第9節 感謝祭&生誕祭
御子は弟子達に目を注いで、仰せになった。
貧しい人は幸いである。神の国はあなた方のものである。今、飢えている人々は幸いである。あなた方は満たされる。今、泣いている人は幸いである。あなた方は笑うようになる。
人々があなた方を憎む時、また人の子の為、追い出し、罵り、あなた方の名を汚らわしいものとして葬り去る時、あなた方は幸いである。その日には喜び踊れ。天におけるあなた方の報いは大きい。彼らの先祖も預言者達に対して同じ事をしたのである。
しかし、富んでいるあなた方は不幸である。あなた方は既に慰めを受けている。今、満腹しているあなた方は不幸である。あなた方は飢えるようになる。
今笑っているあなた方は不幸である。あなた方は悲しみ泣くようになる。人々が皆、あなた方を褒めそやす時、あなた方は不幸である。彼らの先祖もまた偽預言者達に対して同じ事をしたのである。
【ルカによる福音書 第6章】
「ふふっ……今日はやっぱりベリーがよく売れているのね」
「おや、ボールドウィンさんちの奥さんじゃないか?今晩のご飯の買い出しかい?」
冬枯れの風に吹かれてまた一枚、近くの木の枝から葉が落ちる。踏むとカサカサと耳障りのよう音を立てる木の葉が気に入ったのか、ここに来るまでの間ずっと葉っぱのある場所を歩いていた娘の手を、迷子にならないようにと店の軒先で握り締めた。小さな娘の手を引いてやって来たのは馴染の青果店。
軒先に綺麗に並べられた野菜の大きさや鮮度共に値段を見比べ、そして改めて店の女主人へと言葉を掛けた。この店はいつ来ても沢山の野菜や果物がどっさりと並んでいるけれど。流石に今日は店の一角にあるあれとあれの数が他よりも少なくなっている。
「そりゃあそうだよ。今は感謝祭の時期だしねえ……あれとあれがないと感謝祭のごちそうは始まらないよ!」
「知ってる!!わたし知ってるよ!おばちゃん!その赤いのくらんべりー?っていうんだよね!」
「アハハハっ!そうだよ!大正解さ、ユリィちゃん!感謝祭と言ったらグレイビーソースかクランベリーソースがなけりゃ始まらないのさ!」
紅玉の宝石のようにキラキラと午後の柔らかな光を反射して光るベリー。それを見つめる私の娘の猫のように大きな瞳もキラキラと、宝石を見つけたかのように輝きが宿る。「美味しそうだねえ……ママ……」と彼女は初恋をした女の子のように溜息を吐き、頬を染めた。
お店の人に褒められた事も嬉しかったのだろう。長い毛並みの良い尻尾を左右にゆらゆらと揺らして喜ぶ小さな後姿がとても愛らしく、私には見えるの。
……私達の家にまだユリィが来たばかりの頃……初めて外に彼女を連れだした時にはまだ人見知りが凄くて……道行く人全てに脅えていた彼女が、今では慣れ親しんだ人だけとはいえこうして屈託のない笑顔で話すようになった。
ユリィ自身は当然気付いてないのだろうけど、それは彼女の心の傷が少しずつ癒えて来た証拠でもあり、同時に彼女の成長の証でもある。娘の成長が私に……いいえ、私達にとって何よりも嬉しいものだった。
「……って事で奥さん?ま~さ~か~?ユリィちゃんがここまで喜んでいるのに買っていかないっていう選択肢はないよね?」
青果店の恰幅の良い女将さんは片目を瞑り茶目っ気っぽく片目を閉じると、唇ににんまりと楽し気な弧を浮かべ、念を押す。元より最初からそれが目的で来たわけだから少なくとも買う選択肢以外は私の中にはないわけだけれども……少し多めに買っちゃおうかしら?
