第9節 感謝祭&生誕祭
「唐突だが、一緒に来てもらうぞフルオライト。」
部屋の扉を開け放ち仁王立ちをしたままこちらを見つめる白銀の髪の男。
こいつは……確かセデルの連れの一人の筈では……名は……確か……
「……刻か……一体何をしにここへ来た?お前はセデルと共に北へ向かった筈ではないのか?」
「ああ、向こうも大分落ち着いてきたようでな。
俺はこれから帰国する事になった。
そこで、お前をここで回収してくれと頼まれたものでな。さあ行こうか。」
そう言ってこの男は無言のまま私の上に馬乗りになり、毛布でくるんでぐるぐると縄をかけ始めた。
何だこれは……一体どういう状況だ……
「待て待て待て待て!!話が全く見えてこないのだが!?」
「ん?何がだ?」
「何が?ではないだろう…!一体誰の差し金でお前はここにいるのだ…!セデルか??セデルしかいないだろうなこんなことを言い出すのは…!
それと…目的は何だ?何処へ連れていこうと言うのだ?きちんと…!順番に…!説明してくれ…!」
「何だ聞いていないのか?」
何だその仕草は……首をこてんと傾けおって……可愛いつもりか?そんなわけがなかろうが貴様は男だろうが…!
「誰の差し金……と言われると確かにセデルに指示されて俺はここに来たことになるが……そもそも最初にお前を俺の国へ連れていってくれと頼んできたのはお前の兄のベリルの方だ。」
「兄上が……?」
「そして目的だが……」
きゅっ!!っと縄を縛り上げて担がれる。説明しながらも手は止めず私を担ぎ上げて移動を始めた。
この男……私の意思は聞かぬというのか……
「お前を俺の故郷で療養させる。」
「人を簀巻きにしておいて言う台詞か?」
「安心しろ。俺の故郷はここよりもずっと温かく穏やかな気候だ。飯も美味いし必要となれば世話役もつける。
長期の旅行と思えば何、悪い話ではないだろう??」
相変わらず単調な語りで故郷の話をしたかと思えばこちらの返事を待たずに飛竜にくくりつける。
全く何なのだこの男は……この強引さ……何処かの誰かによく似ている……
まあ……悪意は無いのだろう。多分。
「それに……」
ふと手を止めてこちらをじっと見つめてくる。
視線の先には負傷した左腕がある。
今は毛布で包まれていて刻からは見えないだろうが……何かを見透かすような目でこちらを伺っていた。
「その腕は早く治療したほうがいい。」
「ああ……そう……だな……」
++++++++++++++++++++++++++
「まあ、もう出発されてしまったのですか?」
「ああ……飛竜に乗った男が強引に連れ出して行ったな……ふふっ。面白い光景だった。」
そう言ってくすりと笑うベリル様の隣へ歩み寄って飛び去ってしまったであろう空の方へと視線を向けた。
空はとても青く澄んで風に乗って雲が流れていた。
今日は少々風が強い。
ごう…と吹き抜けた風が私の髪を乱した。
「そうなのですか……私ももう少し早ければお見送りに間に合ったのですが……」
「いや……お前は無理をしなくていい。もう間もなく子供が生まれるのだからな……弟なら大丈夫だ。簀巻きにされて飛竜にくくりつけられていたが……」
「簀巻きに……??」
「ああ。だがあれでいい。おそらく刻もそれを知ってやったのだろう。
今のあいつの左手は魔力の制御が満足にできていないからな……時々部屋から冷気が漏れていただろう……?あれは奴の魔力だ。」
「それでは……今回の療養の件はその為に……?」
私が問えばベリル様はもう一度空を仰ぎ見て微笑む。
ふわりと晩秋の風が吹き抜けて夜を映したような長く美しい紫の髪がサラサラと揺らめいた。
「あいつには休養が必要だからな……身心ともに癒してもらう。
その間俺達がこの家の留守を守らねばな……コレー?」
「はい、ベリル様。」
「ここは冷える。そろそろ部屋へ戻ろう。腹の子に障っては良くないからな……。」
