第9節 感謝祭&生誕祭

「……約束……守ってくれてありがとう……助けに来てくれて……ありがとう……ずっとずっと……探していたのよ……」

僕を抱き締める細い両腕……月の光に照らされ白銀に輝く長い髪と白く柔らかな毛に覆われた長い耳……そして、甘く優しい愛しい人の声……

ああ……彼女がここにいる……幼い頃に別れたまま会えずにいた僕の愛する人が今……ここに……

「ピエール……ありがとう……」


唇に触れる温かな感触……思わず両の目を見開き彼女を見れば一筋……また一筋と頬を伝い零れ落ちて行く涙が見えた。

彼女の口づけで幼い頃のあの日の記憶が更に鮮明に脳裏に甦る。

あの日……青空の下二人で交わした誓い。そして、初めて経験した君との口づけ……

頬を染めながら僕を見上げる幼くも愛らしい君の微笑み。

その姿が今ここにいる君の姿と重なる。
ああ……間違いない……君だ。
あのときの君は確かにここにいる。

何も変わってなどいない。

君の愛らしい微笑みも、君が僕に向けてくれる瞳も、そして……僕の胸にあり続けるこの想いも……

「会いたかった……会いたかった……私の、騎士様」

僕の胸に頬を寄せて泣きじゃくる彼女を抱き寄せる。

ああ……覚えているさ。

君と交わした約束を僕は忘れていない。

落ち着かせるように優しく彼女の背中を撫でてもう一方の手で彼女の頬を伝う涙を拭う。
そしてそのまま顎にそっと手を添え、軽く触れるだけのキスを贈る。

ここにいる。僕は君のすぐ側にいる。夢じゃないんだと彼女に伝えたくて……。

「約束、しただろう……?君が危ない目にあったときは必ず助けに行く…って。

僕は君の騎士だ。クロト……。」

このまま己の欲に従って君を自分のものにしてしまいたい……そんな想いも確かにある……けれど……まだ旅の疲れが癒えていない君を抱くわけにはいかないと自分に言い聞かせてもう一度君の唇に触れるだけのキスをする。

