第9節 感謝祭&生誕祭


あれから数日。私は父様には新しい仕事を始めたとお伝えして家を出るようになりました。


まだキョウさんとの関係の事は伝えることが出来ずにいるけれど…

親切な人との縁があって夜の間だけ仕事を請け負っているのだと伝えたら父は私の言葉をすんなりと受け入れてくださって……

以前より罪悪感を感じずに家を出る事ができるようになりました。

何より、キョウさんの施しのお陰で父の容態も安定して、私を快く送り出してくれるようになった事は私にとって喜ばしい出来事で……

感謝しても感謝しても足りないぐらい。

私はあの人の厚意に甘えてばかり……

どうしたらあの人に恩返しができるのだろう……とずっと考えているけれど……。

私にはあの人に返して差し上げるような物は何もなくて……答えが見いだせずにいる。


そんな時、父が私に向かってこんな一言を呟いたのです。

「今度、お前が世話になっている人に是非とも会ってみたいなぁ……。

勿論、迷惑でなければの話だが……きちんと礼がしたい。
十六夜、伝えてくれるか?」

「キョウさんに……ですか……?
はい。では、お会いできたら必ずお伝えしますね?
だから今はゆっくりと身体を休めてください……父様。」


きっと父様は私とキョウさんとの関係を勘違いなさっているのかもしれない。

本当の事など……言える筈が……



ふと、あの人の言葉が脳裏を過る。


『……十六夜。お前にとって俺はただの客の一人かもしれない。お前とは昨晩会ったばかりの他人だ。だが、それでもお前さえ良ければ真似事ではなく本当の夫婦になってもいいと―……そう思っているんだ。……軽い男と言われるかもしれないが……冗談で言っているわけじゃない』

もし……もしそれが本当なら……本当に叶うのなら……。

私はキョウさんと本当の夫婦になりたい。

お金で買われる関係でなく夜も朝も昼も……ずっと一緒にいられるなら……


それはどんなに幸せな事でしょう。


雨など降らなければいいのに……。

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髪を美しく整えて、キョウさんのお母様の着物に袖を通して……足早にあの辻へと向かう。

どうしても早く会いたくて……約束の時間が待ち遠しくて。


頭上には曇り空が広がっており、肌を刺すような冷たい空気が漂っている。

きっとこれから雪が降るのだろう。

(お願い……降らないで……今夜もキョウさんにお逢いしたいの。)

空を見上げてただひたすらに祈る。

雨の日も雪の日も来てはいけないとあの人と約束したから。

今雪が降ってしまったらキョウさんはあの辻へ来てくれないかもしれないと……そう思ったから。


けれど……


あの辻に私よりも先に待っているあの人の姿が見えた。

大きな翼と榛色の髪の背の高い男性……見間違える筈がない……あの人は私が来るよりもずっと早くここで待っていてくれていたのでしょうか……?

乱れた呼吸を整えながらゆっくりとあの人に近づいていく。



まだ私に気づいていないキョウさんのもとへと静かに歩み寄り、そっと両手であの人の目を後ろから覆い隠す。

「ふふっ……十六夜か。」

「はい。私です、キョウさん。」

優しく両手を掴まれて目隠しを解かれ、優しく微笑むあなたの瞳と視線が交わる。

私もつられて微笑んであなたの胸へと頬を寄せる。

「ごめんなさい、約束の時間よりも早く来てしまって……。
雪が降りそうだったから……いつもより早く家を出てしまいました。

キョウさんに今夜もお逢いしたくて……。」


空からはらりはらりと雪が舞い降りて来る。

冷たい風が頬を撫でて通りすぎて行く。

けれど……少しも寒くない。

甘く優しい香りが漂ってくる。

幸せな気持ちでいっぱいで、どんどん背中の羽根の香りが強くなってくるのが私にもわかる。

それと同時に胸の鼓動もどんどん早くなっていく。

あなたの声に……優しく抱き寄せてくれる腕の温もりに感情がどんどん昂って行くのを感じるのです。

私はあなたに溺れてしまっている……

叶うのならば金で買われる夜鷹でなくあなたの伴侶として側にいたい。

私が卑しい身分でなければ……堂々と『あなたのお嫁さんになりたい』と言えるのに……

どうしてもその言葉を口にできないんです……。

私と一緒になってしまったらあなたまで不幸にしてしまいそうな気がして……


そっと手を伸ばしてあなたの頬に触れればひやりと冷たい感触が伝わって来る。

「こんなに冷えてしまうまでここで待っていてくださったのですか……?
ごめんなさい……寒かったでしょう?キョウさん。」

少しでも温めてあげたくて両の手で触れて「いつからここに?」とあなたに問いかける。
するとあなたは「なぁに、そんなに長く待ってはいないさ。」と微笑んで見せたのです。

「嘘が下手ですね……こんなに頬が冷たいのに。」

背伸びしてあなたの唇へと口づける。

あなたに逢えた喜びと愛おしさで胸がいっぱいになって……
自然と吸い寄せられるように口付けていた。

両の頬に熱を感じて気恥ずかしさであなたの顔を見れなくて俯いてしまったけれど……あなたを想う気持ちは本物だと伝えたかった。

「今夜も美味しいお料理を作りますから……どうか……今宵も私を買ってください。」

両手でそっと包むようにあなたの手を握りしめ言葉を紡ぐ。

「キョウさんと一緒にいたいのです。
どうか……あなたの時間を私にください。」
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