第9節 感謝祭&生誕祭


愛には偽りがあってはなりません。悪を忌み嫌い、善から離れてはいけません。互いに兄弟愛を持って心から愛し、競って尊敬し合いなさい。

熱心に怠らず、心を燃やし、主に仕え、希望を持って喜び、苦難を耐え忍び、弛まず祈りに励みなさい。聖なる人々の貧しさを自分のものと考えて力を貸し、手厚く人をもてなしなさい。

あなた方を迫害する者の上に祝福を願いなさい。祝福を願うのであって呪いを求めてはなりません。喜ぶ者と喜び、泣く者と共に泣きなさい。互いに思いを一つにし、高ぶらず、身分の低い人々の仲間になりなさい。

自分は賢い者だと自惚れてはなりません。誰に対しても悪を返さず、全ての人の前で善い事を行うよう心掛けなさい

出来る事なら、あなた方の力の及ぶ限り、全ての人と平和に暮らしなさい。


【ローマの人々への手紙 第12章】






「睡蓮~いい子にしてたか~?」


「いい子にって……私は子供じゃありません―……って、何ですか背中のそのお芋の山!?」


「何って今お前も言っただろう?芋って。ああ、芋の種類って意味か?それならこれはジャガイモだな。インカの目覚めって名前の品種だと八百屋の店主は言っていたな」


「そういう意味じゃありません!!それにあなたの背中のそれがジャガイモだっていうのは私も見ればわかります!私が言いたいのは―……!」


「はははっ、流石睡蓮。博識だな」


井戸に落ちる釣瓶のように西の山の稜線に陽が落ちていく。昼の名残りである白んだ空色とこれから来る夜の狭間の色を背に彼女が待っている今日の仮住まいの木の扉を潜った。

季節はもう冬だ。風が身に染みるが、やはり部屋の中はあたたかい。じわると指先から温められると少々痒くも感じるが、寒さに悴むよりは幾分マシだ。


「まあそうカリカリするな。久しぶりに温かい風呂とふかふかの寝床にありつけるんだ。この芋も寒空の下で震えながら料理する必要もない。いいことづくめだろう?」


「それは、まあそうかもしれませんけど!!」


白い頬を僅かに上気させ膨らませ胸の前で腕を組むと、睡蓮は俺から視線を外し横へと顔を向けた。

彼女のつれないこの態度は今に始まったものではないが、彼女はこうすれば余計俺にからかわれるという事を分かってしているのだろうか?まあ十中八九分かってないとは思うが。

……分からないでいてもらった方が面白い自分としてはこちらから指摘をするつもりはない。こうしてじゃれる事は彼女がどう思っているかは置いて、少なくとも俺個人としては楽しんでいる。


「さあて……睡蓮、この芋どう調理したい?どうすればいいと思う?」


「どうって……マナさん、今日が何の日か知っててお芋を買って来たんじゃなかったんですか?」


「ん?今日が何の日、か?……確かに妙に安売りをしている店が多いとは思ったが―……御子の生誕祭まではまだあと一月ほどあるしな……ああ、そうか感謝祭か」


道理で街全体が妙に浮き足立っていたはずだ。と、先程抜けてきた通りの様子を思い出す。感謝祭の由来は確か―……この島の先住民との交流と収穫祭が習合して始まった、だっただろうか。


「感謝祭なら芋はマッシュポテトにでもするか。しまった、感謝祭ならあの七面鳥をやっぱり捕まえとくべきだったか」


「七面鳥ですか?」


「ああ。でっかいギルドの前をでっかい七面鳥が歩いていた。毛を毟られて素っ裸の状態でな。ちなみに雄叫びも上げていたし二足歩行もしていた。……ほら雑貨屋に置いてあるだろう?腹を指で押すとすっごい音が出る黄色の鳥の玩具。あれだあれ。あれがギルドの前を歩いてた」


「……マナさん」


睡蓮の自分の手よりも一回り小さな手が、俺の両肩の上に乗る。一拍置いて盛大な溜息を肺の底から吐き出すと彼女は俺を見上げこう口にした。「そんなお腹壊しそうな七面鳥、本気で食べたいんですか?」と。


「大体!それが歩いてたのあのギルドの前なんですよね!?あのギルドが関わると碌なことにならない!って国中皆の常識じゃないですか!!」


「まあな、否定はしない。だが、案外気はいい連中ばかりだぞ?よく床が抜けて人が埋まっていたり吹き飛んだ皿が人の顎にあたっているようだが」


目を細め、彼女の自分の髪とは補色になる深い藍色の髪に触れれば、瞬間彼女により手を払われる。

やはりつれない。だが、だからこそからかいがいがある。彼女の僅かに染まった赤い頬に自分の喉の奥がクツリ、となった。


「ふふっ、つれないな。まあ、いい。取りあえずだ、芋を蒸す為に宿の厨房を借りるか。この量を全部潰すとなると少々骨が折れそうだが―……ん?どうした睡蓮、腕をまくったりして?」


「私も手伝います。今、あなたも言っていたじゃないですか。全部潰すのは骨が折れそうだって。だから私も―……」


「おいおい、睡蓮……俺は生憎女に力仕事を押し付ける趣味はないんだ。こういう時は素直に男に押し付けておけ」


「……私をからかう趣味はあるくせにですか?」


「それはそれ、これはこれってやつだな。お前の反応が可愛くてつい、な」


彼女の丸い空色の瞳が瞠目し、そして数度瞬く。虚を突かれたような表情をする彼女の横を芋の山を背負い通り抜け、すれ違いざまに固まっている彼女の背を叩く。


「気に入った女の前でぐらいいいところを見せたくなるものさ。男ってもんはな」


「からかってますよね!?やっぱりからかってますよね!?私の事!!!」


「ご名答。なんだ、睡蓮?だいぶ俺の性質がお前も分かって来たじゃないか」


カラリ、と笑い飛ばせば背中越しに彼女が起こる声が聞こえてきて、感情が色濃く滲んだ声に一人口元に弧を描く。彼女からは見えない位置で。自分はどうやら、自分でも思っている以上に彼女の事が気に入っているようだ。

出来る事なら俺の力が及ぶ限りこうして二人でじゃれていたいと思うんだが―……今はまだその言葉は飲み込むとしよう。


《マナ・ミンストレル》
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