第19章 死に方の選び方

――私は赤軍に入った時のことを、きっと一生忘れないと思う。


両親の最期にも会えないまま死に別れて、弟を見送ったことで私の心にはぽっかりと大きな穴が開いていた。一瞬家族のあとを追いかけてしまおうか――と思ったこともあったけど、家族の言葉が私を引き留めていて、それはできない。だけど、何をすればいいのかわからない……そんな時に、出会ったのが赤軍だった。

 彗星のように現れた彼らの、“持たざる者は持てる者”という言葉に、私は心を打たれた。そしてフリドさん――リーダーと出会って、その気持ちは一層強まった。
そうだ、家族を思うのも決して悪いことじゃないけれど、私はここで止まりたくない。もう家族や、みんなのような犠牲者を出したくない。もともと持っている人だけじゃなくて、持っていない人も理不尽に搾取されずに、当たり前に手を伸ばせる世界。

 幻想に近いかもしれないけど、そんな世界が、あってほしかった。


『あなたたちの、永久の幸福を願っているわ。難しいかもしれないけれど、あなたたちだけでも幸せでありますように』

『お前たちが暮らすこの世界が、幸せであることを祈る』

『姉さん……どうか、僕がいなくなった後もちゃんと生きているんだよ。今は幸せには程遠いかもしれないけど、僕たちは幸せになれるんだ。そんな未来が待っているって、僕は信じているんだから』


 両親の、弟の、別れ際の言葉。私たちの幸せを願う、優しい優しい言葉たち。今の時代の流れゆえに、叶えられなかったもの。その未来が切り開けないというのなら、私たちがその先駆けとなる。この先に生きる人たちが私たちのような思いをしないように。人が、当たり前に生きられる世界を。私がそんな未来の礎になれたなら、と。

 ただ、その思いすらも、愚かな“祈り”だとは、思いたくなかった。




◇ ◆ ◇



アナムと逃げて、いくばくか。街に着くなり倒れてしまった彼の看病をつきっきりで行う。私のためにずっと騎士として付き添ってくれていた彼に、私はとてもひどいことをしてしまった。でも、まだ気持ちの整理がつかなくて……謝罪はできていない。
 そんな混乱のなかでの声明は、さらに私を混乱に突き落とすのには十分だった。何をどうすればいいのか、信じたらいいのか、わからなくなってしまっていて。

 アナムの看病をしているときは、そういうことを考えなくてよかったから、逃げるように、必要以上にアナムの心配をしていたと思う。……その混乱が落ち着いたころには、前線は南下して王都付近まで及んでいた。


 早く、赤軍に合流しなくてはいけない。合流して、赤軍の助けにならなきゃ。そう思うのに、アナムの体調を言い訳にして……私は、そこで立ち止まってしまっていた。

 そんななかで突き付けられた、アナムの言葉。それは、私が考えていたことであり、答えを出すことから逃げていた、問題だった。
 これから先どうするのか、私はどうしたいのか。


「エテル……あんたにとっての正義って―-……なんだ」


 私の、正義。正義、って、なに。ぐっと言葉を詰まらせた私を、アナムはじっと見つめて……それでも、何も言わずに待ってくれているようだった。

 アナムが言う通り、私は人が人として自由に生きていける、そんな世界になってくれればと、考えていた。そして、声明から明らかにされた赤軍のやり方が、腐った貴族と何ら変わりがないことも、彼の言うとおりだった。
 アナムの言うことは正しくて、決して彼が責めているわけじゃないことはわかっていても、私のなかにしこりがあってそんな風に感じてしまう。赤軍がやってきたこと、私が考えてきたことが、すべてが瓦解したようだった。


「……アナム、私は確かに……人が人として当たり前に生きられる世界――生存権が約束された世界、そして“持たない人”が当たり前に手を伸ばせる。そんな未来があれば。……その、礎になれればと。赤軍に入隊すればその未来が見えるものだって、思ってた」

「……ああ。けど、赤軍は」
「うん。確かに赤軍に入って、私が思っていた未来は、なんとなく見えたような気がしたよ。でも、彼らは裏ではとても非道な行いをしていた。……私、それは許すことを、できない。……けど、ね」


 私はあの時、決めた。フリドさんの同志として、無辜の市民にどんな犠牲を強いようともそれを背負い、赤軍として進むと。

それにもう、赤軍の行いが間違っているだとか、正しいとか――きっと、そういう話ではなくなってきているんだと思う。正義の反対は悪ではなく別の正義だと言われるように、赤軍と解放軍の正義は違って、私は赤軍の正義に賛同して入隊して、今ここにいる。

きっと、それだけの話。

赤軍の行き着く先がどこになるのか、わからない。でも今までのように受け入れられることはなく、最悪は極刑か――。そんなことを考えてしまうけれど、私は赤軍とともにあると決めたあの時の自分自身を否定したくはない。


「けど……、どうしたんだ?」


 ふいに黙り込んでしまった私に優しく問いかけるアナムは、心から私の心配をしてくれている。ただ一方的に赤軍にはもう行くなって言うんじゃなくて、私の決意を尊重したうえで寄り添ってくれている。
 そんなあなたがいるから、私は……私の道を進むことができる。
 一度息を吐きだして、アナムの琥珀色の瞳をじっと見つめる。私が話を切り出そうとしていることに気付いたのか、小さく微笑んで待ってくれているようだった。


「けど、……私の正義は赤軍にある。あの声明を見て、考えることはあるけれど……それでも、私は赤軍の一兵士として戦いたい」


 それが、私の出した、答え。

 そして。


「あのね、アナム……あの時は、ごめんなさい」
「あの時……?」
「戦場で、私を連れて脱出してくれた時。混乱してたとはいえ、助けてくれたあなたを責め立てるようなことを言ってしまって、ごめんなさい。それとね、助けてくれて本当にありがとう」
「エテル……」
「こんなことを言うのは、今更ちょっとひどいかもしれないけど……あなたさえよければ、これからも、私の騎士でいてほしい。私の世界の礎たるあなたがいれば……なんだって乗り越えられる気がする」


 アナムの怪我に触らないようにしながら、そっと腕を回す。この体温がそばにいてくれれば、私はなんだってできる気がした。
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