そう言って冷たい風から私を守るように優しく抱き寄せて外套で覆ってくださいました。
ふと見上げれば、そっ……と私のお腹に手を当てて、優しく微笑む貴方のお顔がそこにあった。
トクリと胸が高鳴りそのまま甘えるようにベリル様の胸に頬を寄せる。
とても幸せなんです……貴方に出会えて……貴方のお子をこの身に宿して……今こうして二人で共に過ごせる日々が……
でも……こんなに満たされている日々の中でも、時々帰りたくなってしまう時があるのです。
二人で過ごしたあの朽ちたお屋敷に……
「ベリル様……春になったらまたあのお屋敷に……行きませんか……?」
私にとってあのお屋敷は特別な場所だから……
「ベリル様と……この子と一緒に……あのお屋敷に……行ってみたいのです。」
「全くひどい目にあった……」
「だが早かっただろう?」
とんでもない速度で飛竜を飛ばした男が悪意など微塵も感じさせない澄んだ瞳でこちらを見つめてくる。
「生きた心地がしなかった。」と私が答えれば「次からは安全運転を心がける。」と返してきた。
「いや、次は遠慮させていただく。空はもう沢山だ……帰りは船にしてくれ……。」
ひとつ大きなため息を吐いた。
しかし……確かにこの国は私の国とは異なる空気を感じた。
澄んだ空気と穏やかな日差しそして風に乗って漂ってくる甘やかな花の香りが鼻腔を擽る。
「北の間にお前の部屋を用意したそうだ。行くぞフルオライト。」
小間使いと思しき女の後に続いて更に奥へと案内される。
通された部屋はとても広く開放的な造りの大部屋だった。
扉も窓も見当たらない不思議な造りの屋敷だなここは……。
あるとすれば植物を編んで作った日除けのようなものが垂れ下がっているくらいなもので、通路を行き来する女人がせわしなく歩いている姿が見えている。
「良い部屋だな……だが……少々開放的過ぎて落ち着かんな……」
「時期に慣れる。」
「だといいのだがな……」
刻にとってはこれが当たり前の環境なのだろう……だが私にとっては……
「済まない刻、少し頼みがある……世話役に女性はつけないでいただきたいのだが……」
「????????
男に世話を頼むつもりか?少々変わっているな貴様は?」
「……何を想像したかは問わん。とにかく…私の身の回りの世話に女は必要無いと伝えてくれ。」
そう言って部屋を後にした。
刻の言うとおり、私は変わっているのかもしれんな……。
女人に世話をされて不快に思う男などそうはいない。
ただ…………出会っていないだけなのだ……心を許してもいいと思える女性に…………
一人で落ち着ける場所を探しに行きたかった。
あてもなく屋敷をさ迷いながら疼く左腕を外套で覆い隠しながら。
そうして……見てしまったのだ……
生け垣の向こう。暖かな日差しの中一人の美しい女が針仕事をしている姿を……。
その女は上等な衣を幾重にも纏い、波打つ水面のような長い髪を揺らし、楽しげに歌を歌いながら細い指先で器用に刺繍を施していた。
長い睫毛が微かに震える。
こちらの気配に気づいたのか女は顔を上げて私の方へと視線を向けた。
私はというと……反射的に木陰に身を潜めてしまった。
鼓動が早い……この感情は一体何だ……
胸に手を当て心を落ち着かせる。
そしてゆっくりと立ち上がり、女のいる方へと足を進めた。
甘い花の香に誘われるように……
滝のように流れる淡い紫の花の下をくぐり抜け女の目の前へ歩み出た。
「あなたは……?」
初めて耳にする甘い声色にまた鼓動が跳ねた。
女は目を丸くしてこちらをじっと見つめていた。
「失礼……偶然通りかかっただけなのだが……美しい花の精をもっと近くで見てみたくなってしまってな……」
ひとつ風が吹き抜けた。
甘い花の香りを乗せて暖かく優しい風が私と彼女の頬を撫でて通り過ぎていった。
