのは良いことだが、水を与えすぎないように。』

お師匠様に言われた言葉が自然と頭のなかに浮かんでくる。

大切に大切に育ててきた糸瓜が自分のせいでダメになってしまわないように。師の教えをきちんと守りながら今日も彼は水を与えている。

『シャオちゃん。』と呼ぶ声が聞こえる。

ふと顔を上げれば微笑みを浮かべながらこちらの方へと歩み寄ってくる女性の姿が見えた。


「旦那様がお呼びですよ?
今日はお出かけをする約束でしたからそろそろお支度をしないと…

まあ、立派な糸瓜!黄色のお花もとっても綺麗ね?」

「えへへ。凄いでしょう?もっと大きく育ててお師匠様に褒めてもらうのです!

お片付けしてきます!」

「浴衣を着付けてあげますから後でいらっしゃいね?シャオちゃん。」

「はーい!」

あちこちに湧いたという温泉に足を運んでみようかと話を聞いたのは昨夜の事で、それからずっと楽しみで楽しみで仕方なくて与えられた課題も早起きして涼しいうちに済ませて準備はバッチリ。

今年もまたシャンさんがあの素敵なカチワリ屋さんを開いていると聞いた。

今年はどんな味を頼もうか。

冷たい氷がカラリと音をたてて揺れる爽やかな青いドリンクか。

お祭りの提灯のような鮮やかな赤いドリンクか。

今流行りの黒い粒々が入った甘いお茶もいいな……

それとも……シャンさんがお師匠さまに作ってあげていた『特別』なドリンクかな?

好奇心に駆られて「僕も飲んでみたい!」と言ってみた事があるが、その時はシャンさんに「シャオフーさんはもう少し大人になってからじゃないとダメです。」と言われたっけ。

お師匠様にも「やめておきなさい。」って言われたし、今年も『特別』なドリンクは口にすることはできないのだろう。

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カラコロカラコロと音を立てながら夜の街を歩く。

昼間とは違って肌を焼くような暑さはないが、それでも熱を帯びた風が僕の肌を撫でるように通り抜け、じわりと汗が滲んでくる。

この道の先にある楽しみに少しでも早く出会いたくて足早に歩を進める。

くるりと振り返ってみれば敬愛する師と僕を優しく見守る女性の微笑みが見えた。

「お師匠さま!早く!早く!」

人混みのなかをすり抜けるようにして師の元へと戻りぐいと手を引けば「そんなに慌てるな。」と笑みを浮かべ、僕の頭をポンポンと撫でる。

お師匠様はそのまま僕を持ち上げて肩車をしてくれた。

あっという間の出来事に少々驚きながら僕はお師匠様の頭を優しく抱きながら周囲を見渡した。

手を伸ばせば星にも届きそうなほど空が近く、祭りの灯りは地上の闇を払い煌々と煌めいている。

「お師匠様、お空がとても近いです…!
お祭りの灯りもまるでお星さまのようでとても綺麗です!」

「そうか、祭りは好きか??シャオフー」

「大好きです!!僕今日は金魚すくいがやりたいです!
美味しいたこ焼きも食べたいです!
それから……」

「それから?」

「……お父さんと沢山遊びたい……です。」

少しだけ恥ずかしくなって顔を埋める。
こんな風に甘えるのは何時以来だろうか。

「お父さんと……お母さんが一緒がいいです。

お祭りは大好きだけど、お父さんと……お母さんが一緒じゃなきゃ楽しくないから……。」

甘えると言うのはこんなに難しい事だっただろうか?
顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
けれど、伝えておきたいと思った。


「お師匠様は僕の自慢のお父さんなのです。
沢山沢山……僕に思い出を作ってくれる優しいお父さんなのです。」

僕とお師匠様は血が繋がっていないけれど、種族も全然違うけど、ずっと僕を育ててくれた大切な人だから……


「だから……僕はお父さんが大好きです。
ありがとう……お父さん。」

星のようにキラキラと輝く銀の髪に頬を埋め両手で優しく抱き締めた。

顔は見えないけれど、お父さんが笑っているんだ……って僕はわかるよ。

だって……すぐ隣にいるお母さんも笑っているもの。
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