第19章 死に方の選び方

 地獄というのは罪を犯した者が落ちるのだという。そこで罰を受け、悔い改めて、また転生するのだと。地獄で受ける罰はとても重く、思わず逃げ出したくなるようなものらしい。
 ならば。この光景は自分が何か罪を犯した結果だろうか。


「ああ、ミア……。ミア、どうして返事をしない。ミア……」


 身体はとても冷たく硬直したままで、いくら声をかけても目を覚ましはしない。父さん、と快活に笑って名前を呼ぶ、あの声を聞くことはできない。自分よりも落ち着いた、紺色の瞳をもう見ることはないのだ。

 娘の横で立ち尽くすオスカーのもとに男性が近寄ってくる。百年祭の犠牲になった遺体を管理し、引取りなどを手配している係らしい。遺体のもとへ通される前にそんな案内を受けた気がする。


「あの、申し上げにくいのですが……。きっと伝えておいたほうがいいでしょうから、伝えておきます」


 そう言った男性は、小さな声でオスカーに告げる。その内容に、オスカーは薄い紺色の瞳を見開いた。


「――娘さん、妊娠していたようです。ですが、今回の事件で胎児ごと……」


――『あのねパパ、話したいことがあるの。でも今は内緒よ。お楽しみは百年祭の最終日に、ね? 時間はいっぱいあるから、今はお祭りを楽しみましょう』――


 そう言って笑った娘の話したいこととは、きっとお腹の子供のことだったのだろう。愛する人ができたと言っていた。相手は今回仕事の都合で来られないが、いつかパパにも紹介したいのだと。だが、もうその時を迎えることは一生、ない。

 妻が娘を生んですぐ亡くなり、男手一つで育ててきた。亡くなった妻にそっくりに育ったものの、目と笑い方だけは父親そっくりだと言われ続けて、それが嫌なのだと喧嘩になったこともあった。それでも、最終的にはパパに育てられて良かったと、笑った娘だったのだ。


「ミア……」


 一体自分が、娘が、まだ見ぬ孫が何をしたのだというのだ。罰を受けたのか、罪を犯したのか。そうでないというならば、一体どうして巻き込まれなければならなかったのか。


「この世は、この世が地獄だ……」


 罰を受けなければいけないというのなら、いくらでも受けよう。だから、愛する家族を返せ。
 男の声無き絶叫は、いつまでも響いていた。




◇ ◆ ◇



 ――ゴイムの虐殺は反旧教の暴徒によるものでなく、赤軍によって行われた無残な行いである。極悪非道な行いであり、決して我々は許さない。赤軍を遺憾に思い激しく糾弾する――


 ゴイムの虐殺は赤軍による自作自演だと知った時の衝撃を、オスカーは一生忘れないだろう。煮えたぎる感情と、沸き立つ血。その時どういう行動を取っていたのか、全く覚えていない。ただ、喉がやられるまで嘔吐した。気持ちが悪くて仕方がなく、しかしいくら吐いても澱のようにへばりついて全く消えず、心を覆い尽くした。それほどに、新教と旧教のトップから出された知らせは、オスカーの頭を強く打ったのだった。

 オスカーにとって赤軍は、この世の中を正すために現れた正義だと思っていた。受け入れる、受け入れないは人それぞれだとしてもオスカーにとっては、確かに正義だった。
 それが今や、どうだ。赤軍から離れる者が増え始め、指名手配されていたというとある青年が解放軍を率いて、戦っている。

 教皇の声明は大々的に発表され、宣伝され、瞬く間にブルボン全土に広がっていった。それが疑いのようない事実だとわかったとき、オスカーの胸の内を占めたのは――憎しみと怒りだ。自分の心をすべて覆い尽くすほどの憎しみ。
 愛する娘と孫の命を奪ったゴイムの虐殺が、それを引き起こした赤軍が憎い。赤軍の全てが憎い。そして娘たちを守れなかった自分が憎い。


 娘たちの葬式を済ませ、毎日を呆然と過ごしていたオスカーだったが、声明を聞いて立ち上がった。
 全てを奪った赤軍に復讐をする。あの子達が笑って過ごせるはずだった未来を奪った彼らを葬り去るまで、この復讐が終わることはない。


「ミア。お前が見たら止めるのかもしれない。だがね、私は……誓ったのだよ」


 娘はきっと、止めるだろう。そんなことは望んでいないと。だが、その復讐を止めてくれる娘は、もういないのだ。



 ――暖かな午後の昼下がり。普通に出かけるには大荷物を、旅や旅行に出るには少なすぎる荷物を持って、オスカーは玄関に立っていた。小さく音を立てて玄関の鍵を閉め、ポケットに滑り落とす。


「じゃあ、行ってきます」


 誰に言うでもなく、ぽつりと呟いて出発する。行き先は――解放軍の詰所。そこに行って徴兵の交渉をするために。徴兵されるかわからないものの、行かないよりはずっとましだろう。そうだ、入軍理由をなんと言おうか。きっとそのままの理由では受け入れてもらえないかもしれない。ならば……。


「ゴイムの虐殺で娘を失った。もう娘のような犠牲者を二度と出したくない。だからそのために戦いたいのだ。……なんて、どうだろうか」


 あながち間違いでもなく、かと言って本当の理由を言うでもなく。ありふれた理由と言ってはなんだが、きっとそういう理由で所属している者も多いはずなので、問題ないはずだ。
 なんだか久々にすがすがしい気分だと、オスカーは空を見上げながら歩いていく。目線の先には、どこまでも青空が広がっていた。
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