「ふふっ……ええ。じゃあ、いつもより多めにベリーをちょうだい。あとはそうねえ……やっぱりマッシュポテトも作りたいからポテトも貰っちゃうわ」
++++++++++++++++++++
「あっ!パパだ!パパー!今日のお仕事はもうおしまい?今日はいつもより早いねー!あっ!」
「ふふっ……おかえりなさい、あなた」
「ただいま。……今日は感謝祭だからな。ギルドの皆に言って早く上がらせてもらったんだ。……それは、土産だ」
「ふふっ、花冠ね。あなたが作ったの?とっても似合ってるわよ~ユリィ。まるでおとぎ話のお姫様みたい」
「お姫様!?ユリィおひめさま???」
夏よりも随分かげり始める時間が早くなった太陽の優しい残照が外から細く差し込む。夕間暮れの光を背負って家へと帰って来たあの人を娘のユリィと二人玄関で迎え入れた。ユリィが言う通りいつもよりも早い帰宅。でも、この人のその気遣いがとても嬉しい。やっぱり特別な日は家族みんなでお祝いしたいじゃない?
「依頼人から依頼料と一緒に花を貰ったんだがどうせならと思って作ってみたんだが―……」
「パパっ!パパっ!てんきゅーー!!」
クルリ、くるりと回る彼女の動きに合わせるようにユリィが着たスカートも楽し気に円を描く。軽やかにステップを踏みご機嫌な娘の様子を見つめながら、私達はほぼ同時に笑みを溢さずにはいられなかったの。
貧しい人は幸いである。神の国はあなた方のものである。しかし、富んでいる者は不幸である。
聖書はそう教えを説いているけれど、私はそれは少なくとも半分は間違っているんじゃないかっていつも思う。だって……
「さあ、ジェロム入って。ここだとみんなの体が冷えちゃうわ。それに七面鳥がオーブンで焼き上がる前にマッシュポテトも作らなくちゃいけないのよ。……お手伝い、お願いしてもいい?クランベリーソースはユリィと二人でもう作ってあるから」
「わたしもお手伝いしたのー!」
だって少なくとも私の家は……ジェロムとユリィがいる限りこの先ずーーっと富める者だし、不幸になる事なんてないって断言できるから。
「……ギルドで七面鳥が逃げ出した?」
「あれを七面鳥といっていいかは分からないが……まあそんなところだ。俺は先に上がらせてもらって来たが……何事もないと……いいんだがなあ……」
≪キアラ・ボールドウィン≫
貧しい人は幸いである。神の国はあなた方のものである。今、飢えている人々は幸いである。あなた方は満たされる。今、泣いている人は幸いである。あなた方は笑うようになる。
人々があなた方を憎む時、また人の子の為、追い出し、罵り、あなた方の名を汚らわしいものとして葬り去る時、あなた方は幸いである。その日には喜び踊れ。天におけるあなた方の報いは大きい。彼らの先祖も預言者達に対して同じ事をしたのである。
しかし、富んでいるあなた方は不幸である。あなた方は既に慰めを受けている。今、満腹しているあなた方は不幸である。あなた方は飢えるようになる。
今笑っているあなた方は不幸である。あなた方は悲しみ泣くようになる。人々が皆、あなた方を褒めそやす時、あなた方は不幸である。彼らの先祖もまた偽預言者達に対して同じ事をしたのである。
【ルカによる福音書 第6章】
「ふふっ……今日はやっぱりベリーがよく売れているのね」
「おや、ボールドウィンさんちの奥さんじゃないか?今晩のご飯の買い出しかい?」
冬枯れの風に吹かれてまた一枚、近くの木の枝から葉が落ちる。踏むとカサカサと耳障りのよう音を立てる木の葉が気に入ったのか、ここに来るまでの間ずっと葉っぱのある場所を歩いていた娘の手を、迷子にならないようにと店の軒先で握り締めた。小さな娘の手を引いてやって来たのは馴染の青果店。
軒先に綺麗に並べられた野菜の大きさや鮮度共に値段を見比べ、そして改めて店の女主人へと言葉を掛けた。この店はいつ来ても沢山の野菜や果物がどっさりと並んでいるけれど。流石に今日は店の一角にあるあれとあれの数が他よりも少なくなっている。
