第10節 温泉パニック!

何故愚かな事ばかり口走るのか

言葉数が多いとつい愚かなことまで言ってしまうものだ。また、言葉が多過ぎるとそれにつれて失う時間も多くなる。


【コヘレットの書 第5章】





「な~な~兄貴~俺の話聞いてるか~~~???」


「……聞いていますよ。大体、お前からその話を聞かされるの一体何度目だと思っているんですか。今日で五回目ですよご・か・い」


空気を入れ替えるために僅かに開いた窓の隙間から、この季節特有の湿気を帯びたぬるい風が入り込む。兄貴が住んでいるこの街は比較的膿が近いから朝は霧も出てもう少し涼しかったんだが―……午後を過ぎたころから妙に暑くなり始め、やけに蒸していた。じっとりとした粘つく汗が背筋を伝い落ちていく。


「まったく……リマが仕事でいない今だから家に上げいますが彼女がいたら即刻叩き出していましたよ。見なければいけない書類もまとめておかない資料もあるというのに急に押し掛けて来て―……」


ぬるい風と兄貴が面倒くさそうに吐き出した深い溜息とが混ざり合う。俺とは頭の作りも出来も違う兄貴は絵もない文字だらけの糞つまらなそうな本を食い入るように読んでいた。一瞬、本から視線を上げたかと思えば次の瞬間にはもう戻っている。よくそんな本読んで頭痛くも眠くもならねーな。


「あ~……一体どうしたら手っ取り早くシレネと仲良くなれっかな~……」


「……どうでもいいがグラスを使ったら洗って戻しておけよ。……しかし、悩みとは無縁で考えなしに暴走するのが常のお前が悩むなんてらしくないですね。いいじゃないですか、いつも通りウザったく絡めば。そのシレネとかいう女性に」


「だ~~~めだ。だって俺シレネの事が好き過ぎて余計なことまで喋ってドン引きさせちまうこともあるし。ってか、それができねーからわざわざ兄貴のところに来てんじゃねえか。3回も」


「だから5回ですって……まさかとは思いますがジュン―……お前3以上の数が数えられない、ということはありませんよね?」


不満な気持ちを訴えるように口先だけ尖らせて両の頬を膨らませてみたが、本から視線を上げようともしない兄貴の視界には入らなかったようだ。カラリ、と乾いた音を立てて勝手に拝借したグラスに注いだ冷たい茶の上に浮かぶ氷が融ける。


「シレネにしつこい奴って嫌われたくないからこれでも抑えてるんだぜ?ウゼー男って思われたらダセーだろ?うっ……考えただけで凹むわ……」


「毎日毎日その女性が働いている職場に通っておいて何言ってんですか―……まあ、言葉数が多過ぎるとつい愚かなことまで言ってしまうものです。また言葉数が多過ぎるとそれにつれて失う時間も多くなる。とは言え、お前の性格だとこれ以上抑えろと言うのも無理な相談でしょうし」


「あ~~~シレネに会いてぇええ~……昨日の夕方も顔見たけど今日もシレネの笑顔が見てえんだよなあ……ん??そう言えば兄貴、テーブルの上にあるこの券はなんだ?」


「ああ、それですか。リマが昨日、市で買い物した帰りに貰って来たんですよ。なんでもまた新しく温泉ができたようなので、その施設が40%安くなるクーポンだとか―……って、おい!!!!」


温泉!!!!?って事はあれか?シレネと一緒に温泉に行けるって事か!!?温泉って言ったらあれだろ??風呂上りの酒と何より裸の付き合いってやつだ!!それぐらい俺だって知ってるぞ!!はだか???誰の……シレネの……????


「どーせ兄貴は仕事で忙しくて行く暇もないよな!!なっ!!よし!行く暇もない!!ならこの券は俺がありがたく使わせてもらうぜ!!じゃあなっ!!あっ!嫁さんにも券くれてありがとうって言っといてくれよな!!!」


「おま……!!まだ誰もあげるとは……チッ……あの馬鹿。次会ったら小指の爪でも剥いでやろうか……」


そうと決まれば善は急げだ!後ろで兄貴が何か言ったような気もするが気がするだけだ、気にしない気にしない!扉?んなもん蹴り開けた。早くシレネのところに行きてーからな!

シレネが温泉好きかどうかとかそもそも俺の誘いに乗ってくれるかどうかとか、小難しい事を考えるのは今は止めだ!止め!全力疾走してる最中に考えるなんて器用な芸当、俺には無理だしな!ん!秒で無理だって分かるわ!


「シレネ温泉好きだといいんだけどな~シレネと風呂……風呂かあ……」


へっへっへっ……という怪しい笑みと共に片方の鼻の穴から垂れて来た生ぬるい赤い何かを乱暴に拭いながら階段を一段飛ばしで駆け上がる。目指すはシレネがいる錦江だ!!


「シレネ~~!!一緒に温泉入ろーーーぜ!!!!」


≪ジュン・イクサス≫
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