僕は君を大切にしたい。

愛しているから……君の想いを大切にしたい。

クロトを傷つけたくないから。

だから今夜はこうして僕の胸に君を納めて眠ることを許して欲しい。


指を絡めて顔を寄せあって見つめあって彼女の頬を伝う涙を舌で拭うように舐め上げた。

「もう泣かないで……僕はずっとここにいる……君のそばにいる。

こうして朝まで抱き締めてあげるから……今日はゆっくり眠るといい。
愛しているクロト……僕の可愛いお姫様。」

甘えるように顔を埋める君を抱いて僕も静かに瞼を閉じる。


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あれから数日が経過した。

二人で同じベッドで眠るのもすっかり慣れて、目覚めた後もこうして二人で見つめ合って言葉を交わす。

「おはようクロト。」

「おはよう……ピエール。」


陽の光を浴びたクロトの白い頬は薄い薔薇色に染まっていた。

とても愛おしく、幸福な時間だ。

そっと手を伸ばして彼女の滑らかな肌に己の無骨な手で触れていく。

彼女は擽ったそうに身をよじって愛らしく微笑んで見せた。

そんな姿が愛おしくて……愛おしくて……僕の欲を刺激するには十分過ぎる程で、そのまま互いに引き寄せられるように唇を重ねた。


青く澄んだ美しい海のような瞳が弧を描き、目の前の僕の姿を映す。

幸せそうに瞳を潤ませ見つめる彼女に向かって僕は静かに言葉を口にする。

「クロト。体調はもう大丈夫かい?」

「ええ……あなたが側にいてくれるから。もう大丈夫よ?」

トクリ…と胸の奥が高鳴る。

愛おしい……今すぐにでも彼女を僕のものにしてしまいたい。

そんな気持ちを抑え込んで僕はもう一度彼女に向かって言葉を口にする。

「良かった……体調も良さそうだし、今日は一緒に出かけようか。

クロトが行きたがっていたところへ連れていってあげたいんだ。」

「嬉しい……。私、あなたが連れていってくれるところなら何処でもいいわ。

ありがとう……ピエール。」

「じゃあ、行こうか。お姫様。」

両の腕で抱き上げた彼女の身体はとても華奢で軽くて……驚き目を丸くしながら小さな悲鳴をあげたクロトの唇に僕は封をするように唇を重ねた。

小さな呻き声が鼓膜を心地よく揺する。
甘く幸せな時が流れていた。


「……ねぇ?変じゃないかしら?」

「どうして?」

「だって……私……こんなひらひらした服を着るのは久しぶりで……変じゃない?大丈夫かしら……?」

不安そうに僕を見上げる彼女を抱き寄せて頬に軽く触れるだけのキスを贈りながら僕は一言「とても似合っているよ。」と答えてみせた。

透き通った淡く青いヴェールにふわりと軽やかな生地の白いワンピース。

今日のようなデートの日ぐらい、旅支度とは違う衣装を着せてあげたくて僕が選んできたその服を彼女は恥じらいながらも美しく着こなしていた。

僕の言葉にクロトは徐々に頬を染めて俯いて小さな声で言葉を紡いだ。

その言葉はあまりにも小さな声でよく聞き取れなかったが、彼女の唇の動きで何を言ったかはなんとなく理解できた。

ただ何も言わず彼女の手の甲にキスをして導くように誘うように彼女をエスコートしていく。

「おいで、クロト。君に見せたい場所があるんだ。」



行き先は告げずに彼女を僕の前に乗せて馬を走らせる。

潮の香りが微かに漂う。


「クロト、見てごらん。海が見えるよ。」

まだ街には着いていないが、青い海原が目の前に広がっているのが見えた。


かつて病弱だった彼女が見れなかった景色を僕の手で見せてやりたいと思ったから。


僕を探してここまで旅をしてきた彼女には珍しい光景などではないのかもしれないが……。


僕の自己満足に過ぎない事なのかもしれないけれど……

幸せそうに微笑んでくれる君の姿を見れるなら、もっともっと君の望みを叶えてあげたいと思わずにはいられないんだ。

「街に着いたら美味しい料理を食べよう。
それから、少し立ち寄りたいところがあるんだ。いいかい?クロト。」

「ええ、いいわ。あなたと一緒なら何処へでも。」

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「ピエール……これは……」

「驚いた?少し前に君が休んでいる間に注文しておいたんだ。サイズの確認をしたいから、そこの椅子へかけてくれるかい?」

椅子を引き、彼女の手をとって優しく導く。

少し戸惑う彼女に付き添いながら僕は店の主人に目配せをする。

「それでは奥様、こちらの指輪でよろしいですかな?」

「えっ……!?……えっ……と……はい。」

「では、失礼をしてサイズを確認させていただきます。」

店主がそっとクロトの左手をとって銀色の輪を彼女の薬指へと通す。
そして一言「いかがですかな?」と問いかければクロトは恥じらいながら「ええ。大丈夫です。」と答えた。

「ではご主人様の指輪の確認は済んでおりますので少々お時間をいただきますが、こちらの指輪の内側に名前を刻ませていただきます。
さて、どのように名前を刻みましょうか?」

店主の言葉に少し困った表情を浮かべながら僕の方へと視線を向けるクロトと目が合った。
そんな彼女に僕は少しだけ身を屈めて「クロトはどうしたい?」と問いかけた。

「えっ?えっと……」

自分が決めてしまっていいのだろうか?とでも言いたげな表情がなんとも可愛らしくて……僕は思わず笑みが溢れた。


「クロトの好きにしてくれて構わない。
自分の名前を刻んでもいいし、僕の名前を刻んでくれても構わない。

君の好きな方を選んでくれ。

この指輪は僕達が夫婦になる証なのだから。」


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指輪を受け取り、店を出て二人で腕を組んで街を歩いた。

「せっかく港街に来たのだから、もっと近くで海を見たいわ。」

そう微笑んで見せる君に僕もつられて笑みを浮かべた。

海風が頬を撫でて去ってゆく。

ふわりと浮かんだヴェールを掴まえて君の頭にそっと優しくかけてあげた。

僕を見上げるクロトの頬が先程よりも赤く染まっているように見えるのは西の空に沈みかけている夕日のせいでは無いのだろう。

恥じらいながら視線を反らそうとした彼女を捕まえて優しく抱き寄せキスをする。

これで何度目のキスだろう……。

「ピエール……」

潤んだ瞳で僕を見上げる愛しい人。

この世で一番僕が幸せにしてあげたい人。


「クロト……左手を。」

僕の言葉に彼女は何も言わず小さくコクリと頷いて微かに震える左手を僕の方へと差し出した。

緊張している……僕も同じだ。

でも、僕はそれ以上にこの言葉をようやく口にできる事の方が嬉しくて……。


「クロト……僕と結婚して欲しい。
幼い頃からずっとこの気持ちは変わらない……。
愛しているよ……クロト。」


そっと優しく手をとって、彼女の薬指に指輪を通していく。

光を反射して煌めくアクアマリンとダイヤモンドの指輪。

その指輪が今ようやく彼女の手に……

「君の瞳の色と同じ石だ……今の君はとても綺麗だよクロト……。」

頬を伝う涙がキラキラと輝きながら落ちていく。

それをそっと指で受け止め拭って抱き寄せて軽く顎を支えながらもう一度言葉を口にする。

「誓うよ……これから先ずっと君を守る……誰よりも幸せにすると誓う……。

僕の妻になってくれ……愛している……クロト……。」

そっと唇を重ね、誓いのキスを交わす。

潮の香りを乗せた風が僕達の頬を撫でて通りすぎて行く。

もう、離れない。もう二度と手放さないと決めた。

風に溶けて消えてしまわないように、波に拐われてしまわないように、僕はクロトの身体を強く強く抱き締めた。

白く美しい僕の花嫁を……誰にも渡さないように。
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