「そりゃあそうだよ。今は感謝祭の時期だしねえ……あれとあれがないと感謝祭のごちそうは始まらないよ!」
「知ってる!!わたし知ってるよ!おばちゃん!その赤いのくらんべりー?っていうんだよね!」
「アハハハっ!そうだよ!大正解さ、ユリィちゃん!感謝祭と言ったらグレイビーソースかクランベリーソースがなけりゃ始まらないのさ!」
紅玉の宝石のようにキラキラと午後の柔らかな光を反射して光るベリー。それを見つめる私の娘の猫のように大きな瞳もキラキラと、宝石を見つけたかのように輝きが宿る。「美味しそうだねえ……ママ……」と彼女は初恋をした女の子のように溜息を吐き、頬を染めた。
お店の人に褒められた事も嬉しかったのだろう。長い毛並みの良い尻尾を左右にゆらゆらと揺らして喜ぶ小さな後姿がとても愛らしく、私には見えるの。
……私達の家にまだユリィが来たばかりの頃……初めて外に彼女を連れだした時にはまだ人見知りが凄くて……道行く人全てに脅えていた彼女が、今では慣れ親しんだ人だけとはいえこうして屈託のない笑顔で話すようになった。
ユリィ自身は当然気付いてないのだろうけど、それは彼女の心の傷が少しずつ癒えて来た証拠でもあり、同時に彼女の成長の証でもある。娘の成長が私に……いいえ、私達にとって何よりも嬉しいものだった。
「……って事で奥さん?ま~さ~か~?ユリィちゃんがここまで喜んでいるのに買っていかないっていう選択肢はないよね?」
青果店の恰幅の良い女将さんは片目を瞑り茶目っ気っぽく片目を閉じると、唇ににんまりと楽し気な弧を浮かべ、念を押す。元より最初からそれが目的で来たわけだから少なくとも買う選択肢以外は私の中にはないわけだけれども……少し多めに買っちゃおうかしら?
「ふふっ……ええ。じゃあ、いつもより多めにベリーをちょうだい。あとはそうねえ……やっぱりマッシュポテトも作りたいからポテトも貰っちゃうわ」
++++++++++++++++++++
「あっ!パパだ!パパー!今日のお仕事はもうおしまい?今日はいつもより早いねー!あっ!」
「ふふっ……おかえりなさい、あなた」
「ただいま。……今日は感謝祭だからな。ギルドの皆に言って早く上がらせてもらったんだ。……それは、土産だ」
「ふふっ、花冠ね。あなたが作ったの?とっても似合ってるわよ~ユリィ。まるでおとぎ話のお姫様みたい」
「お姫様!?ユリィおひめさま???」
夏よりも随分かげり始める時間が早くなった太陽の優しい残照が外から細く差し込む。夕間暮れの光を背負って家へと帰って来たあの人を娘のユリィと二人玄関で迎え入れた。ユリィが言う通りいつもよりも早い帰宅。でも、この人のその気遣いがとても嬉しい。やっぱり特別な日は家族みんなでお祝いしたいじゃない?
「依頼人から依頼料と一緒に花を貰ったんだがどうせならと思って作ってみたんだが―……」
「パパっ!パパっ!てんきゅーー!!」
クルリ、くるりと回る彼女の動きに合わせるようにユリィが着たスカートも楽し気に円を描く。軽やかにステップを踏みご機嫌な娘の様子を見つめながら、私達はほぼ同時に笑みを溢さずにはいられなかったの。
貧しい人は幸いである。神の国はあなた方のものである。しかし、富んでいる者は不幸である。
聖書はそう教えを説いているけれど、私はそれは少なくとも半分は間違っているんじゃないかっていつも思う。だって……
「さあ、ジェロム入って。ここだとみんなの体が冷えちゃうわ。それに七面鳥がオーブンで焼き上がる前にマッシュポテトも作らなくちゃいけないのよ。……お手伝い、お願いしてもいい?クランベリーソースはユリィと二人でもう作ってあるから」
「わたしもお手伝いしたのー!」
だって少なくとも私の家は……ジェロムとユリィがいる限りこの先ずーーっと富める者だし、不幸になる事なんてないって断言できるから。
「……ギルドで七面鳥が逃げ出した?」
「あれを七面鳥といっていいかは分からないが……まあそんなところだ。俺は先に上がらせてもらって来たが……何事もないと……いいんだがなあ……」
≪キアラ・ボールドウィン≫
