第19章 死に方の選び方


互いに愛し合うこと他に、誰に対しても負い目があってはいけません。他人を愛する者は律法を完全に果たしているのです。

「姦通してはならない。殺してはならない。盗んではならない。貪ってはならない」など、また他に何か掟があっても、それは「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉に要約されます。

愛は隣人に悪を行いません。従って、愛は律法を完全に果たすものです。


【ローマの人々への手紙 第13章】


ガロンがただの獣ではなく、知恵のある獣でもなく、獣”人”だったとあたしが知ってから数カ月以上の時が経った。

白妙の森とあたし達人間が勝手に呼んでいる深い森の奥で出会い、そして何故かあたしの後ろをついて来た狼は、今ではあたしの後ろではなく隣を、四足ではなく二足歩行で歩き、そして導くように逞しい腕であたしの手を引いて歩いている。……最初あの森にあたしが何故行ったか、理由はまだ話せてない。いや、話せるわけないでしょ……狼討伐の依頼をギルドで受けて行ったなんて……

時々、あたしの手を引いて歩いているこの青年は本当にあの時出会った狼なのだろうか?と、思う時がある。私は夢を見ているのではないか、と、どうしても考えてしまう。でも―……


「マナ!!!前の街もそうだったけどいつもより街の中がピカピカキラキラしているな!お祭りか何かが近々あるのか!?人間は楽しい事やめでたい事があるとこうやってピカピカやキラキラしたものを飾って綺麗にするんだろう?」


夕間暮れの闇を照らす街頭の淡い光がガロンの深い藍色の瞳に反射して星の光のように瞬間煌めいていた。まるで、今の彼の気持ちをそのまま表しているかのように。


「お祭り……?そうねえ……この時期にこの国で近々ある催し事って言ったら―……ああ、あれね。感謝祭はついこの前終わっちゃったから、次はあれだと思うわ」


「あれ?ふーん……でも本当に凄いなあ……感謝祭って言ったっけ?あの時もだけど、今回はそれ以上だ!こうして国中みんなで楽しいことするって凄い事だよな!俺、ずっと長い間あの森で暮らしていたけど、森ではこんな事しなかったぞ?」


小さな子供が初めて物事を知った時のように、宝石のように光り輝いている瞳は、あの日、あの時、出会った狼があたしを見つめていた時と全く同じで―……それを思い出すと同時にあたしの口角は緩み、自然と弧を描いていた。


「さあて……完全に日が暮れる前に今日の宿を決めちゃいましょうか。早くしないといいところ他の人に取られちゃうわ」






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あたしとガロンがこの街に滞在し始めてから更に数日が経った。ガロンは毎日この街のギルドを訪ねては日雇いの仕事をしているようだ。あたしも、短期で仕事を入れながら、これまでの道中で見聞きした事や訪れた遺跡について資料をまとめたりしてのんびりと過ごしている。

この街はけして大きな街ではないがかと言って寂れてもいない。政情不安定なこの国の中では比較的治安が安定している部類に入ると思う。きっと領主が優れた人物なのだろう。この不安定な時世での舵取りがけして容易ではない事は、旅人のあたしでも容易に想像できる。

まあ、その安心感と何より街全体の気安い雰囲気も手伝ってこうして長居をしてしまっているわけだけれども……


『世界で一番綺麗で素敵だと思う』


『……どうしたの?ガロン。……今読んでいる本にそういうことが書いてあった?』


『違うんだ。ほら、俺はマナに会う前はずっとあの森の中で一人だったから……狼の群れに入ろうとも考えたこと、一度もなかったし……マナが初めてだったんだ。マナが初めて出会った女の子だった』


『ふふっ……なんだそんな事、か。いい、ガロン?この世界はとーーーっても広いわ。ガロンの住んでいた森も素敵な場所だったけれど、そこからこの街まで歩いて来た途中にも沢山、沢山素敵な場所やものがあったでしょ?』


あたしの言葉を肯定するようにガロンは一度、大きく首を縦に振った。だから、とあたしは言葉を続ける。


『この世界は箱庭のような世界なの。皆みんな、一人一人バラバラの箱庭の中で生きていて、隣の箱庭とはお隣さんとして繋がりながら暮らしている。バラバラで、不安定で分かり合えない事も沢山ある。当然よね?違う箱庭に住んでるんだもの。だから、分かり合えたら楽しいと思う、嬉しいと思う。本当に沢山の箱庭があるから―……だからまだ一番を決めるのは早いと思うの。もっと沢山の人と出会って、沢山の箱庭を見て……どれがガロンにとって一番の箱庭か決めるのは、それからでも遅くないわ。ガロンにとっての一番、見つかるといいね』


空気は徐々に冷気によってピンと張り詰め、空の藍色は一層と濃いものへ変わっていく。遠くの黒いばかりの山肌の樅の木は、先端が夕日に染まり燃える松明のように輝いていた。西の空低く、宵の明星がベツレヘムの星のように輝いている。


『俺にとって一番大切な人はマナだけだから……クリスマスには大切な人と一緒に過ごすものなんだろう?だから……俺と一緒に過ごして欲しいな』


それは彼が今まで見て来た箱庭の少なさに起因しているのかもしれない。もっともっと沢山の世界を見たら、一番を見つけたら彼は丈夫な自分の足でそちらに駆けて行ってしまうだろう。


『俺はマナが一番大好きなんだ。この世界で一番……マナが好きだ』


ガロンには秘密で買ったプレゼントの小箱をそっと宿の机から取り出し胸に抱き息を吐き出した。透明な水晶玉が先端に付いた飾り紐が入っている小箱を。

色のない透明なこの水晶玉のように、この先に無限の可能性が彼にありますように。この先何があっても邪気に染まらずに今のまま、優しい彼でありますように。……二つの願いを込めて祈った。まあ、願掛けのようなものである。効果があるかどうかは分からないけれど、ね。

彼が、ガロンが、それでもあたしと一緒にいたいと言ってくれるなら、そう言ってもらえている間だけでも一緒にいたい。クリスマスが大事な人と過ごす日だというならば、あたしもガロンと一緒に過ごしたい。


「おかしいな……ガロンと出会う前はこんな気持ち、知らなかったんだけど、な……」


ガロン、あのね……たぶんあたし、あなたのこと……


≪マナ・エラ≫
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